第十七話 第二世代
第一王子が完全に死亡したのと共に魔法で強化された鎧もまた崩れ落ちた。その中から第一王子の死体と黒い球体がこぼれ落ちるのを確認した私は一息つく。
何も終わってはいないけど、とりあえず前座は処理できた。後は『本国』の差し向けた戦力がどう動くかだけど……前座相手に左腕の骨は粉砕、かぁ。『暗器』は基本的に反動を無視した短期決戦型だから仕方ないとはいえのちに響きそうね。
「ネネっ、大丈夫ですか!?」
「お嬢様……?」
それだけは、あり得ないはずだった。
その瞳にはまだ恐怖が残っていた。返り血という残滓ではない、人を殺す瞬間を目撃したのだから普通の人間なら当然のことよね。
それなのに、お嬢様は私のほうに駆けつけてくれた。身体は隠しようもなく震えていて、それでもと繋げるように。
確かにお嬢様は第一王子と激突する前に『頑張って、ください……。勝って、生きて! お願いですから死なないでください!!』と言ってはいた。だけどそれはこんな人間の形をした歪な存在が死ぬところさえも見たくないお嬢様の優しさあってのもので、もう前のようには戻れないと思っていた。
そんなのは、とっくに覚悟していた。
私のことなんてお嬢様のためならば二の次でいい。それは婚約破棄と共にお嬢様が死を望むほどに傷つき、帰ってきた時点で覚悟していたことよ。
私がどうなろうがお嬢様だけはお救いすると決めた。だけど、だからといって、今までの温かな関係が途切れることに何も感じないわけがない。
だから。
だから。
だから。
「無茶しないでくださいっ。わたくしはどうなっても構いませんけど、ネネには傷ついてほしくないのです!!」
思いきり、抱きしめられた。
何が起きているのか、頭が痺れて理解できなかった。
「お、じょう……さま? どうしてですか? 私は普通の人間と違って何の感慨もなく人を殺せる道具です。どれだけ望もうとも、もう、その本質からは逃れられません。そんな私を、普通じゃない私のことを、どうしてそこまで──」
「うるさいです!! 確かに驚きましたわっ。今でも怖いものは怖いですわよ!! どうしてわたくしの前でも無理して「自分」を隠してきたのかと怒りだって湧きましたわ!!」
ですけど、と。
そこで終わらない。
「それ以上にネネのことを得体の知れない化け物のように見てしまいそうになることがたまらなく嫌なのです!! ネネにはそばにいて欲しいのです。それが、ネネの本質を垣間見てもなおわたくしが望むことなのですわ!!」
「お嬢様……」
「話してください」
真っ直ぐに。
私の目を見て、お嬢様は言います。
「今まで隠してきたネネの全てをわたくしに晒してください。その上で、絶対に、わたくしは言ってやりますわ。それでも、貴女にそばにいてほしいと」
心の機微を読むまでもない。
その言葉は、紛うことなく──
「わたくしは何があろうともネネのことが大好きなのですからねっ!!」
瞬間、私はお嬢様を押し倒した。
「ひゃっ、なっなにを!?」
その頭上スレスレを不可視の刃が突き抜けた。
遅れて、ズズッと壁が斜めにズレたかと思えば、綺麗に断ち切れた。前後左右、すなわち王城の最上階に位置する玉座の間の壁が──広大なこの部屋が斜めに両断されたということよ。
そのまま、落ちる。
民家がいくつも入るくらい広大な玉座の間を覆っていた壁や天井、屋根を含めればかなりの大きさ、質量になる残骸が地上に落ちた轟音が耳に響き、震動が王城の最上階に位置するここまで届いていた。
「え、え?」
お嬢様が何がなんだかわからないといったお顔をされていたけど、そちらに対応する余裕はなかった。
青い空が、頭上にむき出しとなる。
日の光が差す中、二人の敵戦力が降り立った。
一人は獅子のように長髪を逆立たせた大男。上半身は裸で、下半身は最低限の短いズボンを履いただけの彼は獲物を前にした獣のごとき獰猛な笑みを刻み、ゴキリと拳を握りしめた。
もう一人は巫女服を纏った女。透明感のある清らかな顔立ちをしていながら、その内側から外見に不釣り合いなドロドロとした殺意を放つあべこべな女だった。
正体なんて、わざわざ予測するまでもない。
このタイミングで現れたってなら、
「第二世代。その言葉に聞き覚えはあるかァ? あってもなくてもテメェの末路は変わらないがなァ」
「不具合を起こし、『役目』を無視して、『賢者』の一括管理権限を第一王子から横取りする一連の流れをぶち壊すガラクタを殺処分する『本国』の忠実な道具。それだけ理解すればいいデス」
第二世代。
私をはじめとした第一世代を使って得たデータを元に性能を向上させた最新鋭の兵器。『本国』が第一王子より『賢者』の一括管理権限とやらを横取りするために派遣した精鋭。
と、なれば……。
「よっと」
私は第一王子の死体の近くに転がっていた黒い球体を爪先で跳ね上げ、掴む。
「お目当ての『賢者』の遺産の一括管理権限とやらはこれがないと手に入れられないようね?」
視線の動きや心の機微を読めばこの程度は簡単に予測できる。あの二人がお嬢様と同じくらい意識しているこの黒い球体の正体くらいはね。
まあ、この程度では動じないみたいだけど。
「くだらんな」
そう吐き捨て、大男は近くに蠢いていた触手の塊に手を伸ばす。あれは脳の機能に干渉して都合のいい操り人形へと変える古代の遺産、かな? 第一王子の保有していたものなのか、これまで放置されていた私の身長ほどはある触手の塊を大男は無造作に放り投げたのよ。
「っ」
私はお嬢様を抱き抱え、跳躍する。
あれだけの塊が霞むほどに速度で先程まで私たちが横になっていた場所に激突したと同時、血肉を撒き散らすように弾け飛ぶ代わりに床が抉れたのよ。
遅れて、思い出したように轟音と衝撃波が炸裂した。距離をとったはずの私たちがよろめき、倒れるほどのものがよ。
「テメェがどう足掻こうとも関係ない。不具合を起こしたテメェは殺すし、アリア=スカイフォトン公爵令嬢と『賢者』の遺産の一括管理権限に必要な安全装置も回収するさァ。そもそもアリア=スカイフォトン公爵令嬢はまだ規定量まで魂を増幅できてはいないからなァ。適当にテメェを痛めつけ、第一王子が狙っていたように負の感情を誘発しないといけないんだァ。わかったらせめて今からでも『本国』のために死ねェ! それくらいなら型落ちのガラクタでもできるだろォがア!!」
「…………、」
戯言には答えず、私は黒い球体をお嬢様に手渡し、立ち上がる。
お嬢様はもちろんだけど、あの黒い球体を向こうに渡しても面倒なことになりそうだからね。どうせ守るなら一箇所に纏めておいたほうがいい。
お嬢様の瞳が不安げに揺らいでいた。
私を心配するように。
「大丈夫ですよ、お嬢様。怪我をしない、とは言えませんが、必ずや生きてお嬢様のおそばへと帰ってきます」
「本当、ですよね?」
「もちろんです。私はお嬢様のメイドですからね。聡明で、美しく、慈悲深い自慢のお嬢様に嘘をついたとなればメイド失格ですもの」
ですから待っていてください、と。
そう告げて、一歩前に出る。
獅子のように逆立った髪の大男と向かい合う。
「お嬢様を犠牲として『役目』を果たそうとするクソ野郎どもは根こそぎ殺してやる。だから、さっさと!! かかってこいッッッ!!!!」
こうして簡単に殺しをばら撒ける私を、お嬢様は快く思わないかもしれない。だからこその恐怖だってのはわかっている。
それでも生まれた頃から刻まれた本質はそう簡単には変えられない。だけど、こんな私の醜い本質でもお嬢様をつけ狙うクソッタレな悪意を払うことはできる。
これは私の我儘。
どうしようもない本質。
それが変えられないのならば、せめてお嬢様のために突き進め。どうしようもない本質だって利用してお嬢様の未来へと繋げてみせろ。
さあ始めよう。
お嬢様をお救いするための殺し合いを。




