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EP8 ハードワーク

 正直、下級生にキツイ練習をさせるのは私だって嫌だ。

 それでも心を鬼にしてみんなを叱咤激励する。全部タイプファイヤーのため、クイーンのため。

 けれど、先日の事だ。


 佳央流かおる鈴早りはやの二人が練習中にトイレにいきたいというので行かしてみたら、いつまでたっても帰ってこない。

 あまり遅いので様子を見にトイレに向かう途中、校舎の裏で休んでいる二人の会話を偶然聞いてしまった。


「なんかさぁ、最近の陽央子先輩、ちょっと厳しくない?」

「あれっしょー? 例のあの人。あの人がいなくなっちゃったもんだから、その代わりにって張り切ってるんだって。司令塔も、自分でやりたいーって、言ったらしいしさー」

「今まで散々サボッてたのに、今更って感じだよね」

「あたし、燐火サンのためならぁーって思うけど、あのヒトはちょっとねぇー。だってぇ、あのヒト、なんかトロくねぇ? アタシ、全然勝てる気するしー」

「あ、それ言っちゃう?」

「ホント、まずは自分が出来てから言って欲しいよなー。こんだけやらせるんだったら、10万円くらいよこせっつーの」

「鈴早ったら、またお金の話?」

「あーあ、こんな練習してるくらいなら、バイトしてたほーがマシ」


 伝わってないんだ、私の気持ち。

 全然わかってないんだ、この子たち。


 それに、やっぱり私ってこんな風に思われていたんだ。練習にも身が入ってない、そう見られたんだ。

それって自業自得なんだけど、すごくショックだ。

 悔しくて涙が零れそうになる。けれど必死で歯を食いしばり我慢した。


 きっと、この子たちにもわからせてやる!

 そして、一緒に勝利の雄叫びをあげるんだ!


 今、私たちが必死で取り組んでいるのは、一にも二にも体力強化。そしてパラードとエシャピーだった。

 パラードは相手の剣を受け返すか、掃う事で攻撃権を奪うスキルで、エシャピーはバタイユ中のピストから離脱するスキル。

 パラードとエシャピーが下手クソだとキルカに責められてきたけど、その大切さは骨身に沁みてわかっている。


 確かに火のプライドは大事で、気持ちとしては逃げたくない、けれど、そればっかりは言っていられないのが現実だ。

 絶対的な数の敵、不得手な敵やHPに開きがある敵と問答無用で戦わざるをえない、そんな今の私たちの状況を考えれば、パラードとエシャピーの会得は絶対に必要。

 だから必死に練習をして、パラードとエシャピーに取り組んではいるものの、そう簡単にはいかず、正直行き詰っていた。


 そもそもエシャピーするには、1秒間、相手の視線を切らなければいけない。けれどバタイユの最中に視線を切るなんて不可能に思えた。

 だって、1対1で戦っている最中によそ見するヤツなんているわけないじゃない?


 それは過去の試合の映像を、みんなで研究のために見ていた時の事だ。


 螢火が「うーん」と首を傾げながら唸った。


「ちょっと映像止めてくれますか! えーと、あ、ここ、この場面!」


 螢火はモニターに近づきリモコンを手にすると、映像を戻したり早送りにしたりして、興奮気味に話した。


「これ、凄くないですか? ホラ、今、相手はキルカ先輩を完全に見失いましたよね? 何でだろう? なんで目線を切る事が出来たんだろう?」


 それは去年私たちが勝利した、二学期末のルーティンマッチの映像だった。画面ではキルカが何度かエシャピーを繰り返し、複数の敵と戦っているシーンが映されている。

 遠くから全体を撮った映像なのであまり詳細には見えないが。


「わたしたちはいかに早いスピードで相手の目線を切るか、それしか考えていなかったじゃないですか。でもあの人はスピードはあまり重視してない様に見えます。それなのに、簡単にエシャピーしている」

「言われてみれば確かに。でも、どうやっているんだろう?」

「うーん、それはこの映像じゃわかりずらいですね」


 螢火の言う通り、遠目から見た限りでは、キルカはピスト内ではゆっくりと体を揺らすような動きをしていて、決して激しく動き回ってはいないようだ。

 剣を構える事なく、のらりくらりとしながら相手を翻弄している。

 相手の苛立ちが伝わるようだ。


 これがよく言われていた、汚い剣ってヤツなんだろう。


「何で教えてくれなかったんですかね、あの人。こんなスキルがあるなら私たちだって」

「明日名、それは違うよ。あいつ、剣は躱せ、エシャピーしろって何度も私たちに言ってはいたよ。それを拒んでいたのは、私たちだった」

「あ、まぁ、そうだったかもしれませんね。やっぱり逃げるのって、嫌ですもんね」


 剣を躱すフュイールや、敵から逃げるエシャピーを、知らないうちに避けていたのは私だけじゃない。


「あー、もっとよく見えればいいのに!」


 螢火は何度も画面に齧り付くように見ている。

 不安なのはわかる。だって、出来ないは許されないから。


 出来なければ、私たちは終わりだから。


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