27.撮影現場と日陰者
次の週末。
いよいよゴールデンウィークも近づいてきて、街中は春から初夏の装いへとモードチェンジを見せ始める時期となってきた。
暖かさの中に強めの陽射しを感じる様になってきた土曜の午後、恋乃丞は都心部の、とある公園へと足を運んでいた。
この日、陽香が他数名の読者モデルや芸能事務所専属のプロのモデルらと共に、撮影の仕事に臨む。そこに、是非見学に来て欲しいと陽香から誘われたのである。
正直余り気乗りはしなかったが、一度は見に行っておかないと、校内でも色々せがまれたり絡まれたりするなどして、周囲に変な光景を晒してしまいかねない。
そうなると教室の内外で要らぬ注目を浴びてしまう。それは流石に看過出来ない。
(そうでのうても、笠貫組とか訳の分からんこというとる奴ら居るし……)
怜奈を筆頭とする恋乃丞周辺グループは、既にクラス内でも相当目立ち始めている。元々は陽香の周りに居た選りすぐりな美男美女の陽キャ連中が、陰気なあぶれ者を中心に集まってきているのだ。
まずその構図だけでも、余りに奇妙だろう。
そんな注目度満載の要素が周辺に固まってきているところに、陽香の連日に亘る職場見学お誘い攻勢は、流石に耳目を集め過ぎた。
これ以上はヤバいと考えた恋乃丞は、止む無く陽香の撮影現場に引きずり出される格好となった。
(取り敢えず行くだけ行ったら、あいつも納得するやろ……)
陽香は他のモデルや撮影スタッフに恋乃丞を紹介したがっていたが、恋乃丞はそれだけはまかりならぬと断固拒否し、撮影現場の隅の方で黙然としゃがみ込むだけにどどめた。
(変に近づいて誰かの目に留まったら、それこそ洒落にならん)
触らぬ神に祟りなしといった心境で、日陰の奥に隠れ続ける恋乃丞。
陽香は読者モデルとしての己の立場を弁えているのか、撮影中はスタッフの指示に集中しており、恋乃丞に視線を向ける様なことはただの一度も無かった。
カメラを前にした陽香は矢張り可憐で、華があり、他のモデルと比べても全く遜色が無い。寧ろ、あの中では一番目立っているのではないかとすら思えた。
プロのモデルも確かに凄いが、そんな中に居ても更にひと際、美しさと華やかさで目立っている様に思う。そんな彼女が、この日は特に眩しく見えて仕方が無かった。
それだけに余計、自分の様な陰気な影が近くに居るのはとんでもない罪悪に思えた。
(俺はこういう日陰が一番、性に合ってんのやけどな……)
なのにどうして陽香は、あんなにもキラキラした世界に自分を引っ張り出そうとするのか。
恋乃丞にはその真意が全く読み取れなかった。
(せやけど、別人みたいな顔しよるな)
カメラマンの指示に従って色々な表情、様々なポーズを取る陽香。他のモデル達も負けじと美しい肢体を惜しげも無く披露している。
ところがこの時、恋乃丞は或ることに気付いた。
(ん? あいつ、まさか……)
恋乃丞はゆっくり立ち上がった。その視線が鋭さを帯び始める。この時の恋乃丞はモデルの撮影現場を見学しに来ているただの一般人ではなく、我天月心流の戦士としての眼光を煌めかせていた。
と、そこへ高級なスーツを着こなした、すらりとした長身のイケメン男性が歩を寄せてきた。過去に何度か見た顔だ。陽香を彼女の自宅まで送ってきていた、マネージャーと思しき人物だった。
「やぁ……陽香のお友達?」
「あぁ、はい。近所のモンです」
簡単な会釈を送る恋乃丞に、その人物は上谷遼平と名乗った。ファッション雑誌ラニー・レイニーの読者モデル担当マネージャーということらしい。
「笠貫君は、陽香の彼氏?」
「いえ、ちゃいます」
探る様な目つきで問いかけてきた上谷マネージャー。陽香にオトコが居るのかと、どこか警戒している様子だった。
「その割には随分、熱心に彼女を見ている様だけど」
「……お気づきになられませんか?」
恋乃丞の問いかけの意味が分からなかった様子で、上谷マネージャーは怪訝な表情で小首を傾げた。
矢張り、気付いていなかったか――恋乃丞は陽香から視線を切らさずに、そっと彼女を指差しながら低い声音で続けた。
「あいつ、右膝痛めてますわ。さっきから何度も、右脚で踏ん張り利かせる類のポーズを取る時、カメラマンさんから姿勢を修正する様に指示されてます」
「何と……それは本当かい?」
上谷マネージャーは驚いた様子で、恋乃丞と並びながら同じ様に陽香へと視線を送る。
「ほら、この流れで行ったらまた右脚に力入れる姿勢が……あぁあそこ、やっぱり指示出し直されましたね」
「……どうやら、君の言葉は無視出来ない様だ。ありがとう、早速確認してくる」
恋乃丞の肩をぽんと軽く叩いてから、上谷マネージャーは慌ててカメラマンの元へと駆け寄り、少しばかりの休憩時間を取ることにした様だ。
そうしてモデルやスタッフらは近場に組み立てられた簡易テーブルで一服し始めたが、この時どういう訳か、上谷マネージャーが恋乃丞を手招きして呼び寄せた。
何故自分が呼ばれるのかと小首を傾げつつ、恋乃丞は招かれるままに簡易テーブル脇へと歩を寄せた。
「紹介しよう、笠貫君だ。彼は陽香の御友人で、彼女が右膝を痛めていることを誰よりも早くに気付いた、素晴らしい観察眼の持ち主だよ」
すると何故か、軽いどよめきと拍手が沸き起こった。
恋乃丞はこういう出迎えには慣れていない為、すぐに話題を変えた。何故陽香が、右膝を痛めていたのか。その理由を問いただした。
どうやら彼女は昨日、とある駅構内で転びかけた老人の体を支えてやろうとしたらしい。その時に右膝に変な角度で力が入り、軽く痛めてしまったのだとか。
幸い打撲などではないから痣は生じなかったものの、痛みがまだ少し残っているのだという。
「でも恋君……よく気付いたね。私結構、頑張って隠してたんだけど……」
「俺が人体構造に詳しいことは自分もよう知っとるやろ。そんな猿芝居なんかで俺の目ぇは誤魔化せんわ」
しかし、これは決して冗談事ではない。
完治しないまま無理をすれば、その怪我は癖になる。上谷マネージャーもその危険性をよく理解しているらしく、カメラマンに対しては右脚を必要以上に使う姿勢は今日は控える様にと頼み込んでいた。
「はぁ~……凄いね、キミ。まだ高校生なんでしょ? 間近に居たアタシらやカメラマンのひとらも全然気づかなかったのに、超カッコ良いじゃん」
モデルのひとりが、感心した様子で覗き込んできた。彼女はMayと名乗った。どうやら、芸能プロダクション事務所に所属するプロのモデルらしい。
「陰気モンがカッコ良いとか、あるんですか」
恋乃丞は自嘲気味にかぶりを振った。
ところがMayは、
「だって普通さ、キミぐらいの年頃の子だったらキレイどころが集まる撮影現場に招待して貰っただけで、もっとアゲアゲな気分ではしゃいじゃうよ? なのにキミったらすっごくクールだし、陽香ちゃんの怪我を見抜いて上谷さんに忠告したり……ちょっと普通の男子とは違うってカンジ?」
などと変に持ち上げてきた。
このひとは一体何なんや――恋乃丞は幾らか引き気味に、Mayのやけに異性を感じさせる美貌に視線を返した。




