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もどれずに

 まったく、何を考えてるの? 彼女たちは。

 私に抱きついたって、何も出やしないってのに。


 ま、ドムーク管理官(キュレイター)は確かに……真面目に闘ったなら、かなりの戦闘力がありそう。それを肌身で感じられたのはいいんだけど。

 ……後輩にも慕われてるみたいだし、リーダー的立場を与えてみるのもありかな? いっそ課を任せて……そしたら、責任感から多少は落ち着いたり……してくれるかも。

 ただ……正式な辞令はまだ出せない。私は局長「代行」でしかないから。


 私にそこまでの権限はない。そもそもあっちゃいけない。

 その権限を持つ、用いるべき人を、私は今も待っている。


 局のためにも私のためにも、あの子の帰りを待っている。

 早く蘇って、戻ってきてよ。局長(ショボー)……待ちくたびれたよ。



 メイは訓練場からの帰り道……訓練場内壁修繕費の仮見積、請求書を届ける着信音を耳にしつつ、仮設官舎の第一棟へ向かっていた。

 そこには、数ヶ月前にペドロ課長が試験導入した管理局員用託児室があり……メイも、業務中は娘のタムを預けて世話をしてもらっている。

 勤務日や休日出動が必要な日の朝に寄り道して娘を預けて、その日の業務が終わった後にまた引き取りに行く……というのが日常になった。


 この管理局員用託児室、ペドロ課長が言うには……

「児童保育に関する十分な知見を持ったスタッフ、保育スタッフ・保育児双方の各種生体データの収集と適切な利用・フィードバックに保育児どうしのトラブル対処……ハイレベルな技術と情報を保持し駆使する理想的、我がジマンの託児室を作り上げましたゾ」

 とのことである。なぜペドロ課長が、そこまで熱心に取り組んでいるのかはまるで読めないが。


 奇抜な外見と飄々とした物言いの他……プライベートはほぼ謎、家族構成すら不明の天才的な科学者、かつ技術者……というのが、局内でのペドロの評判である。

 と言ってもメイは、過去に局長からプレゼントを貰った際とのやり取りからペドロには恋人、または妻と呼べる存在がいないことを知っているが。

 となると、いっそう……なぜ彼が育児に熱を上げるのか、理解しがたい。


 とは言っても、そこにどんな理由があろうと……今のメイにはありがたいことである。

 メイ自ら業務の片手間に育児をこなすよりは、間違いなく適切かつ安全な子育てになるだろうから。

 局長代行として働くいま、自ら異界へ向かうことはほぼあり得ない。業務中には離れていても、仕事が終わればすぐに親子としてのひとときを過ごせる。

 そのため、親子としてのコミュニケーションが不足するおそれは……あまり考えなくてもいい。


「お疲れ様です、局長代行のメイです。娘のタムを迎えに来ました」

 託児室へ着いたメイは受付スタッフに名乗り、タムを連れ出してもらい二人で新築の自宅へ帰っていく。



「タム、今日は楽しかった?」

 帰り道、メイはなんとなしに話を聞いてみる。


「ううんつまんなかった」

「つまんない……どうかしたの?」

「みんなタムのことたたいてくるのに、タムがすこしさわったらすぐないちゃうの」

 タムは少しうつむき気味で、表情も明るくは見えない。そんなタムが、メイに紙を一枚差し出した。

 そこには、育児スタッフからの言伝が記されていた。


『タムちゃんは肉体の力がかなり強いらしく、同世代の子と身体を使って遊ぶのは難しいようです。それどころか、我々スタッフが相手をしてもヘトヘトに疲れてしまうほどです。このままではストレスを溜めてしまうかもしれませんので、時々お家で運動をさせてあげてください』


 どうやらタムには相当な力が眠って……素養の高さだけでなく、その力の一部は既に身に付いているらしい。本人には自覚がないようだが。

 タムの外見はメイとは似ていないが、その実……肉体に宿る力を、しっかりメイから受け継いでいるのだろう。


「そっか……お家の外では、静かにしてようね」


 しかし、いくら肉体的素養に恵まれていても……管理官や戦闘要員(パニッシャー)にはなってほしくない。

 自分はともかく、娘には……あまり危険な目に遭ってほしくない。

 メイはそう考えていた。


「あおおじさんならいい?」

「だーめ、どうしても暴れたいなら……私とふたりでね」

「えー」

 タムは握っていたメイの手を離して、抱きしめるようにしがみついてきた。

 確かにその力は、子供ながら……下位の管理官になら居てもおかしくないほどと感じる。


「歩きにくくない?」

「ううん……あむっ!」

 タムに捕まらせたまま歩き続けてみると、腕に噛みつかれた。


「ふぐ……んぱっ」

 タムは一旦噛む力を強めてから、口を離す。

 メイであれば、痛みと感じるほどのものではないが……こんな力を非戦闘員に、ましてや子供に対して無邪気に振るわれてはまずい。

 そう感じられる程度には、タムは力強かった。


「ふふ、怒った?」

「ととさますごい、いたくないの?」

「大丈夫、でも私じゃない人にやっちゃダメよ?」

「あおおじさんも?」

「だめ!」



 ……などとじゃれ合いながら、二人は新居の前まで歩いてきた。

 メイは門を解錠して、中へ入ろうとしたそのとき……


「代行どの、ペドロですゾ」

 通信が入った。

 ペドロ課長は、メイのことをちゃんと「代行」と呼んでくれる。

 ペドロのほかに、何人がそう呼んでくれるのだろうか。


「はい、こちらメイです」

 今、それは置いといて……退勤後に音声通信で連絡してくるなら、それなりの急用なのだろう。

 メイはひとまずタムを家に上げつつ、ペドロとの通信、彼が語る内容へ意識を向けることにした。

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