55.読モ、レイヤーになる
凛三郎が突撃してしまった以上、もう後戻りは出来ない。
恋乃丞は渋い表情を浮かべたまま、ただ驚いて唖然としているコスプレイヤー麻奈美のもとへ軽く手を掲げながら歩を寄せていった。
「奇遇やなぁ、こんなところで……」
「あ……うわぁ、マジ? 桜庭まで居てんじゃん……」
愕然とする麻奈美に、陽香が心底申し訳無さそうな笑顔で矢張り同じく手を振った。
何という居心地の悪さ、何という気まずさであろう。それもこれも、何も考えずにいきなり突っ込んで行った凛三郎が諸悪の根源なのだが。
「あはは……秋篠さん、やっぱスタイル良いね。すっごく綺麗に着こなしてるし」
「あー、ど、どうも……ってか、読モに気ぃ遣って褒められるのって、すんげぇ気恥ずかしいんだけど」
心底バツが悪そうに頭を掻いている麻奈美だったが、Mayはそうでもないとかぶりを振った。
「普通にイケてると思うけど? あっと、御免ね、自己紹介がまだだったかな。プロでモデルをやってるMayです。確かこないだ、プールでの撮影の時にいらしてた、陽香ちゃんのお友達だよね?」
この時ばかりは麻奈美も少し緊張した様子を見せた。
読者モデルはまだ立場が素人に近しい部分もあるが、本物のプロのモデルが現れたことで、急に場の空気が引き締まった様に感じられた。
しかしMayに褒められたことで麻奈美も少し自信を得たのか、気恥ずかしそうではあったが、どこかはにかんだ笑みを浮かべて嬉しそうに頭を掻いた。
と、ここで麻奈美は急に何かを思い出した様子で、いきなり恋乃丞に振り向いてきた。
「そうだ笠貫! アンタこの後、時間ある?」
「え? まぁ暇やからここ寄ったんやけど」
一体何事かと首を捻る恋乃丞に、麻奈美はいきなり身を寄せてきて両手を取った。
「アンタにお願いがあんの。もし出来ればで良いんだけど、ちょっとコスプレ、手伝ってくんない?」
「はぁ?」
流石にいきなり過ぎて、恋乃丞は声が裏返ってしまった。
ここで麻奈美は、男性のコスプレイヤーが足りなくて困っていたと窮状を訴えてきた。
「実はさ、ブラッドクロウっていう格闘系のキャラのコス予定してたひとがドタキャンしちゃってさ。合わせが出来なくて困ってたんだよ」
曰く、そのブラッドクロウなるキャラクターは首から上が深紅のカラスで、首から下がマッチョな人間体型という造形が特徴との由。
このキャラクターは兎に角筋肉が最も重要で、その辺に居る男性コスプレイヤーでは到底、役が務まらないのだという。
その点、恋乃丞の筋肉なら申し分無しだと麻奈美は熱弁した。
「あー、確かに恋君の筋肉だったら、どんなマッチョな役でもこなせそうだね」
陽香が妙に乗り気な台詞を放り投げてきた。
「オイラも見たいなぁ!」
先程いきなりKYなところを発揮して大顰蹙を買った筈の凛三郎も、そんなことはケロっと忘れて調子の良いひと言を放っている。
そしてとどめは、Mayだ。
「やってあげなよ。笠貫君の筋肉なら絶対バエるから」
「せやけど、読モがそんな気軽にコスプレイベントとかに参加してもエエんですか?」
その恋乃丞の問いかけに対してMayは、ラニー・レイニー編集部は個人で楽しむ分のコスプレには制限は無いから大丈夫だと太鼓判を押した。要は営利目的でなければ良いのだという。
「一応、上谷さんには私からひと言連絡入れておくね。流石に無断ってのは印象悪いし」
などと、そんなところまで面倒を見るといい出したMay。ここまでくると、もう外堀は埋められてしまった様なものであった。
(まぁエエか。被りモンで顔が見えへんのやったら、別にどうってこと無いし……)
そんな訳で恋乃丞は、麻奈美に手を引かれて更衣スペースへと連れて行かれた。
それからおよそ、三十分後。
コスプレイベント会場の一角が妙に熱気を帯び始めた。
恋乃丞扮するブラッドクロウの余りの完成度の高さに、周辺のカメラマンや女性カメコのみならず、他所のエリアで撮影に廻っていた連中までが押し寄せてくる騒ぎとなった。
麻奈美のコスチュームはブラッドクロウに敵対する女性戦士で、こちらも格闘力を売りとするカナエラというキャラクターらしい。
このカナエラとブラッドクロウの合わせがびっくりする程の人気を博し、遂には囲み撮影会へと発展する程の勢いを見せた。
「目線お願いしまーす!」
こんな掛け声が、色々な方角から飛んでくる。
そんな中、麻奈美が恋乃丞に、
「かかと落としのポーズを止めたり出来る?」
などと聞いてきた。曰く、ブラッドクロウの必殺技の中に、空手でいうところのかかと落としに良く似た技があり、それを再現して欲しいのだという。
「うん、まぁ、普通に出来るけど」
そんな訳で恋乃丞のブラッドクロウがかかと落としとばかりに蹴り脚を垂直に振り上げ、その正面で麻奈美のカナエラが防御姿勢を取るというポーズを作った。
するとこれがまた大絶賛の嵐を浴び、凄まじい程のどよめきが起きた。
更に超高角度の後ろ廻し蹴りなどのポーズを取ると、感激で涙ぐむ女性カメコなどが現れる始末だった。
(えー……そないに興奮せなあかんもんなんか、これ)
自分でポーズを取っておきながら、恋乃丞は内心でひたすら小首を捻っていた。
コスプレというのも、中々に奥が深い物なのかも知れない。
ともあれ、カナエラとブラッドクロウの合わせ撮影会は大盛況のうちに幕を閉じた。
最後は麻奈美が大勢のカメラマン、女性カメコらと大量の名刺交換に臨み、その間に恋乃丞はさっさと着替えを済ませていた。




