20.罪の自覚
薄闇の中で、少女は泣いていた。
やめて、許してと何度も懇願していた。
しかし彼女の上に覆い被さる男は下卑た笑いを漏らすのみであり、己の欲望を果たすことにひたすら集中していた。彼女を犯すことに夢中になっている様子だった。
その男の動きが、不意に止まった。
「うっ……あっ……がぁ……」
男は腕をねじ上げられ、喉元を万力の様な破壊力で掴まれていた。
少女は涙目で、呆然とこちらを見上げてくる。しかし恋乃丞は、今、自身が動きを封じた男の肩に瞬間的な一撃を加えた。
情けない悲鳴を上げて、男は汚らしいベッドの下に転げ落ちた。
「ぴぃぴぃ喚くな。関節抜いただけや」
恋乃丞はたった今、肩関節を強引に脱臼させた男の上に馬乗りになり、更に二発、三発と打撃を加えた。男は苦悶にのたうち廻り、ひぃひぃと喘いでいる。
ここは、とある古びたアパート内の一室。
恋乃丞は黒いニットの目出し帽と、黒いスウェットジャージの上下といういでたちで、このアパート内に音も無く侵入していた。
怜奈の後輩である香夏子をレイプしたR大ヤリサー集団に鉄槌を下すべく、こうして単身、連中の根城であるアパートの屋内へと潜り込んでいたのである。
既に三人、別室で叩きのめした後だった。どの男も不意に侵入してきた恋乃丞に虚を衝かれ、反撃も逃走も出来ぬうちに揃って薙ぎ倒された。
この三人を制圧した後、恋乃丞は茎血衝を仕込もうとしていたが、別室の物音に気付いた。
そうして踏み込んだところに、最後のひとりがアパート内に連れ込んだ未成年の少女を無理矢理、犯そうとしているところに出くわしたのである。
この瞬間、恋乃丞は脳裏に泣きじゃくる怜奈の姿を思い出した。
(こいつらは、己の性欲だけで生きとんのやな)
恋乃丞は一切の情けは不要だと判断した。
ひとりの少女を死に追いやろうとしたにも関わらず、のうのうと生きているクズ共――そんな連中に、まともな人生を歩ませてやる義理は無い。
「や、やめてくれ……助けてくれ……」
男は涙と鼻水を垂れ流しながら懇願してきた。しかし恋乃丞は目出し帽の隙間から、死んだ魚の様な生気の無い瞳で男の無様な泣き顔をじっと見下ろした。
「お前は、やめて助けてと泣いている女の子の言葉を、聞いてやったことがあったんか?」
次の瞬間、恋乃丞の手刀が男の股間に打ち込まれた。
茎血衝――これでこの男は性的興奮を覚える度に、地獄の様な苦痛に苛まれることになる。
男は、気絶した。男性器に浴びた一撃は、通常の精神では到底耐えられるものではなかった。
次いで恋乃丞は、別室で叩きのめした三人にも立て続けに茎血衝を打ち込んでいった。
(こんなんで、あの子の心の傷が癒える訳やないけど……)
明るい空気で場を和ませつつ、怜奈との会話を楽しんでいた少女。あどけない笑顔で、友達になってあげても良いですよと恋乃丞に手を差し伸べた後輩の女子生徒。
彼女は今、自身を襲った悲劇に耐えられず、自らの命を絶とうとして生死の境を彷徨っている。
にも関わらず、このクソ共は罪悪感など欠片も覚えること無く、次々と罪無き女性を食い物にしようとしていた。
(これはただの暴力や。正義でも何でもない)
恋乃丞は己の行為が犯罪に過ぎないことを自覚している。しかし、その手を止めるつもりは無かった。
自身に関わった者、自身に近しい者を地獄に叩き落とした奴らには、それ以上の地獄を見せてやらなければ到底、気が済まなかった。
(いずれ俺も、地獄に落ちるやろうな……でもその前に、ひとりでも多く、出来る限り、クソ共を同じ地獄に引き摺り込んだる)
これは、宣戦布告だ。
法や世間が手出し出来ぬというのであれば、恋乃丞が手を下す。
正義漢を気取るつもりは無い。これは明らかに犯罪であり、悪であり、罪だ。
それでも、やめない。
ひとりでも多く、無垢な少女らに涙を流させない為に、例え己がいずれ裁かれることになろうとも、絶対にやめない。
やがて恋乃丞は、ゆっくりと立ち上がった。
いつの間にか、先程まで襲われそうになっていた少女が茫漠とした表情で、開け放たれた襖の傍らに佇んでいた。
「後の始末は俺がつける。あんたは早く、ここを離れてくれ」
恋乃丞の言葉を受けて、その少女は何度も頷き、そして何度も、ありがとうを繰り返していた。そして彼女は手早く身づくろいを整えると、アパートの部屋を飛び出していった。
ひとり薄闇の中に残った恋乃丞は、自身のスマートフォンを取り出した。
そこに、M高三年の、ひとりの男子生徒の顔写真が映し出されている。香夏子の彼氏だという上級生だ。この男と日中の廊下ですれ違い、彼のスマートフォンと強制ペアリングを仕掛けて全ての情報を抜き取った。
そして今宵、彼がつるんでいるR大ヤリサー集団の顔ぶれと根城を突き止めた。
(後は、こいつ自身の始末やな)
恋乃丞は、スマートフォンに表示されている上級生男子の、ニヤけた顔をじっと睨みつけた。
こいつにも、手加減してやる義理は無い。
H大映画研究同好会とつるんでいたクラスメイトの幸登は見逃してやった。連中が暴挙に出る寸前に恋乃丞が片っ端から叩きのめし、麻奈美や智佐、そして陽香らへの実害を防いだからだ。
しかし今回は違う。
香夏子が生死の境を彷徨っている。既に実害が出た後だ。
(人生最大の苦しみを味わえや)
この男にも、茎血衝を叩き込む――既に今宵の現在地を把握している恋乃丞は、アパートを出て、暗闇へと消えた。
そして、香夏子の彼氏だという三年生男子は翌日以降、不登校となった。
原因は余人には分からない。
事実を知っているのは恋乃丞と、M高生徒会のみであった。




