第十三話 暴威殺到
うっひゃーっ! 『私がお嬢様をお救いいたしますから』とか格好つけるにも程があるわねっ。
ほら、お嬢様も引いちゃっているのか顔を青くして──
「ネネっ! 血っ、怪我して……!?」
「怪我? ああいや、これはそこらの騎士ども始末した時の返り血なので心配いりませんよ」
「返り血、ですか?」
びくり、と。
お嬢様の肩が震えたのが全てだった。
あー……うん。『普通の人間』だとそんな反応するよね。そういうことに思い至ることなく始末しただなんだ言っちゃうからこそ私はNo.5であり『暗器百般』でしかないのよね。
うんうん、わかってた、そんなの本当はわかってたのよ。わざわざ論ずるまでもない当たり前ってヤツだよね。
公爵令嬢だなんだと多少一般人とは違った世界に触れているとはいえ、本質的にはただの女の子なんだもの。人殺しに忌避感を抱くのは当然のことよ。
「申し訳ございません。こんな奴がメイドとして貴女様のおそばにいただなんで不愉快以外の何物でもありませんよね」
「え……?」
「全てが終わった後であれば、いくらでも処分してくれて構いません。ですが、今だけは。第一王子や『本国』の悪意を撃滅するまでは貴女様のおそばについて回ることをお許しください」
「まっ、て……くださ──」
と、その時だった。
ズズン……ッ!! と低く、抉るような震動が轟いた。
振り返り、そして視認する。
ひび割れた玉座をそこらに蹴り捨て、立ち上がる第一王子を。
「貴様ァッ! アリア=スカイフォトン公爵令嬢の魂を絶望で染め上げ、我が覇道の礎となるにふさわしい肉塊へと作り替えるためだけに生まれ、死すべきメイドごときが我に殴りかかるなど身の程を弁えるであるぞお!!」
「あっそ」
何かわーわー言っていたけど、知ったことじゃない。
まず脇に抱えていた木箱を床に置き、両手を自由にする。
次に両手でロングスカートを捲り、両の太腿にぐるりと回すように差した複数のナイフを指の間で挟み、引き抜く。
片手で四本、両手で八本。
頭に血が上って殴りかかり、仕留められなかったことを反省しての得物の選択。確実に急所を貫き、殺してやる。
下から上へ振り上げるように計八本のナイフを投げ放つ。頭や心臓、主要な急所へと正確に突き刺さる──はずだった。
ギギィンッ!! と。
鈍い音と共に盛り上がった床にナイフが弾かれたのよ。
「はっはっ」
魔法。
それも城を形作るために使用された原材料、すなわち土を操ったってわけか。
人体を貫くだけの速度で投げたナイフを受けても傷一つないくらいには硬度を増幅しているようね。
「はっはっはあ!! なあ、メイドよ! 我は第一王子、いいや唯一絶対の覇王となるべくして生まれた男であるぞ!! 古代より貴族とは魔力に優れた血筋を集めてきたのである。その果てに君臨する我に脆弱な血筋が敵うわけなかろう!!」
ぎゅるり、と硬質なはずの床が粘土のように唸り、第一王子……いいや、奴曰く覇王に集まっていく。
捏ねて、形作り、全長三メートルはある巨大な鎧へと変ずる。その右手には身の丈ほどもある大剣が握られていた。
それだけではない。
床が、壁が、天井が、ぐねぐねと脈動する。覇王の支配下に置かれる。
「我は慈悲に溢れているのであるからな。我に殴りかかった不敬はその命を散らし、アリア=スカイフォトン公爵令嬢の魂を絶望に染め上げるために消費することで許してやろうぞ!!」
私はメイド服の内側を意識する。
ナイフや毒針など多様な隠し武器を仕込んではいるけど、全身土系統の魔法で強化された鎧で覆った覇王には届かない。あくまでこれらの隠し武器は相手の油断を誘い、意識の隙間につけ込んでこそ効果を発揮する。真っ向からの勝負では魔法強化された鎧はおろか、ワイバーンの上で殺した三人の男やここに来るまでに駆除してきた騎士どもにも隠し武器で勝利するのは難しいでしょうね。
ナイフの刃が通らないのは確認済み。
しかも相手は無駄に興奮していて、床や壁や天井さえも支配下に置き、攻撃の起点としている。
意識の隙間、油断につけ込むことで敵に実力を発揮させることなく『暗殺』するのが得意な私にとっては最悪と言っていい状況よ。
だけど。
私は一歩前に踏み出す。
「私はお嬢様を救うと決めた。その邪魔になるのならば、どんな奴だって殺してやるわよ」
それに、と。
私は首に手をやり、コキリと鳴らしながら、
「正直言ってあんた程度に苦戦しているようじゃお嬢様をお救いするだなんて夢のまた夢だしね」
「どこ、までもぉ! 舐め切ったメイドであるなあ!!」
ぎゅるり、と床や壁や天井がねじれ、蠢き、槍の形に整えられる。
「ならばその思い上がりは我が絶対的な力でもって正してくれるであるぞ!! 己の命の存在意義を果たすために死ぬがいいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
ゴォッッッ!!!! と。
前後左右はおろか上下さえも埋め尽くす勢いで無数の槍が私に殺到した。
ーーー☆ーーー
アリア=スカイフォトン公爵令嬢は後悔していた。
(どう、して)
返り血に塗れたネネ、そしてそのことを気にしてすらいない様子。
『そういうこと』ができる少女であると突きつけられたからこその『どうして』──ではない。
(どうしてわたくしは怯えてしまったのですか!?)
ネネは『そういうこと』に慣れているような印象さえあった。
『申し訳ございません。こんな奴がメイドとして貴女様のおそばにいただなんで不愉快以外の何物でもありませんよね』
だけど、それでも。
『全てが終わった後であれば、いくらでも処分してくれて構いません。ですが、今だけは。第一王子や「本国」の悪意を撃滅するまでは貴女様のおそばについて回ることをお許しください』
仕方がないと、拒絶されて当たり前だと、ネネは全てを受け入れて笑っていた。
笑顔の奥で泣きそうなくらい辛い気持ちを押し殺して、拒絶してくれていいのだとアリアに言い聞かせるように。
(わたくし、は……)
そうして彼女は前に進んだ。
全身を魔法によって硬質に強化した鎧で覆った(自身を覇王などと呼称する)第一王子と対峙する。
巨大な剣を携え、床や壁や天井を槍と変えて、一人のメイドに向けるにしては過剰すぎる暴力が振るわれる。
(わたくしはっ!!)
今更逃げてだの何だの言ったところで遅い。こうして第一王子と対峙した時点でかの暴力から逃れられるわけないのだから。
それでもネネは駆けつけてくれた。
貴族の頂点。魔力量の高さや魔法の実力がそのまま身分に直結していた古代の名残りが継ぎし血筋。遺伝子レベルで強者たることが示されている王族の一角の全力を前にしても臆することなく一歩前に出てくれたのだ。
本当は逃げてほしい。ネネだけでも生きて、幸せになってほしいに決まっている。
だけど、一番の望みはすでに絶たれている。
アリアのためにと返り血に塗れてでも駆けつけてくれたメイドに対して恐怖を覚えてしまうようなどうしようもなく愚かな自分のために戦う道を選んでくれたがゆえに。
ならば、今アリアにできることは。
「頑張って、ください……。勝って、生きて! お願いですから死なないでください!!」
ああ、こんな言葉しかかけられない自分はどうしようもなく無力なのに。
「了解でっす!!!!」
ぐっと、背を向けたまま親指を立てる。
その声音に嬉しそうな色を乗せて。
直後に全方位より殺到する槍がネネへと襲いかかった。




