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ひと悶着を待ってみたら

「貴方が持っているのか、この教会のどこかに保管されてるのかは分かりませんが……ガバダ? ……えっと、『グァバデキア石』? というものがここに有りますね?」

 牧師はメイを見据えたまま、口を開かなかった。


「なるほど答えたくない、と……それは構いません。それより今日、町の酒場でガラの悪い男達がその石の話をしていたのです」

 牧師はメイから視線を外さず、じっと見据えている。おそらくメイのこともある程度警戒しているのだろう。


「貴方のそれが、富豪の爺様? とか誰かに高く売れると言っていました。ただ、今日は気乗りしないから帰ろうか、などと言って酒場を去っていきました」

 牧師は視線を動かさないまま、腕を組んだ。


「それなら先に……今日のうちにお伝えしておこう、と」

「……高く売れる、か」

 腕を組んだままの牧師がようやく口を開いたと思ったら、なにやら皮肉な笑みを浮かべていた。


「貴女もその話を聞いて、興味が湧いた……と?」

「それには興味ありません。いま特にお金には困ってないし、仮にそれを手に入れたとしても……高く買ってくれる富豪とやらに心当たりがないので」


 思いついた返しを素直に話してみたけど、これだと少し怪しいだろうか?

 金に困ってないなんて、もしかしたらこの社会では不自然かもしれない。


「ただ、ここが襲われるかもしれないので、先にご一報だけでも……と思ったので」

 メイがそこまで話し切ると牧師は腕組みを解き、少し癖のある茶色い前髪をかき上げた。

 髪に隠れていた、深くシワの寄った眉間があらわになる。


「うーん……」

 牧師は前髪を押さえたままで唸った。


「それにしても、誰がそんなバカげた話を……本当にあんなものが高く売れるのなら、さっさと売って子供たちに服でも銃でも買ってやりたいくらいなのに……」

「というと……話題の石はあの男達が言うような、値打ちものではない……と?」

「あ、ええ……もし貴女も狙っていたのなら、残念な話ですがね」

 牧師はため息をつきながら肩をすくめた。



 さて、どうしようかな……

 この牧師、私を警戒して嘘をついてる可能性も無くはないけど……それ自体はどうでもいい。

 私には、この牧師が目的の『遣体(けんたい)』かどうかが重要。

 だから、あの男達と牧師、どちらの見解が正しいとしても……衝突してくれれば好都合。

 そして私も、その場にいたほうが……多分やりやすいだろう。



 少しの間、二人は沈黙していた。


「あの、貴女は戦え……」

「もし良ければ、ですが……」

 そしてほぼ同時に話し出して、また口を止める。


「……すみません、お先にどうぞ」

「では、あの……お知らせいただきありがとうございました、それで……ついでと言ってはなんなのですが」

 牧師はあごを引いて背を丸め、少し上目使いにメイを見つめていた。


「貴女も戦士でしたよね……ここで、子供たちだけでも守っていただけないでしょうか」 

「あの男達が来たら、迎え撃てと?」

「そこまでお願いするほど、ちゃんとしたお礼もできません……だから私があの石を渡すまで、ここに住む子供たちだけでも危険のないように、守っていただけませんか?」

 メイはやぶさかでない、と示すように微笑んでみせたが……牧師の態度は特に変わらない。


「では一宿一飯の恩、ということでいかがでしょう? 外では日も暮れるようですし」


 いつの間にか、窓に差す外の光が赤みを帯びていた。




 ところどころ傷んだ板張りの廊下を牧師に案内され、メイは少しほこりっぽい小部屋に通された。


「少し狭い部屋で恐縮ですが、空き部屋ですのでご遠慮は無用です。どうぞおくつろぎください」

 正直なところ、メイは部屋の狭さよりもほこりっぽさが気になった。

 といっても、来客を迎えるとき以外は別空間を構築し、そこに引きこもってしまえばなんの問題もないが。


「ありがとうございます」

 とりあえず、ベッドよりもほこりの立たなさそうな椅子に腰かけておく。


「お食事はどうしましょうか? 子供たちと一緒だと騒がしいですし、こちらへ運びましょうか?」

「そうですね……そうさせていただけるなら」

 メイは見た目だけが子供な局長(ショボー)のほかに、子供の相手をしたという記憶がない。だから、その接し方もよく分からない。

 それに、ここの子供たちとやらにはあまり関心がない。


「明日までは動きもないでしょう、早めに休んでおこうと思います」


 特に意義もなく、面倒なやり取りをする必要はない。それに、私と子供たち、どちらに情がわいても扱いに困る。

 当面、この牧師以外との接触は最小限にとどめといたほうがいいと思う。



「夕飯をお持ちしました、どうぞ」

 メイは机に向かいメモを書き留めつつ、食事が届くのを待っていた。そこへ牧師が料理を持ってやってくる。


「ありがとうございます」

「食器は明日、朝食をお持ちしたときに受け取ります。それではお休みなさい、良き夢路を」


 「良き夢路を」というのは寝る前の挨拶だろうか? メイは少し気になったが、それを問うよりも料理を味わうことを優先することにした。


 「つばめむぎのミルク煮込み」、か。酒場で食べたのよりおいしいな……ぬるくなってるけどほんのり甘みがあるし、ミルクの風味が強いのか酒場のやつみたいな草っぽい臭いがしない。ちょっと得した気分。

 ただ飲み物が水なのは惜しい。酒や茶を避ける宗教的な戒律があるのか、単に経済的な理由なのかは分からないけど。

 あ、でもこれに合う酒はないのかもしれないなあ。ミルク感強めだし。



 メイは料理を平らげ、眠りにつき、目を覚まし、朝食を待った……

 が、朝食よりも先に爆発音と叫び声が響いてきた。

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