EP2 キルカの裏切り
「誰、扉、ちゃんと閉めなかったの? 七美、閉めてきて」
「はーい」
突然響いた、予期せぬ言葉。
元気よく答えた一年生と思しき小柄な子が、こっちに向って走ってくる。
ヤバい!
ドアの隙間からそっと覗き見していた私は、慌てて当たりを見回し、前方に空けっぱなしになった扉をみつけると、そこへ飛び込んだ。
ガチャという音、扉が閉じられたのだろう。あー危なかった。見つかる所だった。
どうやら私の飛び込んだ場所はトレーニングルームみたいで、様々な筋トレ用のマシンが並んでいる。誰もいないのが幸いだった。
この施設はタイプメタルの練習場なのかもしれない。
そう考えれば、あの障害物のある大きなスペースは、パンタグラムスの練習には向いているかもしれない。
トレーニングルームは練習場にも繋がっているみたいで、大きなガラス越しに中の様子が良く見える。
私は見つからないように四つん這いになり、銀子たちの声が聞こえる所までソロリソロリと這っていってみた。
柱の影に身を隠す様にして、耳を澄まし窓から覗いてみる。
やっぱりキルカだった。キルカが銀子に土下座をして、まるで謝っているように見える。
「お前、今更よくそんな事が言えるよな? 性根だけじゃなくて、脳ミソまで腐ってるんじゃねぇの?」
聞こえてきたのは、思わずドキリとする汚い言葉。
「そもそも、お前、薄汚ねぇーんだよ。そんな汚らしいナリで、私らの仲間になろうだなんて、おこがましいにもほどがあるぜ」
「今まで散々あたしらに何をしてきた? どんだけあたしらを狩ってきた? 銀子さんがどれだけ悔しい思いをしてきたか、お前にわかるのか?」
「わ、悪かったと思ってる」
「あーっ? 悪かったと思ってるぅ? その態度でか?」
「す、すいませんでした」
心臓がドキドキする。何が起きているのか、何が目的なのか、何の想像もつかない。
「銀子、どうすんの? まさか、こいつの言う事、聞いてやろうだなんて、考えてないよな?」
今の声は白金秋甫、サブリーダー。ショートカットの銀髪をリーゼントみたいに固めた、ちょっと怖い見た目のディフェンスだ。
「そうすよ銀子さん。ウチだってこんなヤツと仲間だなんて、虫唾が走りますよ」
こっちは西鐘鏡佳、金髪の髪をなびかす、ガタイのいい超生意気な二年。
「まぁそう言うなって。コイツだって覚悟決めてココへ来てんだろうし。ま、話しくらい聞いてやってもいいんじゃねぇか?」
白鉄鎖銀子、タイプメタルのクイーン、金の女王。
燐火の明るく健康的な美しさとも、清水流一瀬の物静かで上品そうな美しさとも違う、ギラギラした美しさ。
大きな胸に絞られたウエスト、抜群のスタイル。
腰まで伸ばした銀色の長髪は光に照らされ美しく光り、真珠の様な瞳は気味の悪い光を放つ。
その大きな胸元にも腕にもジャラジャラと金属製の装飾品に飾られた銀子は、メタルチックな冷たい視線でキルカを見下ろす。
「アタシは…」
ガツッ。大きな音がした。顔を上げようとしたキルカの頭を、銀子が思いっきり踏みつけたのだ。
「ざまぁ」「いい気味だ」他のメンバーの笑い声。
「誰が顔上げていいって言った? 話しがあるなら、そのまま話せよ」
私はドキドキが止まらない。何、何なのこれ?
「アタシには、居場所がなかった。いくら勝ちを重ねても味方にまで疎まれて、嫌われて…」
「当たり前だろ、お前の事を好きになるようなもの好きなヤツなんているかよ、バーカ」
四方八方からキルカを罵る声が上がる。
「ア、アタシは、燐火が憎い。アイツの影のように戦って、アイツが人に好かれた分だけ、アタシは人に憎まれる。ずっとだ。初等学校の頃からずっと。アタシはアイツに、紅炎燐火に復讐したいんだ!」
ヒッ、叫び声を必死に呑み込んだ。ドキドキが激しくなる。
何で? 何で? キルカ、何で?
「陽央子みたいな無能でドンくさいカスを侍らせて、いい気になってる火の女王を、いたぶり傷つけ、その首を取ってみたくないか? アタシならそれが出来るし、アンタたちだって、そうしたいんじゃないの? それに…ぐぅっ!」
言い終える前に、銀子がキルカの腹を蹴り上げた。腹を抱え苦しむキルカ。銀子がなまじ綺麗なだけに、その顔に浮かんだ怜悧さが恐ろしかった。
「そりゃ、オレだって燐火をぶっ殺したいぜ。だとしてもだ、お前だけは簡単に許せねぇー。さて、秋甫、湖白、どうする? 鏡佳、お前はどうしたい?」
数人のメンバーが顔を寄せ合い、少しの時間話し合いをしていたが、銀子の顔に笑みが浮かび、キルカを見下ろす。
結論が出たようだ。
銀子は蹲ったままだったキルカの首根っこを掴んで、強引に立たせた。
銀子と比べるとはるかに小柄なキルカは、まるで子供のように見える。
額から血を滲ませた顔は蝋燭の様に白い。
人の顔色を窺う様なその陰気な視線は、初めて会った頃のキルカを思い起す。
「お前、ARゴーグル持ってるな? ここはオレたちのインドア・バトルフィールド、ARが使えるんだよ。で、これからオレらが一人ずつお前を攻撃するから、それを反撃せずに全部受けきるんだ。もちろん、痛覚はオンにしておいてだ。全員の攻撃が終わってなお立っている事が出来たら、オレたちの仲間に入れてやるよ」




