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54.予想外のレイヤー美女

 二度目の読者モデル撮影現場は、お台場近くの臨界エリアだった。

 今回も顔出しNGで現場入りした恋乃丞は、矢張りサングラスとウィッグを着用し、筋肉が浮き出る様な薄手のコーディネートでカメラの前に立った。


「お疲れ様、今回も良い画が撮れたよ」


 ひと通りの撮影が終わったところで、上谷マネージャーが休憩エリアに腰を落ち着けている恋乃丞と陽香のもとへペットボトルのお茶を持ってきてくれた。

 ところがここで恋乃丞が、心配げな表情を返した。


「……あいつ、大人しくしてますか?」

「笠貫君の後輩君かい? うん、まぁ彼自身は大人しくしてくれてるけど……」


 上谷マネージャーはやれやれとかぶりを振りながら苦笑を滲ませた。

 その反応に恋乃丞は、ああやっぱりかと軽く項垂れた。

 するともうひとつ隣の休憩テーブル付近で、女性モデル達の華やかな笑い声が湧き起こった。


「やぁ~ん……凛三郎君、かっわい~! もう食べちゃいたいわぁ~!」

「んもぅ、最高かよ! どうしたらそんなに可愛くなっちゃうのぉ~?」


 Mayの他に、友希恵や利都子といったラニー・レイニーの契約読者モデルらもひとりの少年に歓声を上げている。

 その少年とはいうまでも無く、凛三郎だった。

 実はこの前日、凛三郎が恋乃丞と陽香の仕事ぶりを見てみたいとせがんできた。

 女性モデル達の反応を心配した恋乃丞は相当に渋ったが、陽香が別に良いのではと横から口を差し挟んできた為、結局凛三郎の見学をOKすることとなった。

 ところがいざ彼を撮影現場まで連れてくると女性モデルのみならず、スタイリストやメイクアップアーティストなどの女性スタッフまでもが凛三郎の美貌にすっかり骨抜きにされてしまい、何かにつけてべたべたする有様だった。

 流石に仕事に影響が出る様なことは無かったが、休憩などの合間を挟む毎に彼女らの凛三郎溺愛ボイスが飛んでくる。

 これには恋乃丞のみならず、上谷マネージャーですら閉口する始末だった。

 陽香もこの状況は完全に予想外だったらしく、唖然としてその光景を眺めていた。


「せやから、やめとけっていうたのに……」

「う、そうだね……ちょっと、反省しときます」


 恋乃丞に苦言を呈された陽香も今回ばかりは己の非を認め、もう連れてこないと誓いの言葉を立てていた。

 そうして何かと騒がしい撮影現場も終了し、モデルは先に撤収という運びとなった。

 恋乃丞は特に変装の必要も無く、筋肉を隠す程度の大き目なトップスに袖を通しただけだが、陽香は伊達眼鏡と帽子で変装し、そして念の為に凛三郎にも帽子とサングラスで顔を隠させた上で現場を出ることにした。


「あ、そういえば笠貫君、この近くでコスプレイベントやってるらしいんだけど、ちょっと見に行かない?」


 帰り際にMayが提案してきた。

 聞けば、歩いて行ける距離のイベント施設で、色々なジャンルのコスプレイヤーが集まる大規模なコスプレイベントが開催されているとの由。

 陽香と凛三郎が、是非見てみたいと乗ってきた。恋乃丞もどうせ暇だからということで、少し立ち寄ってみようという運びとなった。


「恋君って、コスプレイベントは来たことあるの?」

「何度かあるけど、大体いつもぼーっと眺めながら歩いて廻るだけやったわ」


 恋乃丞は別段カメラに詳しい訳でも無かったし、衣装や造形にもほとんど理解出来るところは無い。

 ただ、素人が全く別の姿になり切るという面に暗殺の隠密潜入に通じる部分を感じて、見学に訪れたことは何度もあった。


(レイヤーのひとらって、ビフォーアフターが劇的に違うからな……ああいうのは、参考になる)


 コスプレイヤー本人は純粋に楽しむことを目的としているのだろうが、恋乃丞の目から見れば、彼ら彼女らの見事な程の変貌ぶりは色々と考えさせられるところがあった。

 そしてコスプレ自体のレベルも年々、跳ね上がってきている。単純にそれらの技術を目で観察するだけでも、得られるものは少なくない。

 今回も何か収穫があれば良いのだがと考えつつ、件のコスプレイベント会場へと辿り着いた。


「うわぁ……皆さん、すっごい本格的」


 予想外に陽香が目を輝かせ始めた。そういえば彼女は微妙に隠れオタクだった。アニメや漫画が好きで、時々アニメグッズショップにもひとりで出かけているという話を何度も聞いたことがあった。


(せめてビフォーが分かっとったら、色々比較検証出来るんやけどなぁ)


 生憎ながら、今姿を見せているコスプレイヤーは全て仕上がっている。何となく素顔が判別出来そうなのはそれなりに数多く居たが、全く元の顔が想像出来ない者も相当数に亘って目に付いた。

 ところが、そんな中にあってひとりだけ、妙に恋乃丞の視線を釘付けにする姿があった。

 やけに露出の多い女性コスプレイヤーだったのだが、その顔立ちは美しく、衣装もかなり本格的だ。が、何より恋乃丞の注目を引いたのは、その顔立ちに見覚えがあったからだ。


(あれ……あのレイヤーさんって、もしかして秋篠さん?)


 一瞬見間違いかと思ったが、しかしあの顔立ちは矢張り麻奈美だった。

 教室ではライトブラウンのワンレンボブに、ミニスカートから伸びるすらりとした美脚が特徴的なお洒落美女という印象だが、彼女がアニメやゲームが好きだという話はついぞ聞いたことが無かった。

 しかしよくよく考えれば、智佐の小説のモデル役を演じた時も、やけにライトノベルやそっち系の話に食いついていた記憶がある。

 そしてその麻奈美の姿に、陽香も気付いた様子だった。


「ねぇ恋君……あそこに居るひとって、秋篠さんだよね?」

「あ~……うん、多分そうやと思う」


 しかし、声をかけて良いものかどうか。

 恋乃丞は大いに迷った。陽香も、ここはどう対応すべきかと困惑を覗かせている。

 そんなふたりの気遣いを全く気に掛けることも無く、いきなり凛三郎が駆け出していった。


「あー! 麻奈美センパーイ! こんなとこで会えるなんて、奇遇ですねー!」


 その凛三郎の呼びかけに、コスプレイヤー麻奈美は露骨にぎょっとした顔を見せていた。


(あのアホ……!)


 恋乃丞は思わず、掌で額を覆った。

 暴走するKY少年は、襟を掴んででも制しておく必要があったと今になって後悔した。

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