EP6 燐火の怒り
燐火はキルカを睨みながら、問いかける。
その様子は、私まで胸が苦しくなるくらいに辛そうだった。
「キルカ、なぜ私が憎い? 復讐したいと思うほどに、なぜ?」
「アンタが明るくて人気者だからだよ。陽が射せば必ず影が出来る。アタシはアンタといると、影のままだ。まぁ普通、お日様が出ていれば影が出来る事を疑問に思う者はいない。ある意味、アンタには罪は無いのかもしれない。けれど、絶えず人にくっついている影を疎ましく思うヤツは多いんだ。もうゴメンだ。アタシはもう誰の影にもならない。そのためには太陽から逃れる必要があるんだ」
燐火は歯を食いしばっている。きっと零れてしまいそうな涙を、必死で堪えているんだ。
「わかった。好きにすればいい。もう何も言わない」
キルカは燐火に背を向けると、小声で言葉を繋いでいく。
「お別れついでに言わせてもらうけど、燐火、アンタは陽央子とつるんでるの、いい加減にやめたほうがいいと思うぞ。そんなノロマで、自分でモノを考えるという事を少しもしない無能なヤツ、さっさと見捨てたほうがいい」
「な、何を…」
私は絶句した。
「ソイツ、いつまでたってもパラードもエシャピーも下手クソだし、敵エレメンツのメンバーの名前も顔も覚えようとしない。アタシが全部お膳立てして指示しないと動けない、ホント、ただのデクノボウだよ。サブリーダーが聞いて呆れる」
頭が熱くなる。目の前がグルングルン回り出す。
何で? 何で私がここまで言われなきゃいけないの?
あー、頭にきて吐きそうなくらい!
「わ、私、エシャピーは、何か逃げ出すみたいで嫌なんだ。タイプファイヤーなら逃げずに…」
「はっ、またプライドか? 大したもんだ。けれど、それで負けていたら、ただの間抜けだ。負けたらどうしようって慌てるくせに苦手な相手には端からお手上げ、後は言い訳ばかり。それってオマエの十八番だろ? それをデクノボウて言うんだよ。ま、無能ってのは陽央子に限らず、タイプファイヤー全員にも言えるけどね。アタシなしじゃ、何も出来ない」
「キルカァーッ、貴様ぁーーっ!」
燐火はスゴイ勢いでタックルをしてキルカを床に押し倒した。
小柄なキルカに馬乗りになる形で、その胸倉を掴んでブルブルと怒りで震えている。
「どうした? 殴りたいんだろ? 殴ればいいだろ?」
「わ、私の事はいい! どんなに責めたっていい! それだけの事、君はしてくれた! 憎まれ役を押し付けて、申し訳ないとも思っている! でも陽央子の悪口は、仲間の悪口は言うなーーっ!」
「悪口じゃない。本当の事だ」
「キルカァーーーッ!」
あー、今度こそ!
思わず目を瞑ったが、燐火は殴る事はせずに、そのままキルカの胸に突っ伏して泣きだしてしまった。
近所迷惑になるくらい、大きな泣き声だった。
こんなに大泣きしている燐火は、あの時以来だ。
あれ、あの時って、いつだっけ?
「どいて。重い、よ」
ひとしきり泣いて気が済んだのか、燐火はすっと立ち上がると、「帰るぞ」と私の腕をとった。腕が痛くなるくらい、強く。
そして、キルカの顔を見ずに、サヨナラ、を告げた。
「サヨナラ、キルカ」
「…あ、あぁ」
「今まで、本当にありがとう。でも、次に試合で対戦した時は、絶対にぶっ殺すから」
「やれるもんなら、やってみな」
私が扉を閉めた時、まだ床に寝そべったままのキルカの姿が見えた。
顔を両手で覆い、押し殺すような笑い声をあげていた。
私は改めて、キルカとの別離を決意した。
外はもう真っ暗になっていた。
駅までの道、来た時よりもずっと遠くに感じる。何も口ににしない燐火、何を考えているんだろう。でも、私は…。
「燐火、私、司令塔になる」
「司令塔なら、私がやるよ」
「ううん。私にやらせて欲しいの。あんな事言われて、私だって悔しいよ。苦しい戦いになると思うけど、勝てる可能性がゼロでないなら、私、がんばってその可能性を探ってみる。出来る事は何でもやってみる。だからお願い、私に司令塔をやらせて」
燐火は泣き腫らし、白目まで真っ赤。
けれどルビー色の瞳をキラキラさせながら、ギュッと抱きしめてくれた。燐火の良い匂いが、初夏の風と共に鼻を抜けていく。
「頼んだよ、陽央子。次のバタイユでアイツを倒してやろう! みんなで力を合わせ、火のプライドをかけて」
「うん! 私たちのプライドを笑ったキルカを絶対に許さない! 絶対にぶっ殺す!」
私たちは拳をぶつけ合った。




