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メイドさんは婚約破棄されて実家に帰ってきたお嬢様を元気づけたい  作者: りんご飴ツイン


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第十八話 その姿、『脅威』のごとく

 

 スカイフォトン公爵領のある街ではネネの顔見知りの一人である魚屋のおっさんが頭を抱えていた。


「リヴァイアサンの解体依頼だあ? こいつはまたとんでもない依頼が持ち込まれたな、おい!!」


 リヴァイアサンとは魔獣たる巨大な怪魚である。あらゆる攻撃を寄せ付けない無敵の魔法を得意とする魔の魚、『脅威』の一角に数えられる魔獣リヴァイアサンはもちろん人間がどうにかできるものではない。


 だが、『脅威』同士なら話は別だ。

 国外の魔境では何らかの理由で激突して敗れた魔獣の死体が転がっていることもある(そういったものを回収してお金に変える冒険者という命知らずな連中もいるくらいだ)。


 またリヴァイアサンはヒュドラと同じくそこらの肉が霞むほどに脂が乗った高級食材としても知られている。その分、いくら死して無敵の防御力を発揮する()()()()()を纏うことがなくなったとはいえ解体の仕方一つで味に大きな変化の出るリヴァイアサンの解体作業には相応の専門家が手をかけることになっている。


「ったく。現役退いたおっさんにこんな話回してくるとはな」


 そうぼやいたおっさんの脳裏に浮かぶのは父と娘ほど歳の離れたあるメイドだった。明るく振る舞ってはいるが、最近何かに思い悩んでいることは彼女の知り合いであれば誰でも気づいている。


 件の公爵令嬢が帰ってきてから、ということは、あのメイドが口を開けばいつも話すくらいに大切で大好きな公爵令嬢に何かあったのだろう。


 ──『時間稼ぎ』のための散財に付き合って欲しいと頼まれた。詳細は聞いていないし、あのメイドが話さないと決めたならば無理に聞き出すつもりはない。頼られればいくらでも力になるが、無理に聞き出すものでもないだろう。


 だから、こちらで勝手に寄り添うだけだ。


「うまいもん食えば大抵の悩みは吹っ飛ぶものだし、リヴァイアサンの肉ともなれば散財にはうってつけだよな。しゃーねー。優先的にリヴァイアサンの肉を回してもらうのを条件にこの依頼受けてやるか!」


 そうと決まれば必要な解体道具を用意しなければならない。例えばヒュドラのような特殊な魔獣であれば二つの()()()()()──首を跳ね飛ばしても即座に復元する再生魔法はともかく、もう一つの治癒不可能な猛毒を生み出す毒性魔法が染み込んで、そのままでは食べられない肉を食べられるよう処理しなければならない。それこそ魔力を『払い』、魔法の性質を無力化する魔剣を持ち出さないといけないくらいだ。


 だが、リヴァイアサンであれば()()()()()による無敵の防御力が肉に染み込んでいるようなことはないので魔剣の性質を宿す特殊な調理道具は必要ない。既存の、それでいて巨大なリヴァイアサンに対応できる大きさや切れ味ある調理道具だけで十分だ。


「公爵令嬢様もそうだが、あいつもうまいもん食えばシケた作り笑いじゃない、心からの笑顔を見せてくれるといいがな」



 ーーー☆ーーー



 ゴッッッ!!!! と獅子のように逆立った髪の大男とメイド服の少女が勢いよく距離を詰める。


 場所は壁や屋根が滑り落ち、青空がむき出しとなった王城の最上階、玉座の間。今となってはこの場の主であった第一王子の死体になど誰も目を向けず、目の前の相手だけを見据えていた。


 サッとネネが小さく手を振るえば、右の袖からナイフが飛び出す。だらりと下がった左手は骨が粉々に砕けているので満足に動かすことはできない。


 間合いに入ったと同時、真横からの斬撃が大男へと襲いかかる。風切り音を置き去りとする、人間離れした音速超過の斬撃。すなわち身体能力を向上させる類の『暗器』を解放することによる超高速の一撃である。


 代償として己の身体能力を遥かに超えた動きに腕が内側から弾け、斬撃の軌跡を彩るように赤黒い液体が飛び散っていた。


 それほどの反動にふさわしい強力な一撃なのだ。ゆえに、その刃は正確に大男の首を切り飛ばした。


「な、ん……ッ!?」


 首を切り飛ばしたネネのほうが驚愕に目を見開く。もちろん手加減はしていない。殺すつもりで、全力でもってナイフを振るった。


 だが、敵は第二世代。

 いかにネネが全力を出そうともそう易々とは敵わない力の差がある……はずだったのに。


 大男の首の断面より赤黒い鮮血が噴き上がっていた。どこからどう見ても致命傷──



 ガッ!! と。

 頭が床に落ちる前に、大男の右手がネネの胸ぐらを掴んだのだ。



「っづ!! ま、さか、第二世代ってのはここまで人間をやめているわけ!?」


 咄嗟に『暗器』を解放しようとするが、意表を突いた大男のほうが一歩早かった。


 持ち上げ、振り下ろす。

 たったそれだけのことではあるが、ネネの身長ほどもある触手の塊を投げ放っただけで粉砕した膂力でもって行えば話は別だ。


 その投げでもって肉は弾け飛び、骨は砕けることはすでに証明されている。



 ゴッッッドォン!!!! と。

 ネネの華奢な身体が床に叩きつけられ、そのまま床を砕いて階下まで落ちた。



「ネネっ!!」


 後ろで見ているしかできなかったアリアが悲痛な声を上げる。その間にも大男の左手は床に落ちた頭を拾い、ぐりぐりと首の断面に押し付ける。


 たったそれだけで切り飛ばされたはずの頭がくっついたのだ。


 つい先程首を切り飛ばされたとは思えないくらい自然に、大男は口を開く。


「仕留めた感覚はなかったなァ。まァいくら第一世代とはいえこの程度でやられるほど軟弱じゃないってことかねェ」


 直後、ザンザッザザン!!!! と下からの斬撃が飛ぶ。瞬く間に大男の腕が飛び、足が裂かれ、胴体が輪切りにされた。


 トン、と床にできた穴より飛び出した少女が大男より距離を取るように着地する。


 左腕、すなわち第一王子の大剣を受け流す際に解放した『暗器』の反動で骨が粉々となったそれが完全になくなっていた。


 肩より先が消えており、その断面より血が噴き出していた……が、それに関してはすぐに止まった。傷が治ったわけではなく、筋肉に力を込めることで血管の断面を潰し、出血を止めただけだろう。


「ネネっ。腕が……っ!!」


「お嬢様、そんなに心配しないでください。どうせ使い物にならなかった左腕と引き換えにダメージを軽減できたのならば運が良かったくらいですしね」


 振り返る余裕はなかったが、それでも主人の悲痛な声に応えるネネ。本人は追い詰められたわけではなく、戦いはこれからだと告げることで安心させようとしていたのだが、アリアの心配はそういうことではないということには気付けていなかった。


 と、そうしている間にも大男の傷は塞がっていた。致命傷さえも癒す尋常ならざる再生力。第一世代と同じく人間の魂に異なる生物の性質を埋め込むことで無理矢理力を発揮しているのだろうが、それにしたって規格外すぎる。


 第一世代にはいなかったタイプ。

 どれほどの性質を持っていようとも死んだら終わりだった第一世代の『先』に進んだ怪物。


 その正体を、ネネは看破していた。


「『脅威』ね?」


「ふむ。やはりこれだけ見せれば型落ちのガラクタでも気づくかァ」


「再生ということは魔獣ヒュドラ辺りの無属性魔法でも使っているのね。……ついに『本国』は『脅威』さえも利用するまでになったとは」


「とはいってもヒュドラそのものの無属性魔法には遠く及ばないがなァ。こいつの性能は本物の一パーセント程度だろォなア。しかももう一つの、ヒュドラの代名詞である毒性魔法は再現できていないしィ」


 たった一パーセントであっても、『脅威』は『脅威』。基本的に人間が敵わないとされる『脅威』の中でも基本属性や希少属性といった人間の常識の埒外へと突き抜けた魔獣独自の無属性魔法には()()()()()


 炎属性魔法だから炎しか操れない、光属性魔法だから光という現象に付随する形で治癒しかできない、なんて小さな枠組みには収まらず、多種多様な効果を発揮する無属性魔法を操るからこそ『脅威』は『脅威』足るのだ。


 ……ヒュドラは過去にその場で発生した自然災害や魔法といった現象を『再生』することもできるという。一パーセント。ほんの一部しか再現できていない以上、大男の無属性魔法にそこまでの効果があるかは不明だが、とにかく無属性魔法にはそれほどの力があるということだ。


 そう、治癒不可能な猛毒を生み出す魔法にまで届いておらずとも、一パーセントしか再現できていないとしても、ネネが知る中で一番の強敵だと断言できる。


 それこそ第一世代『最強』の彼女だって大男には勝てないだろう。


(おそらく冒険者が国外の魔境から拾ってきた魔獣の死体を解析、『ファクトリー』の力でその性質を埋め込めるようにしたってところかな。第二世代、私たちの『先』に進んだ連中を簡単に殺せるとは考えていなかったけど……)


 ネネは音速超過の動きに耐えられず内側から弾け、肉がぐちゃぐちゃになった右腕を軽く振る。次いで右手に持ったままのナイフを袖の中に収納。右手を握ったり開いたりして、まだ使い物にはなると判断。


 そうして調子を確かめながらも、大男を見据えて吐き捨てる。


「化け物め」


「おいおい、性能に差こそあれ俺たちは同類だろォがア」


「……、確かにそうかもしれないわね」


 だけど、それでも、と。

 ネネは続ける。


「私はあんたたちとは『違う』。私には『役目』を捨ててでも守るべきものができた!! だからこそ、いくら力の差があろうとも絶対に負けられないのよ!!」


「つまり冷静な分析もできなくなった不良品ってことだろォ? せめてもの慈悲だァ。道具として寿命を迎え、暴走してしまったテメェは同類の手で始末してやるよォ!!」


 そして。

『それ』は炸裂した。

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