EP11 戦いを終えて
「負けちゃった、ね。でも、あれじゃ、仕方ないよ…」
夏美の声さえ、いつもの明るさが失われている。
バタイユ終了のマーズの室内、言葉を繋げる者はないまま沈黙が広がっていく。
燐火も無言で床を見つめたまま。
その沈黙が意味するのは敗戦の屈辱だけではない。仲間になるであろうと思っていた一年生を失った喪失感と、先行きに対する不安に違いない。
「いったい、どうしてこういう事になった? 私たち、何か悪い事したのか?」
青葉の厳しい声に、燐火は頭を下げる。
「ゴメン…」
「謝って欲しいんじゃないよ! 何でって聞いてるんだよ、答えろよ、燐火!」
「私が、全部悪いんだ…」
そう言ったまま黙り込み肩を落とす燐火に、誰も何も言えなくなった。
ふと私はキルカに視線を移してみた。ほとんどのメンバーがうつむき涙を拭っている中、キルカは燐火を睨んでいた。例の狩りをするような目で。
私はそんなキルカに腹がたった。
今は燐火に怒りをぶつける時ではない、今後どうするかを考える時じゃない!
そんな時、マーズの扉をノックする音が聞こえた。
こんな時、誰だろう? 私が扉を開いたその目の前に、赤紫の髪を長く伸ばした、炬火穂菜南ちゃんの姿があった。
今まで泣いていたのだろう、その目は真っ赤だった。肩を小さく振るわせている。
「穂菜南ちゃん?」
「わたし、話をしに来ました。燐火先輩と、話をさせてもらえますか?」
穂菜南ちゃんをマーズへ招き入れ、椅子に座らせた。燐火がその正面に座って、まだ幼さが残る穂菜南ちゃんの顔を見つめる。
「話、聞くよ。ゆっくりでいい。何でも話してごらん」
思いの外穏やかな燐火の様子に安心したのか、穂菜南ちゃんは一度深呼吸をすると、ゆっくりと話しだした。
私は少し離れた所に立って二人を見つめる。
「燐火先輩、憶えていますか? 先輩の中学最後の卒業記念対抗戦? あれって、わたしの中学との対戦だったんですよ。あのバタイユで燐火先輩、ウチの金と木のフォアネーム二人、木と金と水のトリプルネーム三人、一人で倒したんですよね。本当に凄かったよなぁ」
対抗戦は二校計十チームがクイーン一人になるまで戦い続ける、究極のバトルロワイヤルだ。
残ったクイーンのチームが優勝、一番多くのHPを獲得した者がMVPのこの勝負、そのどちらも燐火が両取りしたのだ。
穂菜南ちゃんは遠い先を見るように、ゆっくりと言葉を繋げる。
「わたし、あの時には対戦相手だったけれど、燐火先輩に憧れてこの学園に入学したんです。本当に頑張って勉強して、ここに来たんです。でも、わたし、来なければ良かった」
「穂菜南?」
「今日みたいな燐火先輩見るくらいなら、こんな学園、来なければよかった。何なんです、このバタイユ? 何で真剣に戦う事が出来ないんですか?」
穂菜南ちゃんの目から涙が溢れてくる。
「パンタグラムスってHP取る事だけが目的なんですか? 将来が全てなんですか? バタイユに勝とうとする努力を怠ってきた人にまで公平にHPを与える事って、本当に平等なんですか? わたし、もう、何もわかりませんっ!」
「穂菜南、落ち着いて。何を言われたんだ? 穂菜南の言ってる事わかるよ、それは正しい、正しいけど」
「わ、わたし、あの時の燐火先輩みたいになりたかったんです! 燐火先輩みたいに、格好良く戦いたくて、思いっきり火の力を使って、みんなで一つになって戦いたかっただけなんです! でも、でも、わたしの家、燐火先輩の所みたいに金持ちでもなければ、名家でも無いし、この学校だって、無理言って通わせてもらっちるんです。だから、だから、言う通りにするしかなかった。学費も免除だって、大学の推薦も考慮するって言われて…」
何となく、穂菜南ちゃが何を言おうとしているのかがわかってくる。
マーズにいる全員がそうなのだろう。一様に俯き、唇を噛んでいる。
「わたし、わたし、そんなもののために、火のプライド、売ったちゃったんです! ごめんなさい、ごめんなさい、燐火先輩! 本当にごめんなさいっ! わたし…」
「もういい、もういいよ、穂菜南! ゴメン、私こそゴメンな。そんな事があったなんて、全然知らなかった。私ってば、自分の事ばっかりで、ここにいるメンバーの事も、新しく入学した子たちの事も、真剣に考えていなかった。私、リーダー失格だよ。ホント、周りが見えないバカだ。だから、穂菜南は何にも悪くない! だから、もう泣くな」
燐火が穂菜南ちゃんを抱きしめ涙を浮かべているのを、私は何も出来ず、ただ同じ様に泣きながら見守るしかなかった。
良くない。こんなパンタグラムス、絶対に良くない。
私は懸命に考えてみる。けれど私の頭は熱を出したようにカッカと熱くなるだけで、何の答えもみつからない。
気が付くとマーズにキルカの姿はなく、結果的にはこの時を境に、キルカがマーズに来る事は二度となかった。




