第二十話 決着
「アリアさん! 助けにきたの!!」
普段はツインテールにでもしているのか、薄赤の長髪には跡がついていた。その少女、リアナ=クリアネリリィ男爵令嬢は声高らかに叫び、そして、ようやく近くに転がっているメイドに気づく。
左腕を丸々失い、左足の肉が溶けて骨がむき出しで、右腕も内側から弾けて肉がぐちゃぐちゃになっているという惨状に見舞われたメイドに、だ。
「わっひゃあ!? なっなんっ、その怪我どうしたのメイドさん!?」
「……ぴーぴー、うるさい女ね……」
「なんか辛辣なのこのメイドさんっ」
と、その時だ。
「リアナっ!!」
声が、した。
大切で大好きなのに、裏切ってしまった友人の声が。
「あ……」
宝石のように輝く碧眼に煌びやかな金髪の少女。他の誰よりも美しいと断言できる彼女の名はアリア=スカイフォトン公爵令嬢。
助けにきた、つもりだった。
覚悟は決めた、はずだった。
なのに、こうして向き合っただけで全身に嫌な震えが走る。アリアを傷つけたのは自分なのに、そうやって悲劇のヒロインぶる自分の心根が心底大嫌いだった。
だけど。
そもそも。
「お願いします! ネネの怪我を治してやってください!!」
アリアとリアナの間にある確執など忘れたように懇願が響く。
アリアにとって婚約破棄騒動の時に生まれた確執などどうでもいいのだろう。メイド服の少女、すなわちネネが怪我をして死にそうになっていることに比べれば、脇に置いてしまえるくらいに。
ズキリと胸が痛んだ気がした。
こんな時でもそんな感情が浮かぶ自分を心底軽蔑して、リアナは切り替えるようにばんっ! と両手で挟むように頬を叩く。
「もちろんなの。それがアリアさんのためになるのならば、全力を尽くすに決まっているの!!」
言葉と共にネネに向けて手をかざす。瞬間、かざした手から光が溢れた。基本属性と同じく冠となっている属性、すなわち光を操ることは同じだが、光という現象に治癒という性質を付け加えるのが希少属性たる光属性魔法の特徴だった。
陽光にも似た輝きが迸る。
本来眩しいだけのそれに治癒という性質が付加され、ネネの左足へと注がれる。
光が注がれた箇所から溶けた肉が完全に元に戻る──
「……ッッッ!?」
──前に、ネネはリアナの胸ぐらを掴んで無造作に投げ放った。
「わっ!?」
「!?」
後ろからネネのそばに駆け寄ろうとしていたアリアが飛んできたリアナを受け止める。倒れそうになりながらもなんとか体勢を立て直したアリアは『ネネ?』と疑問の声をあげる。
「お嬢様。そいつ、リアナ=クリアネリリィ男爵令嬢なのですよね?」
「そ、そうですよ。それがどうか──」
「例の婚約破棄騒動で第一王子と一緒になってお嬢様を貶めたクソ野郎がどうして平然と顔を出しているんですか?」
「ちょっ、ちょっと待ってください! ネネ、何を言い出しているのですか? その、確かにリアナとは色々ありましたけど、そんなことよりリアナの力でネネの怪我を治──」
「そんなクソ野郎に! 力を借りるわけないでしょう!! そいつは光属性魔法を使えて、現状においては利用価値があるのかもしれません。ですが! だからといって!! お嬢様の『敵』と馴れ合うつもりは毛頭ありません!!!!」
叫んで、叫んで、叫んで、ネネはある程度治ってしまった左足を動かし、立ち上がる。
「ネネっ!! 今はそんなこと言っている場合ではありま──」
「言っている場合なんです!! 今はリアナ=クリアネリリィ男爵令嬢など邪魔にしかなりません。ですから、そんなクソ野郎は黙って下がっていればいいんですよ!!」
言下にネネは床を蹴り、大男へと向かっていく。先程リアナが落着した際に炸裂した暴風の槍を腹部に受けただろうに平然としている大男は呆れたように首を横に振っていた。
「はじめはわざと隙を作り、カウンターでも狙っているのではないかと深読みしてしまったが、なんてことはない。そこまで愚かな選択をするくらい壊れていたというだけか、同類ィ!!」
直後に大男とネネは真っ向からぶつかり合った。
ーーー☆ーーー
アリアは理解ができなかった。
確かにアリアとリアナの間には色々あったかもしれないが、ネネは感情に振り回されて大局が見えなくなるような少女ではない。
そう、らしくないのだ。
いくら何でも先程のネネの行動はおかしい。
「……わたしはアリアさんを助けにきたの」
「リアナ?」
アリアに受け止められ、腕の中に収まったままのリアナはこう言った。
「あの謎の美人さんは言ったの。『ネネの言う通りにするといい。それがアリア=スカイフォトン公爵令嬢を助けることに繋がるから』って。わたしには何が起きているのかさっぱりだけど、不思議とあの美人さんの言葉に従ったほうがいいって思っているの」
だから、と。
腕の中からアリアを見上げ、リアナはこう続けた。
「あのメイドさん、ネネさんだっけ? あの人の言う通りにしたいと思っているんだけど、どう?」
どうも何もあったものではなかった。
溶けた左足の肉はある程度治癒できたが、左腕は失われたままで、右腕の肉も内側から弾けるように壊れたままなのだ。あんな状態でネネは殺しても死なないような大男とやり合っているのだ。
本当はもう戦ってほしくない。
本当はすぐにでも治療を受けてほしい。
本当は無理だとわかっていてもネネと一緒に逃げたい。
だけど。
「ネネが意味もなくあんなこと言うわけないですものね。今は、ネネに従いましょう」
ぶちっ、という音がした。
強く、強く噛み締めた唇が裂け、アリアの口の端から血が流れていた。
本当は、嫌に決まっていた。
それでもネネが選んだ道であれば信じて、託すのも決まりきったことであった。
ーーー☆ーーー
『暗器』解放。重心や立地、力の流れや肉体の反応などを読み、逆手にとって投げ飛ばす辺境に住まう原始の生命体の性質。
『暗器』解放。巨大な手で対象を圧殺、捕食する荒れ果てた砂漠に生息する巨人の性質。
『暗器』解放。対象の体液に振動を加え、泡立たせることで循環動態に不具合を発生させ、生命活動の停止にまで追い込む洞窟の奥に潜む音だけで意思疎通をはかる生命体の性質。
『暗器』解放。特定波長の音波を放つことで対象の平衡感覚を狂わせ、身動きを封じる迷いの森で確認される羽虫の性質。
『暗器』解放。音速超過の挙動からなる斬撃でもって対象を斬り裂く──
「ネタ切れかァ? それは最初に見たぞォ!!」
ボッギン!! と音速超過でもって放った斬撃が逸れた。いいや、正確にはナイフを握った右腕があらぬ方向に弾かれ、へし折れたのだ。
大男の拳に集まった『力』。
あまりにも硬い『力』によって。
「まさか、魔獣リヴァイアサンの無敵の防御力!?」
「そんなに大層なものでもない。拳くらいにしか展開できない、鎧としては不出来な無属性魔法の再現だからなァ。まァ、こんなものでもある程度見た攻撃に合わせるくらいはできるがなァ」
後ろに飛び、距離を取るネネ。
「普通は音速超過に対応なんてできるわけないんだけどね」
「おいおい、耄碌しすぎだろォがア。俺たちのどこが普通だってェ?」
それより、と。
大男は言う。
「『暗器百般』はどうしたァ? ネタ切れにしては早すぎるだろォ」
「…………、」
大男の問いには答えず、心の中だけでネネはこう吐き捨てた。
(確かに……こんな様じゃ『暗器百般』だなんて到底呼べやしないわね……)
直後の出来事だった。
ごっぶ!? とネネの口から溢れんばかりの血が噴き出した。『暗器』を連続解放したことによる反動なのは間違いない。
それは、致命的なまでの隙だった。第二世代はその隙を見逃すほど甘くない。
ドッッッ!!!! と。
無敵、などと表現されるほどの硬度を誇るリヴァイアサンの無属性魔法で固められた拳がネネの胸の中心に叩き込まれた。
「が、ばぁ……ッッッ!?」
先の倍する血がネネの口から噴き出す。
木っ端のように吹き飛んだその身体は軽く十メートル以上も飛び、床に叩きつけられ、何度も何度もバウンドした。
ようやく動きを止めた時、ネネの身体からは力という力が抜けていた。それこそ死体のように、ぐったりと。
「さァて、これでアリア=スカイフォトン公爵令嬢へと必要だけの負の感情を誘発し、必要なだけの魔力量を魂に満たすことができればいいがなァ」
それは、どこからどう見ても決着であった。




