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おんなは職のために職分をわすれ

「おお、まさしく『保食璧(ウケモチノヘキ)』……」

 城の広間、玉座に侍っていた中年の男が獣人の娘に近付き、円盤状の物体を手渡された……そこで上げられた感嘆の声。


 男は受け取った円盤をすぐに玉座の主人へ見せた。


「ご覧ください……確かに『保食璧』です、陛下」

 当初はこの国の貴族という体で冒険者たちに接していた依頼人たちだが、今ではもう国王と閣僚であることを隠すつもりはないらしい。

 とはいえ、少なくともそれは彼らに正対している冒険者……三人の女たちにはあまり関係のないことだろう。



「ふむ、念のため使ってみよ」

「は……」

 男は円盤を水平に持って目を閉じ、何かを念じるような神妙な顔をする。

 円盤はそれに応じるように淡く光を発し……盤上に干し肉か干し魚らしきものが積み上がっていた。


「アワーよ、お前は相変わらずそれが好きだな」

「うまくて手軽ですからな、一つ失礼して」

 毒見を兼ねてということだろうか、円盤を持つ男……アワーは干物を一つつまんでパリパリと噛み砕く。


「うん……! 昔西大陸の港町で一度だけ食べた、良質なカーゾンのひと癖あるうま味と歯応え……どちらも本物ですな」

 男は残りの干物を円盤から懐に移し、満足げに顔を緩ませている。対照的に、それを見ている獣人の姉妹が眉をひそめていた。


「うわ、こっちまでくさい……」

「姉さん静かに」

 姉妹は敏感な嗅覚を持つが故に、嫌いな臭いを感じてしまっているらしい。しかしその横にいる人間の女はそれを感じられず、故にどんな臭いなのかも分からない。


 二人は嫌がってるけど、大臣は好んでいるようだから好き嫌いが分かれる種の臭いか。


 女は人を選ぶ風味の珍味……に少し興味を抱く。が、珍味程度のために、()()にあまり長居する気もない。



「ともかく助かった、これで三宝が揃った、竜祭にも間に合う……」

「して、どのようにこれを取り戻したのだ? 報奨の配分のためにも聞かせてくれぬか」

 ようやく安堵したという様子の大臣の横で、王は依頼品奪取の顛末を尋ねる。


「んとねー」

「レイさんがあの男を引き付けて隙を作り、私たちが盗み出しました」

 姉妹は事前の打ち合わせ通りに答えた。


「奴を引き付けて……どうやったのだ?」

「えっと……戦ってました」

 獣人の妹が少し自信なさげに答えた。しかし、レイと呼ばれる人間の女は何も補足しようとしない。

 その態度が引っかかったのか、王は獣人姉妹ではなくレイを睨みながら語りかける。


「コムナイ殿、だったな。奴と……『竜騎兵』といかに戦い、生き残ったのか?」

「そのような血腥(ちなまぐさ)いこと、ここでお話する必要がおありでしょうか?」

 答える気は無いと言わんばかりに、女は質問で返した。


「ひとまず陛下、宝を盗み出したお二方の功を第一として、先に報酬をお与えになってはいかがですか」

「ん……ふむ、そうだな……誰か、二人を宝物庫に案内してやれ」

 女は王と大臣の態度にどこか不自然さを感じ……不審に思っていた。




「さて……貴女にはもう少し話を聞かせてもらう」

 広間には王と大臣、兵士数人と女が残っている。


「『竜騎兵』と戦ったそうだな、奴は生きているのか?」

「いえ、殺しました。運良くこちらの戦術が嵌ったので」

 大臣と兵士たちが感嘆のため息を漏らすが、王は特に反応せず問いかけを続ける。


「奴の死体はどうした」

「好敵手として、埋葬してきました」

「……なぜそんなことを……情けのつもりか?」

 先ほどは特に反応を示さなかった王が、ぎりぎりと顔を歪めていた。


「生死は問わない、と仰ったでしょう? それなら、彼の遺体を葬ることに何の問題があるのですか?」

 女は顔色を変えず予定通りに反論する。


「生死を問わぬとは言った、だが奴を埋葬する許可など出しておらん!」

「そうだ……殺したのなら、余の眼前に奴の死体を……せめて首くらいは持ってこい。お前の報酬の話はそれからだ」

 大臣は激昂し、王は静かに女を睨み……態度は違えど、どちらも一様に怒りを示していた。


「お断りします。そんな契約は無かった、ギルドに確認するまでもなく無理筋でしょう」

 女も冷淡な言葉と視線を王へ返す。

 少し前までは穏やかだった広間の雰囲気はすっかり冷え切って、固まっていた。



 と、剣呑な空気を二、三度吸ったあたりで女が再び話を切り出した。


「それはそうと、何故約束の報酬……ギルドとの契約を反故にしてまで、彼の遺体に拘るのですか?」



 埋葬の後、光学迷彩を応用して近景を歪めておいた。だから正確な埋葬地点は、二人でも視られない。

 加えて、強烈な臭いをばら撒くディフューザー……嗅覚を狂わせるための臭気拡散装置を埋葬地の近くに隠しておいた。だから正確な遺体の位置は、二人でも嗅ぎ当てられない。


 だから私が協力しない限り、彼の遺体は見つからない。


 アレがこんな所で役に立つとは思ってなかったけど。

 そういえば、何の臭いって言ってたっけか? すごい悪臭だけど、一般的な環境なら動植物への有害性は低いから問題ない……と聞いたのは覚えている。

 ま、それはいま大事な話じゃないか。




「奴は、奴だけは……我が手で罰さねば気が済まぬ」

「罰? 罰とは、罪や悪事に対する報い……死してなお罰を加えられる(いわ)れが、彼にあると?」


 女は王の心情を半ば理解しつつ、決してそれに共感しない。

 それを半ば理解しつつ、否定するために王へと問いかける。


「盗みの罰なら、死罪でも十分に重いでしょうに」

「奴は、テンプ姫を……姫殺しの罪人だぞ!?」

「姫殺し? 誰が?」

 大臣の物言いに、女は思わず呆れを態度に表してしまった。


 少しでもあの男を知っているなら、そんなこと考えるはずもないだろうに。

 それこそ、そんなことを考えられる者のほうこそ……そういう卑劣な思考の持ち主に思えてくる。



「待てアワー、この娘はそれを知らんのだろう。教えてやろう」

 王は身体を震わせ、額から汗を流しながら……平静な口調に戻っていた。

 何とか怒りを抑え込もうと配慮しているのだろう。


「奴は私の娘、テンプの夫だった……そう、嫁がせてやった私の娘を死なせた!! 奴が殺したのだ!!」

 と、しかしその配慮はすぐに吹き飛んでいた。


「彼から聞きました。死の前には……別に好きな男がいたのに、もう逢うこともできぬと嘆いていたと」

「信じられるか! 私の前では、いつも朗らかに笑っていたあの子が……自死などするはずがないだろうが!!」

 女のほうでも、現地人との距離を保ち、自身の干渉による異界への影響を少なくする……という配慮は吹き飛んでいた。

 


「彼は姫君にひどく嫌われ指一本触れられないなかでも、懸命に……夫婦の形を維持しようとしていたのです。国のため、皆のために気配りを続けていたのです。それを無下にしたのは姫君では!?」

「なんだと!?」

「お前……私のテンプを馬鹿にしているのか?」 


「軽んじているのは貴方でしょう。娘の想いも知らずに望まぬ結婚を強いて……娘も婿も軽んじ、結果どちらも死なせたのは貴方でしょう! 断じて彼の責ではない!」

「……貴顕なれば、個人の好悪を二の次とせねばならぬこともある……あの子は、それが分からぬような間の抜けた小娘ではない!!」


「お前と違ってな!!」

 大臣は堪忍袋の緒が完全に切れたのか、すっかり顔を赤くしていた。

 その形や様子は、美味そうな茹でダコを思わせる。

 その姿がなかなかに滑稽で、女の興奮は大波が引くように下がっていった。


「これ以上お話しても、お分かりいただけないようですね」

「ふん……まあよい、次の用件を話してよいか?」



「コムナイの係累を騙る魔女よ」

 王が右手を掲げた。程なく、大勢の兵士が広間へ駆け込んできた!


 兵士たちは整然と円型に陣取って女を取り囲み、槍の穂先を向ける。

 それに少し遅れて別の兵士たちが広間へ駆け付けて、先に陣取っていた兵士の後ろで(いしゆみ)らしき得物を構えている。

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