EP1 悪夢のルーティーンマッチの後
「この間のバタイユ、何なんだよ、あれ!」
キルカが怒っている。まただ、いつも私ばっかり、何で?
「私、一生懸命に戦ったよ。でも、相手が強かったから」
「なんでオマエは馬鹿の一つ覚えみたいに、敵の剣を受ける事しかしないんだ? 剣を受けてパラードするのは、相手の剣圧を跳ね返すほどの力があって出来る事だろう。今のオマエじゃ無理だって何度も言っているだろっ! 剣を受け流すんだ! それが出来ないなら躱す事を覚えろ! 絶対にバタイユで役にたつ!」
「嫌だよ! 剣を避ける、相手から逃げるなんて汚いマネ、出来ないよ。私はタイプファイヤー、敵から逃げるな、そう教わってきたんだから!」
「オマエは、ずっとそうなんだよ! 自分の苦手な事、嫌いな事を、全部すり替えちまう。火のプライドがあるからやらない? 違う、やらないんじゃない、出来ないんだ。オマエはノロマだから剣を躱すのが怖いんだ!」
キルカの言葉が刺さる。怖い、それはホントだから…。でも。
「違う! 私は嫌なの! あんたみたいな、汚い戦い方が! きちんと相手に向き合う事をしないで、剣から逃げてばかり、ホント、格好悪いったらないよ! だからあんたは嫌われるんだよ! 名前だけじゃなく、心まで穢れているんだって!」
「だったら、好きなようにやれよ! どうせオマエなんて、力任せに剣を打ち込むしか能が無んだ。それだけやってればいいだろう、このデクノボウ!」
「うるさい、うるさーいっ! 汚いロッテンチョコォーッ!」
…、あ、あれ?
うわー、夢かー。
最悪な目覚めなんだけど。中等学校の頃だったかな。こんな事、あったよなー。
けれど、何でこんな夢、見るかな…。
最近、どうにもやるせない日が続いているから、私も疲れているのかも。
あの悪夢の敗戦の日から一週間。
練習は欠かさず行っていたが、いつも誰かが欠席し、全員が揃う日は無かった。
以前なら考えられない事だったが、なにせあの敗戦の後だけに燐火も怒る事もなく、その時集まったメンバーだけで黙々と練習する日々が続いた。
一つ気がかりなのはキルカがあの日以降、一度も練習に参加していない事だった。
今まで熱が出ようと台風が来ようと、一度として練習を休まなかったあのキルカが。
ただ燐火も特に無理強いするでもなかったので、授業が終わった後、いそいそと一人で帰宅するキルカの姿は、珍しいものではなくなっていた。
「ねぇ燐火、いいの? キルカ、このままで? 仮にも司令塔なんだよ、こんなに練習サボるってのもどうだか」
「キルカも疲れたんだろう。ずっと気を張って練習も試合もこなしてきたからな。次のルーティンマッチに向けて対策を練らないといけないし、そのためには頭をリフレッシュする事も大事だと思うんだ」
「燐火?」
「だから今日は練習休み。みんなにも伝えておいてくれるか。私もたまには映画でも見に行って、ちょっとリフレッシュしてくるよ」
「なら私も…」
「ゴメン、陽央子。今日は、独りになりたいんだ」
燐火が独りになりたいだなんて、出会ってから初めて聞いた。
いつもみんなに囲まれて、必ず誰かがそばにいる。いや、誰かがいないとダメな、寂しがり屋の燐火が…。
仕方なく他メンバーへの連絡を終えた私は、一人で家へ帰る事にした。
「燐火のヤツ、映画だなんて。興味なんて全然ないくせに…」
そう独り言をつぶやいてみたものの、私だって余った時間をどう使ってよいのかわからない。行きたい場所なんて、一つもない。
今までパンタグラムスしかやってこなかったんだな、私たちって。
そう考えたらなんだか泣けてきて、慌てて目尻を拭う。
あーぁ、これじゃ怒られて帰る子供みたいだ。
一つ溜息を漏らし前を向いた先に、脇目もふらずに歩く、見慣れた茶色い頭が見えた。
「キルカ?」
キルカは帰る方向が違うので、普段ならこんな所を歩いているはずがない。いったいどこへ行くんだろう?
私は単純な興味で、キルカの後を追ってみる事にした。
キルカは学校から少し離れた幹線道路へと出ると、駅とは真逆のほうへ歩いていく。行き交う車こそ多いが、私たちが立ち寄るようなお店など無いはずだけど。
とにかく気付かれないように距離を置いて後を追う事10分。キルカが着いたのは幹線道路に面した巨大なパチンコ屋だった。
「え? パチンコ?」
キルカはパチンコ屋の大きな入り口からは入らず、その脇にある別の入り口から中へ入ったように見えた。
さて、どうしたものかと、その入り口あたりをウロウロしていると、人相の良くないパチンコ屋の店員が声を掛けてきた。
「あんた、お嬢さんと同じ学校の子だよな? お嬢さんなら上にいるはずだよ。上がっていってみな」
「え? あ、は、はい、ありがとうございます。上ですね」
お嬢さん、私はそれで思い出した。
タイプメタルのクイーン白鉄鎖銀子の実家がパチンコ屋だった事を。
胸騒ぎがするし、少し怖くもあったが、興味のほうが先に立ち、私はその扉を開け階段を昇っていってみる事にした。
上ってみるとそこは、細長いエントランスとなっていて、奥にある扉が少しだけ開いている。そっと近づき中を覗いてみると、見えたのは体育館のような広いスペースだった。
パチンコ屋の上に、こん所があるなんて。
天井も高く、バスケのコートなら四面は出来そうな大きな空間。あちらこちら無造作に物が積み上げられていて、普通のスポーツをするにはちょっと邪魔そうだが。
その謎の空間に、白鉄鎖銀子を中心としてタイプメタルのメンバーが揃っている。いったい何をしているんだろう?
それよりか、キルカは? 確かにここに入っていったはずなんだけど?
そして私は、銀子の前に跪いている小さな背中に気が付いた。頭は見えないが赤いタイプファイヤーの制服、あれはキルカに違いない。
でも、何で銀子の前に跪いているの? こんな所で?
私はワケがわからないものの、その様子を息を顰めて覗き続けた。




