34.お祭り騒ぎとぼっちの君と 8
斎木聖也は自分を責め続けている。母を救えなかったことも、神無木命を見捨てたことも。
罰として自分自身が呪われるべきだったと、後悔の海に溺れている。
(でも、このひとの力は強いんだ)
精神的な脆弱さとは裏腹に、彼の耐性は強かった。先代から受け継いだ血の優位か、幼い頃の経験を基に研鑽を重ねてきたせいなのか。
どんなに近辺で「呪い」を振り撒かれようとも影響されない。強靭な防御力で常に他者を撥ね付けてきた。
そう……死んだ彼女以外誰も彼の心に触れられる者はいなかったのだ。
だからこそ、聖也は未だかつてないほどに動揺しているのだろう。
殆ど見も知らぬ他校生の女子が、ずかずかと土足で不可侵の領域に押し入ってきたのだ。衝撃を受けぬはずがない。
「……君、は」
「う……あああああ! 超ごめんなさい!!」
転んだ勢いで聖也の腕の中に倒れ込んだ青花は、フィジカルとメンタルの両方の意味で、必死に謝罪した。
「わざとじゃないです!」
床に座り込んだまま、青花は赤面する。意図してではないが、一時的に聖也と抱き合うような体勢になったのだ。男女交際のひとつも経験がない女子高生が狼狽えても仕方がないだろう。
「おい、青花!!」
「青花ちゃん、大丈夫か!?」
駆け寄ってきた忍と星乃は顔を青ざめさせていた。遥真と蓮も心配そうに青花を見遣り、次に聖也の反応を気にした。
「だ、いじょぶ」
身体に大きなダメージはない。
よろよろと立ち上がった青花は、改めて痛みや傷を確認する。多少の打ち身はあれど酷くはない。
それよりも精神に受けた衝撃が大きい。所謂走馬灯ではないが、ほんの数秒のうちに白昼夢を見るような体験は、生まれて初めてだった。
(しかも……凄く奇妙な映像というか。サイコメトリー的な)
聖也に触れた刹那、怒濤のように流れ込んできたヴィジョン――おそらくは彼の記憶の片鱗とも呼べるものを、青花は覗いてしまった。やろうと思ってできた訳ではないが、ともすればプライバシーの侵害である。
(多分、私が巫女姫とやらだったから?)
「まさか君は……当代の」
青花を直視して、聖也も同じ結論に達したようだ。いつになく感情を表して茫然と呟く。
「確か……空木先生の妹さんだったか」
「血筋の者なのか。皮肉だな。本流以外に巫女姫が現れるとは」
体勢を立て直した聖也の口元は、不敵に笑うのに失敗したのか微妙に歪んでいた。無機的な相貌には不釣り合いな、極めて人間らしい複雑な心情が垣間見える。
もう青花は意外には思わなかった。
冷たく平然と振る舞っていた聖也も本当は繊細な子どもに過ぎない。他の仲間同様、神無木命の死に傷つき心を痛めたひとりだったのだ。
ただ、当時の核心に近い部分を知っている。
敵を……知っている。
「斎木さんは……あのとき、ここにいたんですね」
「お見通しという訳か、当代の」
「はい。多分」
青花は隠さずに肯いた。
聖也は諦めたように半眼を閉じる。
「……ふ」
その笑みは自嘲の証だと、青花は誰に聞かずとも理解する。何も感じない無機の人形など、もうどこにもいない。
「では、わかっているんだろう」
「……はい。斎木さんは」
「そう、俺は神無木命――彼女を見捨てたんだ」
+ + +
聖也の告白に、一同は沈黙する。
「な……」
そんな緊迫した空気を崩すかのように、突如バタバタと階段を昇る足音がした。重ねて、場に似合わぬ軽い声が甲高く響く。
「ちょー、何みんな集合してんのー?」
姿を現したのは朝に分かれたきりの天木玲生だった。華やかな金茶の髪に汗が光る。全力疾走でもしてきた風情だ。
「天木さん!?」
「御木もいるよー」
玲生の後ろから、御木雷も顔を出す。彼もまた荒い呼吸のまま階段の手すりを掴んでいる。
「御木くん……」
「あんたか。それに星乃さんも。いったい何だっていうんだよ、今日は」
憔悴を隠しもせず、雷がやるせない気分を愚痴のように零す。よく見れば、制服のあちこちが破れていた。
「外の連中を振り切って東校舎に入った途端、あんな地震に遭うなんて信じらんないよ。おかげさまでこの為体だし」
「いやー大変だったね。渡り廊下側も鍵開けといてもらって大正解だったよー。僕って先見の明があるよねー」
壁にもたれかかりながら、玲生は無理に軽口を叩く。おそらく逃走と防御に相当の力を消耗したのだろう。立っているのがやっとの状態だ。
「で、これってどんな状況ー?」
玲生の問いに、青花はもちろんその場にいる全員がはた、と我に返る。中断させられたのは重大かつ重要な場面だったはずだ。
途中から参入してきた二人に何から説明すべきか、と悩ましく思っていると、別口からも疑問の声が上がる。
「つーか青花、さっきから兄ちゃんにはイマイチ意味不明なんだが……つーかお前、随分と星辰の生徒会メンバーと仲良しじゃんか」
「え? うーん……ややこしくなるから兄ちゃんはちょっと口出さんでください」
「いやいやいや、だって何だ? 今頃になって斎木から神無木の名前を聞くなんて不自然だろ?」
「それはそうなんだけど……色々あって」
完全に部外者である忍の言い分もわからぬではないが、納得させるべき言葉を青花は知らない。
せめて表向きの言い訳程度は取り繕えればと考えるも、パッと思い付くものでもない。
「まさか本当に、神無木の事故に斎木が関わっていたのか? しかもそれを隠蔽していたとしたら、さすがに学校側としても看過できないぞ」
「えっと……でも」
教師として大人として当然の主張をする忍に、青花は口ごもる。
生徒会メンバーたちは一斉に聖也を見た。彼が次に何を言うかわからないまま、判断は下せない。
特に後から来た玲生と雷は不信感を露わにする。
「斎木が、神無木ちゃんの……?」
「先生が仰ったのは本当なんですか、会長。貴方が命さん……神無木さんの事故に関わっていたというのは」
「そうだ、聖也。さっきのはマジな話なのか。お前、あの日ここにいたのか」
「神無木さんと最後に会ったのは会長……?」
蓮や遥真も追及に加わる。非難とも誹謗ともつかぬまま、生徒会メンバーは聖也を責めた。
「当時のこと、詳しく聞かせてもらえないだろうか、斎木くん」
ただひとり、自然に――いや、おそらくは恣意的に冷静かつ冷徹な態度を保ちつつ、星乃が改めて問い掛ける。
「君には義務がある。違うかな?」
「違わないな」
聖也は否定しない。彼もまた精神の熱を冷ましながら、極めて落ち着いた口調で答えた。
「皆が知りたいのも……君が言うのも、心情は理解はできているつもりだ」
少しだけ何かに想いを馳せるように視線を遠くに遣ると、聖也は深く吐息した。
「では話そうか。あの日、何が起こったか。君はすでに視ているのだろうがな……当代の」
聖也はちらりと青花を一瞥する。
青花は正面からそれを受けた。
やがて聖也は重い口を開き、語り始める。
あのとき何があったのか。
神無木命に何があったのか――。
次話より「真相」




