高く祀りあげられて
あれ、こいつら普通に勝ってる……?
洞穴の中で有翼人を囲って袋叩きにする毛の塊たちを見て、メイはそう思ったが……よく見ると、乱戦から少し離れた辺りには既に動かなくなった毛の塊がいくつか転がっていた。
別の場所には、同様に動かない毛の塊や有翼人の姿があるが……見た感じ有翼人よりも毛の塊が多い。
個々の戦闘力の不利を、数と集団戦法で補っているということだろうか。
「ヒョー!」「ショー!」「ジョー!」
生き残ったらしい毛の塊たちが身体を震わせながら声を上げている。
勝利の雄叫び……だろうか?
もしこれに言語的な意味があり、現行バージョンのアプリで翻訳されていない……となると、私の予想はハズレで、また厄介な話だけど。
「言語ノ激甚ナ変容ヲ検知、語彙情報増補中……予測進捗率33%…34%……」
懸念を抱いたメイの思考に人工的な音声が割り込んで、音声に連れて頭に染みてくる鈍痛が軽い目まいを引き起こす。
それに耐えて少しよろけていたうちに、毛の塊たちがメイに近づいていた。
「だれ? つよい!」「ゴマザス」「すごい!」「カヨコス」
塊たちは有翼人の襲撃前よりも少し密にメイを囲って、何やら口にしている。
そしてメイにはその一部が、カタコトながら理解できていた。
部分的にではあれど、事前翻訳しておいた現地語が理解できた、訳せた……ということは!
思った通りだ! やはりこの毛むくじゃらの塊たちこそが、この異界の、本来の現生霊長の生き残りなのだ。
ここで彼らを見つけられたのはかなりラッキーだ。ちょっと都合よすぎるくらいに。
とりあえずこれで、有翼人たちが不当な、歪な進化をさせられた者たちだと断定できる。
あとは有翼人の勢力を無力化しつつ、その歪な進化の原因を取り除ければ……
「つよい、なんで」「け、すこし、はねない、なんで」
カタコトな毛の塊たち……ヒトの言葉が思考を邪魔する。
それならば、先にコミュニケーションを取ってみることにしよう。
「私はあなたたちの味方です、少しだけど毛もあるでしょう? ほら?」
メイは毛と羽根……にこだわるヒトたちのため、髪を右手で束ねて先を振ってみる。
「け、け!」「チョトへん」「きれい」
ヒトたちのうち数名が、各人の毛の先を伸ばしてメイの髪先に触れさせてきた。
よくわからないが、彼らの原始的なコミュニケーション方法の一つなのだろう……と考えて、メイはそれを妨げないでいた。
すると髪の先から根本、頭皮までなにやらくすぐったい。
けして不快ではない感覚だが、それはそれとしてメイは笑顔を返してみる。
もう少し警戒心を解けたら……有翼人について聞いてみよう。
と、メイは毛むくじゃらのヒトたちと打ち解けようと……
しかしヒトの側では、どうも話が飛躍しだしたらしい。
「おまえ、かみさま」
「かみさま、なに」「なに」
神……信仰の概念があるのだろうか?
「かみさま、つよい」
「かみさま、えらい」
「かみさま、ヤッスイサ」
ひときわ黒い毛のヒトが『かみさま』の話を始めてからは、他の者もそれに聞き入っている。
「あれ、かみさま」「かみさま、チョトけ」「かみさまつよい、えらい」
「けない、はねない、かみさまえらい」「つよい」「かっこいい」
メイは困惑しつつ、ヒトたちの対話が止むまでしばらく放っておいた。
しばらくして会話は止んだが、代わりに各人の毛が四方からメイヘ伸びてくる……
どうする? いや、どうするもなにも、拒否すべきではないだろう。少なくとも、その意図が分からないうちは。
と覚悟を決めて無抵抗でいようとしたメイの手足が、色とりどりの毛に絡め取られ……
メイはヒトたちの頭上へ抱え上げられていた。
とてもふわふわする。
もこもこしているはずなのに、ふかふかと……どころか、まるで重みや存在を感じない。自分の重さもほとんど感じられない。
優しく持ち上げられて、低重力のなかで浮かんでいるような。
そういう気分、心地にさせられたことは何度もある。
けれど、それを物理的に感じたのは初めてのことで。
気持ちいい。彼らの手? 毛? とにかく彼らの上で、このまま何日も微睡んでしまいそうな……気持ちいい…………
いやいやいや、浸っていてはいけない!
もしかしたら少し寝落ちしてしまってたかもしれない、メイは軽く冷や汗をかきながら慌てて身体を起こした。
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「もふっとしてふっかふかだった」
黒髪の女と赤髪の女が、十人前ほどはありそうな肉料理の乗ったテーブルを挟んで談笑している。
「あれならまる一日くらい余裕で寝ていられそう」
黒髪の女、メイはカラアゲからの酒……を繰り返し用意したカラアゲをほぼ食べきっていた。
「それってさ、あのふわふわ浮かんで寝れるやつ……なんとかベッドボスみたいなかんじ?」
赤髪の女、レイナも特製パンケーキからの果汁100%ミックスジュース……を繰り返しにこにこ顔でメイに問いかける。
「無重力ボックスベッド?」
「あーそれそれよ、超ほしいんだけど高くってさあ」
レイナはあいかわらず……銃器に関すること以外は、いつも適当である。
「あれとはちょっと違うかな、なんというか……完全に何もないところを揺らいでるんじゃなくて、身体の重さをほんの少し支えてくれる力がかかって、しっとり寄り添われてるみたいな……」
「えーあたし無重力がいいや」
「そういえば、無重力ボックスベッドなら確か……傷病離脱なしで勤続十年とかやれたら、連勤報奨で買えるくらいの額じゃなかった? それにその頃ならもっと安くなってそうだし」
メイはサッと手元のデバイスを操作して、レイナに無重力ベッドの相場を見せてやる。
「やー今ほしいのよ、今すぐさ〜……やっぱローンとかかなあ」




