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28.お祭り騒ぎとぼっちの君と 2

 星辰学院高等学校の文化祭は毎年11月の第一土曜日および日曜日に開催される。幸い、青花たちの通う扇浜高校とは日程が被っていない。

 セキュリティ上の問題でフリーパスではなく、生徒親族以外は基本的に招待チケット制で入場が制限される。学校見学の一環で近隣の中学校には配布されるらしいが、その当時に星辰学院が存在したという記憶のない青花は、当然貰ったことがない。

 今年は例の事故の影響で学校側がチケットの発行を減らしたらしい。もちろん、斎木聖也は約束通り星乃宛にチケットを送りつけてきた。


(2枚……って、一応あれでも私のこと認識してたのかな?)

 星乃にしか関心を抱かなかったような聖也の態度を思い出し、青花は小首を傾げる。まあ他校の文化祭に男子ひとりで行くのもあれだから、という一般的な配慮かもしれないが……。


 兎も角、ここにきて除け者にされるのも業腹だったので、良かったと言える。

 もちろん兄の忍ルートや星乃の人脈ルートで招待枠のひとつや二つどうにでもなっただろうが、あの生徒会長直々となると気分が違う。


 扇浜高校は土曜でも午前中授業があるので、必然的に日程は二日目の日曜に決まった。

 文化祭に行ったところで何がどう判明するかわからないが、星乃には思うところがあるようだ。

 ただし学院自体がともすれば危険地帯であることは明らかである。

 虎穴に入る前には相応の覚悟が必要だった。



 + + +



(とか何とか言ってるうちに当日だし)


 天候に恵まれた日だった。

 少し乾いた爽やかな風が肌を撫でる。

 これで純粋に文化祭を楽しめれば言うことはない。単に遊びに行くだけなら、何も起こらないならそれが良い。

(でも予感がする)

 青花は胸騒ぎを覚えて嘆息する。


 三度目に訪れる星辰学院には、いったい何が待ち受けているのだろうか。

 青過ぎる空を仰ぎながら、青花は見えない未来と消えた過去に想いを馳せた。



 星乃とは行く途中の道のりで落ち合った。校門前の待ち合わせは微妙との判断からだ。

 私服の星乃も最近は見慣れたが、やはり大人びている。今日は青花も精一杯の秋色コーデで張り合っている。

「少し雰囲気が違うね」

 案の定、目敏い星乃はすぐに気がついた。

「勝負服っす」

「何と戦うの?」

「……えーと、自分?」


 惚けた返答に、星乃は苦笑した。

 見えざる敵と戦うかもしれない、などという厨二臭い科白を吐きたくない。そんな葛藤が伝わったのだろう。

「まあ、何か起こるとは限らないからね」

「ですかねー」

 言ってる当人も信じていないことなので、説得力は皆無である。

 おそらく長い一日になるだろう。

 星乃に会ってから予感は更に強固になり、青花の不安を煽る。


「大丈夫」

 自分がついている、と宣言すれば格好がつくのだろうが、星乃は月並みな言葉は使わない。

「多分ね。ただ……あまり良い結果にはならないかもしれないけど」

「それ、大丈夫って言います?」

「うーん……」

 星乃は曖昧に首を傾げる。ちっとも安心できないまま、青花たちは目的地――星辰学院へと足を踏み入れた。







 到着して、最初に会ったのは天木玲生だった。

「やー、妹ちゃん」

 受付付近で係の生徒と共にいた玲生は、相変わらず軽い調子でひらひらと手を振った。これ見よがしに『生徒会』の腕章を身に着けている。

「天木さん」

「その節はどうも」

「おー彼氏くんも。そういえば御木に聞いたけど、君ってあの斎木に一目置かれてるんだってねー。やるじゃん」


 玲生の発言を聞いて、周囲の生徒が一様にぎょっとするのがわかった。たかだか高校生の分際で同年代にそこまで特別視されている聖也は、客観的に見てかなり奇異である。

(現実感薄いんだよね、あのひと)

 他の攻略対象者連中も普通の感覚からは程遠いが、まだ人間味が感じられた。

 2回しか会っていない、それも顔を合わせただけの青花だけでなく、おそらく普段から接している同じ学校の生徒も、同様に評しているのだろう。

 近寄り難い――斎木聖也の印象はそれに尽きる。


「俺は別に、斎木会長とはほんの少し挨拶を交わしただけだよ。特に何をした覚えもないけど」

 周囲の注目を物ともせず、星乃は平然と笑ってみせた。

「少し、ねぇ……」

 受ける玲生も愉快気だった。

 狸という点では両者とも似通っている。

「まーいいや。ここじゃ他のお客様のご迷惑になるから、動こーか。……ごめーん、僕ちょい外すけどいーよね?」


 受付係に告げると、玲生は青花と星乃を本校舎の中に誘導した。

 朝一なのでまだ来客の数も少なく疎らだが、生徒たちが忙しなく動いているせいか、建物内には熱気がこもっている。

「こっちー」

 呼び声に従い、青花たちは正面入り口から中央階段を上った。時折すれ違う女子生徒の集団が、きゃあきゃあ言いながら玲生と言葉を交わす。親しみやすい性格と華やかな外見のため、校内にファンも多いのだろう。


 3階まで辿り着くと、玲生はある部屋の前で立ち止まった。

「地学室……?」

「まー入って」

 ドアを開けると、何やら石だの地層だのという資料が山積している小さな室内が見えた。カーテンが閉まっていなくなくとも、陽当たりが悪いのか微妙に薄暗い。

「特別教室の殆どは東校舎にあるんだけどね。ここだけ別なんだ」

「別格ってことですか?」

「逆だよ、逆。不人気マイナージャンル過ぎて追いやられて、本校舎こっちの小っちゃな資料室に押し込まれたらしいよ」

 玲生は悪戯好きの子どもめいた表情で、くすりと微笑んだ。


「で、僕こう見えて地学部の部長兼任なんだよねー。ここは部室代わりね」

「それって部員いる部活なんですか?」

「いるよー。僕と遊びたい女子が名前だけ。まー要するに僕の私室みたいなもんだからー」

「うわーなんだろう。職権濫用的な」

「ははっ。大丈夫だって。ちゃーんと正規の手続きを経ているってば」


 青花が呆れ果てて突っ込むと、玲生は悪びれもせずに笑い飛ばした。

「まー今日は他の子には遠慮してもらってるから、何なら二人が自由に使ってもいーよ」

「それはいいけれど、天木くん、どうして俺たちをここに?」

「もう少し待っててよ」

 言いながら、玲生は片手スマホで器用にメッセージを送った。

「今から貴木が来るからさ」

【設定-用語等補足】

地学(wiki調べ)…地学ちがくという言葉は、幕末に geography の訳語として提唱されたものであるが、明治になって geography を「地理学」、geology を「地質学」と訳すのが普遍的になった。

大学などにおける専攻分野としての「地学」は地質学・鉱物学を主体とするものであるが、通常これに加え古生物学や自然地理学などが含まれる。さらに広義には「地球科学」とほぼ同義に用いられることがある。

地質学とは、地面より下(生物起源の土壌を除く)の地層・岩石を研究する、地球科学の学問分野である。広義には地球化学を含める場合もある。

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