いられずに
大変遅くなりました。申し訳ありません。
ペドロ課長から呼び出されていたメイは、仕事を早めに切り上げて地下研究棟の深奥を訪ねていた。
そこを訪ねる理由は、一つしかない。
これまでに幾度となく、いや数十の失敗を繰り返した……局長の蘇生試験。
「もはや理由を伝える必要もないほど、ここへご足労いただいてますナ」
「なぜ、彼女だけが復活できずにいるのか……なにか手がかりはないのでしょうか?」
「申し訳ありませんナ……何も分からず、五里霧中という感じですゾ」
ペドロの話によると……局長よりも後に確保した、状態も良くない検体を問題なく蘇生できた事例が既に数件あるという。
「以前代行どのが話をしていた、自死者を使っても……一昨日成功しましたゾ」
「自分でも非科学的と思うような話でしたし、そんなものでしょう」
「あれがこれまでに最も状態の悪い検体でもあったので、よいデータ取りになりそうだったのですが……ナ」
先日、メイはある仮説を思い付いてペドロに話してみた。
自ら死を選んだ、あるいは自死行為により死亡した者は蘇生できないのではないか、と。
そのときふと思い出した、過去に異界でメイを襲撃した罪人の……拘束中に自害してしまったため、医療係へ引き渡してあった遺体の話も合わせて共有していた。
ペドロがその遺体について調査すると、運良く地下設備に保管されていた。エステル一派の反乱に関する過去の活動を知る手がかりにもなり得ることから、本人への取り調べのために蘇生を試みた……ところ、意外なほど簡単に成功したらしい。
「霊体や精体に悪影響こそありましたがナ……それでも今朝に尋問へ回せましたゾ。ある意味、有用なデータになりましたナ……代行どののおかげですゾ」
知見として、遺体の状態の悪さは蘇生の難度に大して影響しないと考えられる……ということだろうか。
「ということは……今後は管理官の単独行動を禁止するのと、死傷者の保護を優先させて遺体の回収率を上げてやれば……職員の殉職をある程度減らせそうですね」
「なるほど……これからは、そういう運用に変えていきますかナ。局ちょ……」
ペドロがメイを局長と呼びかけて、手で口を塞いだ。
「……いや、失礼しましたナ」
それでも謝ってくれるだけ、まだマシなのだ。最近の管理官たちの態度を考えれば。
メイにはもう、指摘する気力もない。
「……それより、蘇生試験を始めませんか?」
メイは一旦雑話を切り上げ、局長の蘇生を試みるよう促す。
しかし……今回も得られる結果は変わらなかった。
今回も、か。
メイは無言でため息を吐いていた。
対して、ペドロを横目に見ると……がっくりとうなだれている。
最近の試験失敗では、見られなかった振る舞い。
ペドロはそのうなだれた丸い頭から、呟きをこぼす。
「もう、諦めましょうかナ……」
諦める……
局長の蘇生を諦めよう、と……?
ペドロの言葉をそう捉えた途端、メイは胸の内に熱いものを突き込まれたような、猛烈な痛みを感じた。
思わず、胸をかばうように手を当てる。
「そ、そんな……こと、を……」
そして眉を寄せ、折れそうになった膝に力を込めながらペドロに向けて声を絞り出す。
しかし、続くペドロの言葉がメイを惑わせる。
「……これ以上、待てませんゾ」
「待てない? か、彼女への負荷も特にないのだから、今後も、続けて……」
「あ、いや、いやその」
「私は待ちます! いまさら諦めない!」
大声を上げるのを、止められなかった。
いまは他人の言葉に惑いつつも……局長が蘇る日を待つ、その意志にはなんら変わりない。
他の遺体で出来たことを、彼女に限って諦めるなんてことが……受け入れられるはずもない。
「これ以上局長の不在が続くのを、もう待っていられませんゾ」
「だからと言って、蘇生を……?」
と、メイは一度声を張り上げたことで少し冷静になれたのか……ペドロの物言いが思考に引っかかった。
「代行どののお気持ちは察しますゾ、だが別の話として……これ以上局長不在で管理局を運営することは、いったん諦めましょうゾ」
諦める、とは……局長の蘇生自体を止める、という意味ではないのか?
「それは、どういう意味で……!?」
「この半年ほど、局長の権限や裁可を必要とする案件が溜まりにたまっていますゾ。それは代行どのもご存知ですナ?」
「ええ」
「すぐに思い当たることだけでも局内の配転、来年の資源割り振りに新規採用候補者の選定、管理範囲の拡大決議に殉職者追悼式典、遺族年金の支給額修正、局内設備の再建に係る特別損失の計上に……ゲホッゴホッ」
ペドロは数々の事案を長々と並べ立てて、ついに息切れしたらしい。
「ハァ、ハァ……まだまだお聞かせしましょうかナ?」
「いえ、だいたい分かりました」
「正式に就任した局長による業務……山積みですゾ」
ペドロはマッシュに整えた青い前髪を上げて、額の汗を拭っている。
「そんなときに、未だ不確定な局長の復活など待ってはいられない……ということですか」
それは、その通りだろう。
しかし、そんなこと……やりたくない。
今でさえ、局長が蘇ってくれればすぐにでも局を辞めたいくらいなのに。
「それでは、そこまでお考えになっている、深慮遠謀のペドロ課長を次期きょ」
「ワタシはただの技術屋ですゾ、何を言っているのですかナ?」
「では、経験豊富で冷静沈着、対人調整力に優るジャム課長を」
「いくら大変なときと言っても、病人を引っ張り出すのは感心しませんナ」
「……確かにそうですね、ここはやはり剛健質朴、不撓不屈の精神に満ちたスローニン課ちょ」
「管理能力に疑問あり、の名目で処分したのはどこのどなたでしたかナ?」
メイは自分以外の、生き残った課長級全員の名を挙げて……即座に否定されていた。
つまり、ペドロが局長に就くべきと考えているのは、やはり……
……だめか。
この人は、私の懸念どおりのことを……考えているのだろう。
「ここまで言われて、まだご理解なさらないような鈍い方だとは……思っていませんゾ」
評価してくれているのだろうが、正直全くありがたくない。
メイはできるだけ抵抗したくなった。
「しかし、課長級からの『主上』への奏上は、過半数による連名でなければ受理すらされないはずです」
現在、管理局の課長として正式に認められているのは七名。
死亡が確認されている……というかメイが撲殺した、反乱の首謀者エステルは近いうちに管理局そのものから除名される。
問題は行方不明扱いになっている二名。現時点ではエステルの反乱に加わったという明確な物証がないとされているらしく、降格や管理局からの除名といった処分にはまだまだ時間がかかるらしい。
結局、過半数を得て主上へ局長の変更を申請するには、四名……つまり生き残った課長級全員の同意が必要となる。
こんな状況で、『主上』から後任の管理局長が指名されないでいること自体、妙な話ではあるのだが。
その点については、メイも何となく……思うところはあるが、それはまた別の話。
「確かに現状、代行どのが拒めば三人だけ……過半数の合意は得られませんナ」
メイは決して自分を局長とすることに賛成しない、それはペドロにも察されているのだろう。
「……まるで、スローニン顧問やジャム課長が必ず賛成するとでも……お考えのようですね?」
「もちろんですゾ」
「そんなあっさり言われても……」
「それに、下位の管理官たちも……内心、分かっているのでしょう? 違いますかナ?」




