1・プロローグはエイプリルフールと共に
会社が倒産し、路頭に迷った中年が居た。
真部寛之39歳。
彼は会社が倒産したにも拘らず明るかった。
もちろん、混乱した社会情勢の中で再就職先が決まっている訳でもない。
しかし、彼には次の職が決まっていた。彼の中では。
「そうか、とうとう魔法が現実になった。僕の時代が来た訳だ」
などと、普通に聞けば怪しすぎるセリフを吐いているが、今ではそれも常識である。
さかのぼる事3カ月前、4月1日にネットに流れた不思議な動画から事は始まった。
その動画は中国のとある都市で撮影したとされるモノだったが、たしかに、ネットで検索すればその都市に同じような街並みがある事は確認できる。
そこで軍だか警察だかの部隊がむやみやたらに発砲しているのだが、相手は軍隊やテロリスト、デモ隊などではない。
そこに映っているのはファンタジーを知るモノであれば誰でも知っているモンスターだった。あるいは、いくらか妖怪も混ざっていたのも確認できたかもしれない。
不思議な事に銃撃は全く効果が無く、迫りくるモンスターによって兵士?警官?がなぎ倒されていく。
弾が命中していない訳ではないらしいが、銃弾がモンスターをすり抜けている様だった。
そんなCGのような動画には撮影者の悲鳴のような肉声も入っており、モンスターに街が襲われている事、軍や警察の攻撃がまるで効かない事が語られているらしかった。
4月1日。
エイプリルフールに投稿されたため、おもしろ動画として世界中に拡散されることになったが、その日のうちに、その都市との連絡が実際に取れなくなってしまう。
日を追うごとにその様な都市が増え、はじめは騒乱、内戦ではないかという声に沈黙を続けた中国政府であったが、5日後にようやく会見が行われ、未知の脅威にさらされている事を公表した。
しかし、その声明は遅いエイプリルフールとして誰も取り合いはしなかった。誰もがパンデミック隠しを知っており、騒乱隠しを疑った。
しかし、10日も経つと中国だけでなくロシアでも同じような事態が起きることになった。
混乱が広範囲に広がったことで世界は未知のウィルスを警戒して中国、ロシアとの空路、海路を閉ざして対応したが、その一週間後には東欧や朝鮮半島へも拡大していく。
そして、5月を迎える頃には世界経済は混乱し、人の行き来はパンデミック時以上に出来なくなってしまった。
真部の会社も中国との大口取引がすべてなくなり、経営出来なくなっていた。パンデミックの痛手を引きずっていたこともあって呆気なく倒産してしまった。
そんな彼はと言うと、その頃ネットで広まりだした魔法が使えるという現象に興味を持ち、持ち前の中二力をいかんなく発揮して攻撃魔法を放とうとしたのだが、上手くいかなかった。
医学知識がないので治癒魔法などはじめから期待していなかった。
身体強化ならと挑んでみると、コレが何と成功したのである。
喜び勇んだ彼は、以前、自転車アニメが流行った時に購入したロードバイクを引っ張り出して、日がな一日乗り回すという、周りから見ると奇怪な行動に出ていた。
ロードバイクなど買っただけでマトモに乗る事もなく、普段使いもし難い上に、地方都市にありがちな通勤距離の遠さや高低差の大きさから、通勤にも使うことなく、物置で長らく埃を被っていたほどだった。
そんなものを持ち出して、しかも笑いながら走っているのだから、怪しくない訳がない。
しかも、かなりのスピードで4時間ほど休憩なしで走り回るのだから、気が狂ったとしか思われていなかった。
次の日には筋肉痛で動けないかと思ったが、そんな事もなかった。
そして、今度はダンベルを持ち出してみたのだが、まるでコップ程度にしか感じない。
彼がそんな奇行を続けている最中の日本では、世界情勢をまるで無視するような状況であった。
テレビや新聞は中国やロシアの混乱を内戦やパンデミックと捉えていたし、政治もパンデミックを想定した政策を採っていた。
面白おかしくモンスターや魔法について書くのは週刊誌くらい。
ネットや週刊誌は、とうとう英国では魔法省が立ち上げられたという話題で賑わい、英軍には魔法師部隊が発足したと報じられていた。
程なくして中国や欧米各国でも似たような動きが起きたが、日本では一切が無視されていた。
ただ、政府や自治体が動かない中で、民間では魔法師を集めた団体の結成が幾つか行われ、すでに起きている中国やロシア、アメリカにおけるモンスターの出現についても研究され始めていた。
そんな梅雨明けしたある日、それまでは地方での怪奇事件や失踪騒ぎでしかなかった騒動が大都市でも起きる様になる。
モンスターを見た、UMAを見たなどと言う話が各地で相次ぐようになるが、この時まで主要メディアも政治も一切関心を示すことは無かった。
その日、世界が混乱する中でも通勤ラッシュで混雑する東京のとある地下鉄駅をモンスターが襲った。
駅は混乱し、逃げ惑う人々。
駅ではモンスターが次々に人々を襲い、その動画を撮影する人々が各々拡散させている状況となる中、駆け付けた警官はなすすべなくモンスターの餌食となり、続々とやって来る警官、機動隊はまるで無力であった。
動画を発端としてメディアが事件報道をはじめ、国会にも飛び火した。
しかし、メディアも国会もモンスター襲撃という非現実的な事態を受け入れるまでに時間を要し、モンスターがあふれ出る現場へ魔法師たちが現れた姿をただ、眺めているだけだった。
アニメや映画のような派手なエフェクトなど全くなく、ただポーズを取るコスプレイヤーとその動作で倒れていくモンスターを見せられるという味気ないモノだったが、都や国が押っ取り刀で出動要請した自衛隊による射撃すらまるで効果がない中、魔法師による攻撃だけがモンスターには有効という場面をテレビで、ネットで、日本中へと届けられていた。
こんなもの、すでに外国では常識だった。
だからこそ、英軍には魔法師部隊が存在し、米国にはFBIや各警察のSWAT部隊に魔法師隊が存在していたのだから。
この事件でまるで役に立たなかった警察、自衛隊出動に時間がかかった政府に対して、それまで全く魔法に関心が無かったメディアが一転、魔法こそ必須と声高に後手に回った政府や警察の在り方を批判し始める様になる。
政府はその夜の記者会見で魔法の存在を認め、魔法師団体を後援すると声明を出すことになった。
真部はそれを聞いて喜んだ。
「とうとう僕の時代が来た!」
だが、彼は攻撃魔法は使えない。モンスターを倒せる物理的な武器は既に外国には存在しているらしいが、日本では未だ手に入る状態ではない。
手にしようにも法律が厳しくて不可能だった。
もちろん、真偽不明のネットの「物体」に高額を払おうなどと言う気にもなれなかった。




