EP4 燐火の苛立ち
キルカの裏切りを目の当たりにした翌日。
いつも通りに燐火を迎えに家まで行くと、珍しく呼び出しもしないうちに家の前で立って待っている燐火の姿があった。
「おはよう。どうしたの、今日は早いね」
「うん。なんか、早く目が覚めちゃって」
朝、弱いくせに。
あんな試合の後だもん、色々と考えてしまうよね、夜も眠れなかったのかな。
声に元気が無い。
こんな燐火に、キルカの事は話したくない。けれど、話さないわけにいかない。
「あのね、燐火。ちょっと話さなければいけない事があるんだ」
「何?」
「キルカの事」
「キルカがどうした?」
「昨日、私、帰り道にキルカに会って、様子がおかしいから、後付けてみたんだ。そうしたら…」
私は昨日見たことを、全て燐火に話した。
何が起きたのか、そしてキルカが言った事、全て。
「陽央子、冗談でも笑えないよ、それ」
「冗談なんかじゃないよ、私、この目で見たんだ! この耳で聞いたんだ! キルカがタイプメタルに土下座してまで入れてくれって! 燐火に復讐したいんだって!」
「私に復讐? 何で? 何でキルカが私に復讐したいだなんて言う?」
「なんか、嫌われるのがイヤだとか。私にだって、よくわからないよ。でも…」
「わかった! 直接キルカに聞いてみるしかない! 今日、学校行ったら早速あいつに聞いてみる!」
「ダメだよ、燐火! 他のメンバーにはこの事、まだ知られないほうがいいんじゃない?」
結局、私たちは放課後を待つ事にした。
それまでは普段通りにしていよう、そう言ったのに、燐火はキルカの方ばかり見てイライラしているのが丸わかり。
私は燐火が我慢しきれず、突然行動に出るのではとヒヤヒヤしていた。
ところが、そんなに気を回す必要などなかった。
昼休み、突然教室に現れたタイプメタルの二年生が、キルカを大声で呼んだ。
「おいっ、炎林! 銀子さんからの頼まれ事だ! 購買でパン買って、部室まで持ってこいって。やきそばパンが五つ、あんパンが六つ、卵サンドが五つだ。早くしろよ!」
「わかった」
教室中が唖然とした。
なぜタイプファイヤーのキルカが、タイプメタルの二年生に、あんな偉そうな口、聞かれているの?
なぜそれに従ってるの?
燐火も真っ赤になって、購買へと向かおうとしているキルカの肩を掴んだ。
「ちょっと待てよ! 何なんだよ、あれ!」
「アタシ、急がないといけないから」
「おかしいって言ってるんだよ! 君はタイプファイヤーだろ! それが…」
キルカは燐火の手を乱暴に払うと、無言で駆け足で教室を出て行ってしまった。
クラスメイトの視線は、おのずから燐火に集中した。青葉も晶も夏美も、慌てて燐火に駆け寄ってきた。
「ど、どうしたっていうの? 何があったの? ねえ燐火?」
燐火はギリと歯ぎしりをしたきり一言も喋らず、キルカの走り去っていった方をしばらく見つめていた。
放課後となり、キルカは再び呼び止める燐火の声を振り切り、一人で教室から走り去ってしまった。
行先は想像がつく。タイプメタルの部室ビーナスか、例のパチンコ屋の上の練習場だろう。
燐火は、「今日も練習は中止だ」とマーズに集まったメンバーに告げると、乱暴に部室の扉を開け、足早に去っていってしまった。
事情をよく知らない下級生たちは唖然としている。
「ゴメン! 後で説明するから」
私は慌てて燐火の後を追った。
「どこへ行くの、燐火!」
「キルカの自宅だ。そこで帰りを待つ」
「私も行くよ」
キルカの自宅は、学校の最寄りの駅から二駅先。駅へ向かう商店街を、私たちは一言も喋らずに黙々と駅に向かった。
商店街の途中に、開けた広場があり、そこには大きなオーロラビジョンがある。私たちのパンタグラムスが行われる時は、ここで試合の中継が行われ、多くの町の人が集まり声援を送る。
この前の試合も、みんな見ていたはずだよな…。
少し暗い気持ちになっていると、燐火を呼び止める声が聞こえた。
「燐火ちゃん! ちょっと待って!」
声を掛けてきたのは、商店街で喫茶店をやっている顔なじみの店長だった。
「フェニックス」という店名が示す通り、店長もタイプファイヤー。
コーヒーとか苦いものが大好きな私たち行きつけの店なのだが、いつも明るい店長が、ニコリともせずに燐火にまくし立ててきた。
「一体どうしたっていうの、このあいだの試合? 何があったのか知らないけれど、あんな試合見た事ないわ。あんなのパンタグラムスじゃないわよ!」
「あ、あの、私、急ぐんで。また、今度説明します」
「ちょ、ちょっと、燐火ちゃん!」
まだ色々と聞きたそうな店長さんを残し、燐火は走るように駅へと向かっていった




