23.本命 3
結局――星辰学院生徒会長の突如の乱入に加え、夜も遅いこともあり、その場は即時解散となった。屋上の一件は解決したように見えて、実際は謎は謎として有耶無耶のままに終わっている。どうにも消化不良感は否めない。
そもそも青花自身は、その前の言祝木家での出来事――神無木命の偽亡霊退治――すら、全容をうまく把握できていないのだ。無論、ある程度は星乃から概要を聞いてはいるが……。
そして、青花は玲生により更に強引に巻き込まれ、星乃は新たに蓮から気になる情報を得ている。それにより判明した新事実も、謎の解明に役立つどころか、疑問点を増やしただけだった。
(あーもう、気になってしょうがないのに。なんでこのタイミングで!)
屋上事件の後すぐに、星乃は聖也を除く攻略対象者勢、特に最初からオカルト的な知識や力に詳しかった玲生や遥真に連絡を取ろうとした。しかし9月を過ぎ10月に入ると、双方の事情により探求はいったん小休止せざるを得なくなった。
というのも、10月中旬には学生にとって苦行とも言えるイベントが控えているからだった。
即ち――中間テストである。
ゲームでも現実でも変わらない。いくら放課後にホラーだのファンタジーだのの世界に浸っても、学生の本分は勉強なのだ。
山積する未解決問題をいったん棚上げして(せざるを得ず)、青花はテスト勉強を優先した。偉大なる先輩であるところの星乃にコツを教わり、何とか試練を乗り越えたとも言う。予想通りというか、その記憶力からすれば当たり前なのだが、星乃は成績優秀であった。
頼みにしていた兄が同時期に中間考査に入る星辰学院の仕事で多忙を極めていたため、星乃の協力はありがたかった。臨時部員になった甲斐があったと、青花はささやかな報酬に喜んだ。
お互いの試験が終われば、平穏な時間は終わりを告げる。謎を暴き事件を解明するために奔走し、否応なく非現実的な世界に引き込まれる日々が始まるだろう。
ただし、この時点で青花に覚悟があったかと問われれば、極めて微妙である。
自分が選ばれた特別な人間かもしれないと――多少なり浮薄な気分はあったかもしれない。
青花が己の浅慮を後悔するのは、もっと先の話になる。否、誰ひとりとして、まだ深くは何も考えてはいなかった。
そう、何も――「特別」の意味も「選ばれる」ことの重大さも、事象の裏に隠された何もかもを。
◆ ◆ ◆
「やっと終わりましたー」
「お疲れ様。自己採点する?」
「勘弁してください……」
テスト最終日、疲労困憊の青花ではあるが、助力のお礼を言いに新聞部の部室を訪れていた。
解放された生徒たちは遊びにでも行ってしまったのか、部室には星乃しかいなかった。青花の友人である部員の夕菜も、今日は別のクラスメイトとカラオケ(青花も誘われたが断った)だそうだ。
強制臨時部員の立場で入り浸り過ぎの感も否めないが、青花も中途半端にこの「取材」を終えるつもりはない。星乃だとて先刻承知の上だろう。
「それよりも! あれから進展ってあったんでしょうか? 先輩は言祝木さんに色々聞いてから、絶対テスト勉強の片手間に調べてますよね? 天木さんや貴木くんにも色々訊いてますよね?」
「心外だなあ。テスト勉強は真面目にやってたし、あちらさんも多忙なのは同じだから、一時的に連絡は控えてたよ。できる範囲で細々と調査はしてるけれど」
飄々と言う星乃に、青花はずいと迫った。
「じゃあ、まだ真相はわかってないんですか?」
「どの件の?」
「一口に解明と言ってもね。ストラップの件、『呪い』の元凶の件、青花ちゃんの『巫女姫』の件、虫食い新聞記事の件、言祝木くんから聞いた事故当時の件、ついでに斎木会長のトラウマの件……」
星乃は指を折って懸案事項を羅列する。
「う……色々ですね」
あまりの面倒の多さに、辟易した気分で青花は部室の薄汚れた天井を仰いだ。
「けど、一番気になるのはあれです。先輩が言祝木さんから聞いたっていう」
「うーん、それね」
「本当だったんでしょうか? 彼女と最後に会ったのが……御木くんは言祝木さんだと言ってたけれど、実は違うかもしれないっていうのは」
「どうかな」
「だからと言って斎木会長の可能性というのも、まったく推測の域を出ないと思うけどね」
勇み足の青花を、星乃はやんわりと制した。疑惑の発端はそもそも星乃が蓮から仕入れた話にあるのだが、聞いた当人は鵜呑みにはしていないようだ。
「まずは検証に当たって、話を整理してみようか」
「今更ですか!」
「うん、だって理解してる?」
「う、いや……一応、多分」
言ってはみたものの自信のない青花である。正直なところ、もう一度星乃に説明してほしい気持ちもあった。
+ + +
青花からすれば又聞きでしかないが――。
天木玲生が青花を星辰学院に呼び出したあの日、星乃は再び言祝木家を訪ねた。時間にすると危機的状況に陥った直前のことになる。
そして、青花たちが色々腐心した甲斐あって「呪い」の影響下から脱した言祝木蓮と相対する。目的は例の事故の第一発見者たる蓮に、当時の経緯を直接尋ねるためだった。
ここで、青花や星乃が御木雷から聞き及んでいる疑惑について、今一度触れてみよう。
事故のあった6月某日はごく普通の平日であった。雨期なので珍しくもないが、天候は生憎の土砂降りで、外の視界は悪かった。
偶然にも同日、体育館の備品チェックが重なり、内外あわせて運動部の活動は中止された。放課後の校舎に居残った学生は、文化部に所属する者や図書館で勉強をする者、生徒会ほか委員会活動に従事する者に限られた。
そして17時以降、そういった生徒たちも帰宅の途につき、学内の人口密度は激減する。
正面玄関から東校舎に続く渡り廊下付近で、神無木命が言祝木蓮と二人で話している姿が最後に目撃されたのは、ちょうどこの時刻である。学校側も聴取しており、様々に憶測は呼んだようだが隠されてはいない。
「言祝木くんに何を話したのか訊いてみたけどね。どうも要領を得ないことを言っていた……と、当時は思っていたらしい」
曰く、
『蓮先輩の身辺は大丈夫ですか?』
『それなら暫くの間、私には近づかないで』
『危険かもしれない』
『怖いけど、確かめてみます』
『私にも信じられないんです』
『まさか……あのひとが、なんて』
蓮は包み隠さず学校側や警察にも話している。その証言に基づいて、いじめに限らず何らかの対人トラブルがあったのではないかと、学院もかなり詳細に調査している。
結果としては否で、さらに生徒会長である斎木聖也を始めとする周囲の発言から、神無木命には虚言癖があったとまで疑われ、結局事件はただの事故として処理されるに至った。
『彼女は時折、意味のわからない妄想じみたことを口にしていた。漫画か何かの影響と思われるものの、害があるほどではなかったので放置していた。また、時に生徒会役員とも積極的に話していたが、こちらは節度ある対応を心掛けた』
決定打になった聖也の科白である。しかし虚言でないことは他でもない生徒会メンバー自身が知っている。
聖也の発言には恣意が感じられるが、悪意とまでは断じ切れない。雷は寧ろ蓮の証言が偽りではないかと思ったようだ。
何故なら蓮は事故現場に真っ先に駆けつけ、神無木命の遺体を発見している。激しい雨で辺りも暗くなった時刻に、校舎の外など誰も注視するはずのない状況で、どうして蓮は気づけたのだろう。
「あのとき……悲鳴のような声が、聞こえた気がした。気のせいかと思ったが、気になって外を確認した。そしたら」
蓮は言った。
つい先刻まで渡り廊下で話していた後輩は、無惨な姿になっていた。蒼白になって地べたに叩きつけられた彼女に近づく。血が触れる。蓮は辛うじて吐き気と叫び声を我慢した。
「すぐに救急車と警察に電話をかけた。それから職員室と聖也にも」
ただし聖也は出なかった。
けれど蓮もそのときは気にも留めていなかった。




