11.ライブハウスに行こう 4
青花は目撃した。
気がついたときには女子――羽村のすぐ背後に、何者かが接近していた。と思ったのも束の間、目にも止まらぬ速さで、うっすらと白く光る手刀が羽村の首の後ろに叩きつけられる。
(え? ええ!? リアル首トン!?)
その効果かどうかはわからないが、羽村に纏わりついていた黒い靄が見事に霧散した。
ぐにゃり、と意識を失った細い肢体が倒れそうになる。腕を捕らえていた青花と星乃が慌ててそれを支えた。
「たかぎ……?」
突如現れた新たな人物を認めて、蓮は絶望に似た表情を見せた。
「なんで、お前……」
「副会長」
羽村を気絶させた人物は、生徒会の役職名で蓮に話し掛ける。
「勝手をしました」
武骨な物言いでお辞儀をした男は、日曜の夜だと言うのに制服を着込んでいる。
星辰学院の男子生徒で且つ「たかぎ」という姓に心当たりのあった青花は、思わずまじまじと相手を見つめた。
長身で逞しい身体つき、性格は確か感情表現に乏しく硬派で無愛想、生徒会会計職でありながら剣道部にも所属している武闘派キャラクターの名前を思い出す。
(たかぎ……そうだ、貴木遥真!)
驚いて口を開きそうになる青花を、星乃が目で制する。おそらく青花の反応から、彼もまたゲームの攻略対象者だと察したのだろう。しかし居合わせただけの他校生が変に情報を持ちすぎているのも不自然だ。
青花は軽く頷いて、星乃に対処を任せた。
へたり込んでいる羽村の処置もある。今のところ外野はいないが、夜の繁華街であまり騒ぎが大きくなるのも、真面目な学生としては遠慮したいところだった。
「なあ、タクシーを呼んだ方がよくないか? 彼女を病院に運ぶべきだろう」
星乃は蓮と遥真にそう提案する。救急車と言わないのは大事にしたくない心理を敢えて慮ってのことだろう。
「ああ、そうだな」
「……」
蓮は受諾したが、遥真はしばらく無言のまま星乃を見ていた。
精悍な面持ちに真剣さが加わり、清廉な印象が強まる。青花は無遠慮にその横顔を眺め、星乃は怪訝そうに視線を返した。
「何か?」
「いや……星乃さん、ですね」
「!?」
何故か遥真は面識がないはずの星乃の名を知っていた。驚いて目を瞠いた星乃に対して、何でもないことのように遥真は訥々と続けた。
「初めまして、自分は星辰学院1年の貴木です。先日は御木が世話になりました」
「ああ……」
同じ1年だからか、個人的な信頼関係があるのか、御木雷は遥真に星乃のことを伝えていたらしい。とはいえ、どの程度事情を話しているのかは知れないので、星乃は相槌を打つに止める。
「……何だ? こいつら御木の知り合いなのか?」
蓮が愁眉を顰めた。
不運にも事件に遭遇しただけの通行人が、実は後輩の知己だったのだ。偶然と断ずるには些か出来過ぎていると感じたようだ。
「ふん。あいつ、あからさまなんだよ。てめーのことは棚上げして、俺が犯人みてーな目しやがって。貴木、お前もか?」
「……何に対しての『犯人』と言うのかわかりませんが」
「今の状態はあまり良くない。自覚はあるはずだ、副会長」
「ちっ」
忌々し気に蓮が舌打ちする。
青花も星乃も混乱しながら両者のやりとりを見守った。話の核心――追っていた真相に近い部分が、明かされようとしているのだろうか。
「本気で言うのか……『呪い』なんて」
「ええ。当面は登校を避けた方がいい」
「……そこまでヤバイかよ」
不承不承といった体ではあるが、蓮は遥真の言い分に納得したようだ。
(いやー、こっちは意味不明ですけど)
犯人やら呪いやら、おおよそ一般人には縁のない単語を耳にして、青花は今更ながらに困惑する。
ゲームの舞台や登場人物が顕現してから、予想していなかった訳ではない。だが実際にファンタジーだのホラー要素だのが関わってくるとなると、現実感が希薄になるのも事実だった。
星乃も同じ感覚なのだろう。戸惑いとも不可解とも迷いとも取れる複雑な表情をしている。
「すみません、星乃さん。そのひとは自分がタクシーで病院に連れて行きます」
遥真は青花たちの様子など意にも介さず、淡々と事務処理をこなすように端的に告げた。
「ああ……大丈夫なのかな?」
「今は問題ないです」
「今は?」
意味あり気な科白に、星乃は引っ掛かりを覚えたようだ。
そうか――と青花は漠然と思い至る。羽村の身体からは黒い靄が消えている。先程遥真が首筋に手刀を喰らわせてからだ。遥真の手は清らかに光っていた。幻覚かもしれないが、「呪い」と言うなら……そんな得体の知れない概念が罷り通るファンタジーゲームの世界観だと言うなら、納得もできる。
「先輩、その通りだと思います。このひと、さっきとは違う……かも」
「青花ちゃん?」
「……!?」
思いつきを青花が口にすると、遥真が反応した。今まで星乃の連れのオマケ扱い以下で、青花には微塵の興味も抱いていなかったはずが、真逆の目が向けられる。
「なるほど……君は」
遥真は下顎に手をやり、考え込む仕草をした。
その間も射抜くように……見極めるように、じっと青花を見つめている。
(余計なこと、言った……?)
相手は眼光鋭く体格差のある男子だ。臆さずにいられるほど青花は豪胆ではない。しかし内心の鼓動を早めつつもなるべく平静を装ってみる。
「……何か?」
「素質があるのかもしれない」
「は?」
曖昧な言い回しに何となく腹立たしくなり、青花は遥真を睨む。
「意味わかんないんですけど!」
「まだわからなくてもいい」
遥真の腰が屈められ、不意に顔が近づく。気がついたときには、青花の耳元に薄い唇があった。
「……それより」
他者に聞かれぬよう囁かれた声に、青花は動揺する間もなく赤面する。
(ち、近い)
耳障りの良い芯の通った低音ボイスの破壊力は抜群だった。
だが一瞬抱いた不埒な感情も、次の科白により緊張感に取って代わられる。
遥真は告げた――。
「早くストラップを見つけ出してくれ」
青花にだけ聞こえる距離で、密やかに。
「他でもない、君が手に入れるんだ」
次話より「君の遺した消えない傷痕」
ホラー要素はないはずでしたが
微妙にサイコっぽいのが…
あるぇー




