37.目撃者
それにしても、垣内優卯というキャラクターは中々に強烈だった。
放課後の帰り道、恋乃丞は恐ろしい程にぐいぐい迫ってくる優卯の圧倒的な存在感を思い出しながら、斜陽が照らし出す大通りの歩道上をぼんやりと歩いている。
(あらぁ、中々そこらには居らんインパクトやで……)
今どきのJKは性に関しては随分と先進的というか、開放的だという話を恋乃丞もよく耳にしている。
しかし陽香や怜奈、或いは智佐などを見ていると本当にそうなのかという疑いを抱く一方、優卯の様に開けっ広げにビッチを自認する者も居るから、女子高生というのは本当によく分からない生き物だ。
唯一謎なのが、麻奈美だろう。
彼女は優卯とは友人だというが、しかしだからといって麻奈美も同じく男漁りに精を出すオンナかといわれれば、少し違う気もする。
(まぁ陽香にしても他の女子にしても、彼氏のひとりやふたりぐらいは過去に居ったか、もしくは今も普通に居るか……どっちにしても、俺にはよぅ分からん世界や)
陽香が他の男と一緒に居るところは、正直余り気分の良いものではない。
しかし彼女も読者モデルという華やかな世界に身を置いている以上、矢張り男が居てもおかしくない。上谷マネージャーは良い顔をしないだろうが、彼女程の美貌ならば幾らでもイケメンが寄ってくるだろう。
事実、クラス内でも陽香は多くの男子を周辺に侍らせてきた。
あれ程の美人が、これまで彼氏無しで生きてきたというのは嘘臭いし、信じられない。
(少なくとも俺は三年間、あいつとはほとんど接触が無かったからな……その間に何人か男作っとったやろ)
実際恋乃丞は中学三年生から高校一年頃の間に、陽香が他の男と腕を組んで歩いているところを最低三度は目撃している。
もしかすると、もっと多くの彼氏を作っていたかも知れないが、あの時陽香が見せていた幸せそうな笑顔は、煌びやかな恋愛の世界の中に生きている何よりの証拠であったろう。
少なくともあんなに綺麗で色気に溢れた笑顔は、恋乃丞の前では見せたことが無かった。
同い年ではあるが、恋愛に関していえば間違い無く陽香の方が経験豊富だ。そこが悔しくもあり、情けなくもあった。
折角、心の傷から立ち直ろうとしている香夏子の笑顔に励まされたばかりだが、結局こうしてまた陽香との距離、彼女との差を感じずには居られない。
陽香の母・紗栄子から、幼少期のトラウマについても聞かせて貰った。だから陽香が恋乃丞を本心から避けている訳ではないということも理解出来た。
しかし、それとこれとは話は別だ。
矢張り自分の中の陽香への想いは、全てが無意味であり無駄の様に思えてしまう。
(それやったらそれで、他に目ぇ向けなあかんかな……)
一生を独身で過ごすという道も、無いことは無かった。
我天月心流の継承者のひとりとしてただ裏の世界でのみ生き続けてゆくという人生も、アリといえばアリだろう。
(毎度毎度アホみたいに堂々巡りしとるけど、結局落ち着くところはそこか……)
もうこれで一体何度、陽香との仲、陽香との将来について思いを巡らせてきたことか。
本当に飽きない男だと、自分で自分を嘲笑いたい気分だった。
と、そこへ一番会いたくない気配が後ろから駆け寄ってきた。
「あー! 恋君! 見つけた!」
陽香だった。
生徒会の仕事を終えて帰宅の途に就いていたのだろうが、何故わざわざ追いかけてくるのかが、よく分からない。暇なのだろうか。
「待って待って、恋君……一緒に帰ろ」
息を切らせながら追い付いてきた陽香。その笑顔には、彼女が他の男と一緒に居た時の様な輝きも色気も感じられない。矢張り所詮は幼馴染み、単にそれだけの存在という訳か。
「お疲れさん……俺も今日は大概疲れたけど」
「あ……やっぱり垣内さん?」
陽香は息を整えながら、苦笑を滲ませた。どうやら彼女も優卯のパワーには圧倒されていたらしい。
「でもホントに凄かったよね。それに、自信に溢れてたっていうか……やっぱり男子って、えっちなことを平気で話せる女の子の方が良いのかな……?」
いきなり陽香が妙な問いかけを口にした。
一体何事かと、恋乃丞は傍らの美貌にちらりと視線を流した。
陽香は何かいいたげな様子で、もじもじと自身の両手を組んだり離したりを繰り返している。
「そらぁ男は基本、ヤりたがりやからな。下ネタで引かん女子の方が話し易いってのはあるかも知れん」
「う……や、やっぱりそうなんだ……」
しかし、そういった一般的な男子の心境は恋乃丞にはよく分からない。
彼は暗殺と殺人の鍛錬に多くの時間を費やしてきた。健全な男子の健全な性欲などというものが、少々馬鹿馬鹿しく思えてしまうのも事実だった。
「恋君は、どう? その……やっぱり私と、そういう話とか出来た方が、嬉しい?」
「いや、どうなんやろう。陽香が今まで付き合って来た男は、どうやったんよ?」
恋乃丞がさり気にそんな形で過去の男遍歴を訊いてみると、陽香は慌てた様子で両掌を左右に振った。
「え……な、何いってんの恋君! 私、今まで彼氏なんてひとりも……」
「そらぁ嘘やろ。俺何回か、男と腕組んで歩いてんの見たことあるんやで。めっちゃ幸せそうやったし、やたらエロい顔しとったがな、自分」
その時、陽香は愕然とした表情で足を止めた。
今更何を驚く必要があるのか――恋乃丞はやれやれとかぶりを振りながら向き直り、小さく肩を竦めた。
「もういちいち変な反応すんなて。お前のトラウマもちゃんと分かってるし、お前の男経験もこの目で見て理解しとる。そういうのは関係無しに、俺はこれからもお前のこたぁ守ったるから、安心せぇて」
いいながら恋乃丞は、己の心臓が握り潰される様な苦痛を覚えた。
本当に理解し合うなら、半端な隠し事は互いに良くない。だからこそこうして、敢えて陽香の男性経験にも鋭く切り込んだ。
「お前は色々やってきて、ようけ知っとるやろ。せやけど俺は何も知らん。せやから、垣内さんのことはお前の方がよぅ分かる筈や。俺になんか何も聞く必要あらへんやろ」
この後、陽香はすっかり無言となった。
自宅に帰り着いた時でさえ、挨拶も何も無しに玄関扉の奥へと消えていった。
彼女が一体何に憔悴し、何にショックを受けたのかはよく分からないが、事実は覆しようがない。
(経験豊富な奴は、悩みも贅沢なんやろな)
恋乃丞は呆れながら、自室へと戻った。




