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この日、ラウル達は村を囲う柵の近くで夜営することになった。
村内ではなく、村外なのはいくつか理由があるとマクリーはラウルに語った。
その内の一つは、村内にそれだけの場所が無いだろうということだった。
確かに、村を木でできた柵がぐるりと囲んでいる。勿論、新たな住人が増えたりしたらその都度拡張はしているのだろうが、ラウル達を受け入れるほどの広さは無いのだろう。
◇◆◇◆◇
野営場所へ到着すると、ヤルンを含め、皆一様に野営の準備を始めた。
ヤルンや商人達は荷馬車から馬を離し、柵へ繋げ、餌をやる。5台の馬車の内、1台は馬の飼料だ。手分けしながら、それを食べさせる。
フレアとイリスは村近くの林に焚き火の為の薪を探しに行った。あらかじめヤルンが村長に許可を取っているため、落ちている木の枝などを拾っても問題は無い。
ゴルム、マクリー、ジルドそしてラウルは天幕を立てる。真ん中に支柱を立て、天幕を被せ、裾を止め、縄を張る。
そうして、天幕を3つ立て、その他野営のために必要な物を荷馬車から取り出したところでフレア達が帰ってきた。
「おう、丁度だな」
ジルドが言いつつ、2人から薪を受け取り天幕から少し離れた所に置く。
その近くの地面に片方の先端が二股に別れた鉄の棒を2本間隔を空けて打ち込み、その間に薪を組んだ。
「フレア」
「はいはい」
ジルドに促されると、フレアは薪の近くにしゃがみ手に持っていた杖の頭を薪に向けた。
「《火よ》」
フレアが呟いた瞬間、杖から小さな火の玉が放たれる。火の玉は、薪にぶつかり、少ししてその火が薪に移り燃え始める。
すかさず、ジルドが小さな枝を差し入れたりしてその火を大きく育て始めた。
「もういい?」
「ああ、あとは俺がやる」
その言葉を聞き、フレアはイリスと共に荷馬車の方に歩いていった。
朝から歩き続け、さらに薪まで探してきたのだ。水を飲み、休憩したとしても誰も文句は言うまい。それに、この行商の護衛であるフレア達は交代で夜番もしなければならない。下手に疲れを残しては明日以降の護衛にも差し支えるし、もし仮になにかあった時に十全に動けなかったのでは話にならないのだ。
「さて、俺達は夕食の準備をしようか」
「はい」
「鍋はあっちの火にかけておいて」
大きな鍋を片手に持ったマクリーがラウルに声を掛けた。使い込まれ、黒光りする鍋には水が並々と入れられている。
ラウルが返事をして、それを受け取るとマクリーは荷馬車の方へ向かった。
「おう、これを通してそこにかけな」
ラウルが焚き火の方へ行くと、ジルドが真っ直ぐな鉄の棒を渡してくる。ラウルは頷き、それを受け取り、鍋の持ち手に通して、地面に刺さっている鉄の棒の二股の部分に引っ掛ける。
そうしたところで、マクリーがいくつかの食材とまな板を持ってやってきた。
「これ、適当に切ってくれるかな」
「わかりました」
食材とまな板を受け取り、【夢見の鞄】から調理用のナイフを取り出す。
食材とまな板を地面に置き、鞘からナイフを抜き、腰を下ろす。
その左隣にマクリーも同じように腰を下ろした。
チリチリと焚き火の熱を感じながら、ラウルは食材を見た。
玉葱、人参、蕪。
よく煮込むと甘みが出てくる野菜達だ。マクリーのまな板の上には塩漬けの豚肉が乗っている。
ふむ、と少し考えてからラウルは蕪を左手に取り、右手を宙に向けた。
すると、右手から少し離れたところに顔くらいの大きさの水の玉が現れ、その場に留まる。
ラウルはそこに人参を突っ込み、表面を軽く洗って取り出した。
そして、取り出した人参のヘタを落とし、一口くらいの大きさに切り、それを人参の数だけ繰り返す。
その様子を見て、マクリーとジルドの2人が唖然とした表情を浮かべた。
「どうしました?」
2人の視線を感じて、ラウルは手を止めた。
「ああ、いや……なんでもないよ」
なんでも無くはない。
マクリーもジルドも、魔術を見るのは初めてではない。パーティー内にフレアという魔術師が居るのだから、無論だ。にも関わらず、思わず唖然としたのには理由がある。
フレアを含め多くの魔術師────特に冒険者をやるような者は、ラウルのような魔術の使い方をしない。
魔術を行使するのに必要な体内魔力が限られているためだ。体内魔力の貯蔵量自体は人それぞれによって千差万別だが、それに限りがあるのは同じだ。
ゆえに、魔術師は体内魔力を下手に使うことはしない。それは例えば、冒険者であればいつモンスターや敵対者に襲われるか分からず、いざ襲われた時に体内魔力が足りず対応できないということを防ぐためだ。
これは謂わば、暗黙の了解。不文律とでもいうもので、冒険者であれば誰もが知る常識である。それを踏まえると、ラウルの行動がいかに常識外れであるかということだ。
「……本当に魔術師だったんだなぁ」
作業に戻ったラウルを見ながらそう呟いたのはジルドだ。
何度もラウルと水の玉を交互に見ている。その様には驚きの感情がありありと表れている。
ラウルが魔術師である、というのはフレアから聞かされていたはずだが、ラウルの装いを見てどこか疑いがあったのだろう。しかし、今目の前で実際に魔術を使われてはその疑いは完全に晴れたといっていい。
そもそも、ジルドがフレアに言われてなおラウルが魔術師であると信じられなかった理由はその装いもそうだが、その立ち振る舞いにもある。
長らく冒険者をやってきたジルドから見て、ラウルの立ち振る舞いや雰囲気というのは一流の剣士と言って差し支えのないものだったのだ。
当然、一流となるにはそれ相応の時間がかかる。それこそ、剣以外のことに手を出す暇などないほどに。これはこの逆、つまり魔術師であっても同じだ。
故に、剣士で魔術師というのは現実的にあまり存在しない。どちらも、と欲張ればどちらも中途半端になってしまう為だ。
だからこそ、マクリーやジルドは魔術を習得しようと──そもそもの素質があるかは置いておいて──しないし、フレアも剣術を習得しようとはしない。それが成長や生存能力の向上に最も効率が良いからだ。
この傾向は、冒険者だけでなく国の兵士や騎士も同様だ。一部には簡単な魔術を扱う騎士も居るが、それをメインにすることはない。せいぜいが補助程度で、基本は剣術や槍術を扱う。もし魔術が必要であれば別途魔術師を随行させることが主だ。
適材適所、完全分業。これが、この世界での常識であり、ラウルは完全に異端と言える。
だが、当の本人はそんなことは露知らず。
野菜を洗っては切り、鍋へ入れを繰り返していた。




