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あやしげに

「……誰の声だろ? これ」

 聞こえるべき声が聞こえず、そこに存在しないはずの声が聞こえてくる。


「メイやん、音大っきくしたりとか……できない?」

「そうね、やってみましょ」

 メイは再度、中空に浮かぶパネルへ手を差し出して……拾っている音量を上げる方法を探す。

 すると予想通り、プライバシー保護機能によって室内の会話内容が聞き取れない程度の音量に絞られていると分かった。そして、その解除方法も。


『緊急の場合は、管理者権限でプライバシー保護機能を解除できます』

 と、レイナの声や(おぼろ)げな女声とは聞こえ方が異なる……耳の外側からではなく、身体に直接響いているかのような案内音声がメイへ届く。


 緊急時には可能、か……

 別に緊急ってわけでもないけど、そういうことにして……使っちゃっていいかな?


『操作者の権限を確認……機能解除が可能です、解除いたしますか?』

 メイは少しの間悩んだものの、結果……特に気にすべき問題はないだろうと考えた。


 ま、職権濫用を理由に詰められて、開き直ることも非難されたとしても……降格にしてもらってもいいし、なんなら局を辞める口実にするって手もある。

 よし、管理者権限……使ってみよう。


 メイがカメラ映像にかけられているプライバシー保護処理を解除すると……これまで聞き取れなかった女声がはっきり聞き取れるようになった。


「ま、アンタがそうしたいなら……私は手伝うだけだよ。あのコもなんとか大丈夫そうだし、確かに心配することもないだろうね」

 やはり、ペドロ課長の声質ではない。

 それに、ペドロ課長の口調でもない。


 ただし、どこかで聞き覚えのある声。


「まあ……アンタにも、昔の思い出に浸りたいなんて感傷があったのは意外だけど……ゆっくり休みな」

 それにしても、この声は……誰に話しかけているのだろうか?

 カメラの撮影範囲には、ペドロの後姿と睡眠装置しか映っていない。誰かが光学迷彩を使用している形跡もないから、他には誰もいないはず。

 ペドロの頭の向こうに誰かが隠れている、という可能性を考えても……そこに隠れられる大きさの人物といえば、スローニン元課長くらいしか知らない。

 そして、聞こえている声と口調は明らかに……スローニン元課長のものでもない。


「じゃ、また……用があれば、いつでも声をかけて。言われるまでもないだろうけど」

 メイが考えを巡らせているうちに、謎の女声がそう言い終えた。それとともに、睡眠装置の側で膝をついていたペドロが立ち上がる。


 あれ、このタイミングは……?

 聞こえている声は、ペドロ課長の声とは違うはず。それなのに、その発言にぴったりのタイミングで身体が動いた。

 つまりこの声、発言は……ペドロのものという可能性がある……というのは考えすぎか?


 メイの思考を一つ増やした、ペドロの動き……立ち上がった後は、特に怪しい動きもなく振り返って、部屋から出ていった。

 ペドロがいなくなった後の部屋には、睡眠装置しか映っていない。つまり、誰もペドロの陰に隠れてはいなかった。


「あれ、誰もいない? さっきの声は誰向けなの?」


 こうなると、状況的には……あの声はペドロが発していたと考えてもいいのかも知れない。

 ただその場合、誰もいない場所で声を変えて独り言を吐いていたということになるような……それに、なんの意味がある?


 ペドロが去った部屋では、睡眠装置が特に変わりなく稼働している。他には誰もいない。

 状況は、いくつかの点で不可解だった。そして、それを解く方法もメイには思い付かなかった。


 ……今は、考えないでおこうか。余計なこと……のような気もするし。

 とりあえず、管理局の再建を優先に。




「代行どの、睡眠装置をアップデートしてきましたゾ」

 しばらくして、ペドロが会議室に戻ってきた。


「ご対応ありがとうございます」

「これで、睡眠学習……言語、数理、論理思考、情操……さまざまな教育を眠りながらに受けさせることができますゾ」


 ペドロの声も、口調もいつも通り。

 ならばさっきの声は、何だったのだろうか……?


 と悩みかけたメイの思考を……ペドロの側から鳴り響く、機械的でけたたましい音が(さえぎ)った。


「はいナ、こちら疾風ペドロ……ほう、検体Aの三叉調和……和合調整が完了しそう、とナ?」

 ペドロは無線連絡にて朗報を受けたらしく、顔をほころばせながら話している。


「よし、なれば早速……明日朝に実行しましょうゾ。準備をしておいてくれますかナ? では、さらばですナ」

 連絡相手になにかを指示してから通信を切ったペドロの、その眼鏡の奥で目が笑っていた。


「第六課の業務連絡……でしょうか? 明日でいいのですか?」

 メイは第六課の業務、ペドロの本業で何か問題があったのではと考えて……問いかけてみた。


「ええ、()()大丈夫ですゾ」

 自分は問題ない、とペドロは部分的に語気を強めることで強調する。


「ペドロ課長は、と……いうと?」

 ペドロの口調に、意図を感じたメイは聞き返してみた。


「はいナ、明日の朝……娘さんを連れて、第六課の研究施設へお越しくださいナ」

「タムを連れて? 分かりました」

「それと……明日は余程の事態が起こらぬ限り、私の用を優先してくださいナ」

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