EP10 残酷な戦い
何回もバタイユを重ねてきたのに、試合前は未だに緊張する。
それは、私だけではないはず。
それに引き換えキルカはいつも無表情で、良く言えばいつだって冷静。
けれど、そんなキルカでさえ、今日は上を見上げ、黙ったきりだ。
今日はいつもとは違う異例のバタイユになる。速く指示を出して欲しい。早くオフェンスをフィールドに放たなければいけないんじゃないの?
焦る私たちの耳に、ようやくキルカの声が耳に届いた。
「みんな、フォーメーションビューを見てくれ」
まるで凍り付いたような声色。ドクリと心臓が大きく脈打つ。
私は慌ててゴーグルの視点を替え、確認してみる。
フォーメーションビューというのは、メニューで敵の布陣をゴーグルで俯瞰するもので、各配置へ散らばったプレイヤーが、エレメンツカラーで示されてた光点として表示される、バタイユには欠かせないものだ。
個人は特定できないが、ネームボリュームだけは確認できる。
その情報に従い敵の布陣のメンバーの予測をたて、私たちの持つエレメンツとHPに相性の良い敵と戦えるよう瞬時にフォーメーションを整える。
それがキルカの今までの役割であり、それはいつも正しく、有効だった。
けれど、フォーメーションビューで確認出来たのは…。
「え!」
言葉を失った。私だけではない。燐火もみんなも青ざめ、絶句している。
本来ならば各エレメンツフィールドに鎮座いるはずの敵のクイーンたちが、水のエレメンツフィールド、JBポンドに四人固まっていた。
そして、その周りを各エレメンツのトリプルネームが二十人以上、クイーンたちを守る様に、ぐるりと囲んで配置されていたのだ。
フォーメンションビューに青、黒、白、黄、四色四つのフォアネームを示す光が、一か所に集まっている異常さ。こんなの有り得ない!
「な、何なんだ、これは!」
さすがの燐火も顔を真っ青にしてキルカの肩を掴んだ。
「ある意味、ジョイントなんてどうでも良い事になったな」
キルカは顔色を変えず、独り言のように呟いた。
「君は知っていたのか、キルカ?」
「アタシだって、ここまでしてくるとは思わなかった。けれど、あの女ならこれくらいやるかもしれない」
これが清水流の企み?
何が話し合われたのかは教えてくれなかったが、燐火が真っ赤になって怒っていたから、今から思えば、今回の事の根回しだったのかもしれない。
燐火は真っすぐな子だ。
ジョイントとはいっても、戦いの流れの中でタイプアースを過度に守る事はしないし、また、タイプアースのためにタイプツリーを重点的に狙う、なんて事もしない。
その布陣に隙さえあればそこを狙って、例えジョイント関係にあるタイプアースであっても戦いの局面においては倒しに向かうかもしれない。
要はバタイユを、パンタグラムスを楽しんでいたのだ。
そして、そんな戦い方をずっと続けていたかったのだと思う。
そんな燐火が、こんな1チームを標的とするようなバタイユに、賛成するわけがない。
だからなのだろう。これはただの集団リンチだ。
私たちは清水流一瀬の意向に従わない反逆者として裁かれようとしているのだ。
キルカが出した指示は一つだけ。
敵陣へは自分一人で向かい、その他のプレイヤーは全員で、燐火をなるべく長い時間守る事。
私たちの戸惑いなど無視するように、試合開始の鐘が鳴った。
物凄いスピードで、キルカがJBポンドに向い突っ走っていく。
いくらキルカとはいえ、立て続けに二十人以上のトリプルを相手にして勝てるはずがない。絶対にクイーンには辿り着けない。
燐火を守るようにした私たちの陣形に、笑っちゃうくらい多くの敵が一斉に襲ってきた。
燐火を背にして私は、自分の仲間たちが懸命にファイヤーソードを振るいながら戦い、倒せども倒せども押し寄せる敵に、力尽きていく様を震えながら見ていた。
昌が、明日菜が、夏美が、自分のピストに絶え間なく飛び込んでくる敵と必死に戦っているが、もう限界が近い。
「朱里、デッドです…」
「デッド、小夏、ごめんなさい、デッド」「こ、小紅、デッド…」
朱里が、小夏が、小紅が、ついには地面に斃れ、踏みにじられている。
フォーメーションビューの赤い点が、次々と消えていく。
生きているプレイヤーをアライブ、倒されたプレイヤーをデッドと呼び、敵に倒された事を告げる、最後の報告が次々と耳に届く。
涙で何も見えなくなってきた。
「くそっ、やられた! 青葉デッド!」「デッド! 早陽です」
味方が倒れ、その空いたスペースから敵が流れ込んでくる。
私のピストに最初に入ってきたのは、タイプツリーのダブル。
初太刀は逃したものの、相手のミスもあって倒した。
次はタイプメタルのダブル、素早い相手で少々てこずったが、何とか倒した。相性を考えると、HPを消耗し過ぎだ。
次の相手はタイプウォーターの黒木水洲穂。水と木のエレメンツを持つ上に、2年生ながら私と互角のHPを持つ難敵。
私は一度だけ攻撃権を得たものの、あとはパラードも出来ず、なすがまま、池野の槍に突かれ、切られ、苦痛に声を上げ、ついに全てのHPを失い、地面に突っ伏してしまった。
ゴメン、燐火、私、守ってあげられなかった…。
痛む身体、薄れゆく意識、かすれる視界の中で、燐火は必死に戦っていた。
もう味方は誰も残っていない。敵はトリプルもいればダブルもいる。一年生と思しきプレイヤーの姿さえあって、楽しそうに燐火へ挑んでいる。
大剣ヘルブレイブは敵をなぎ倒し、なぎ倒し、なぎ倒すも、順番待ちをしながら敵は襲い掛かる。だんだんと燐火の剣は受け返され、攻撃権を奪い取られる。
普段ならば容易に受け流せる相手の剣さえ、ダメージに変わってしまう。
時に地面に倒され、起き上がっても切られの繰り返し。
少しずつ、燐火のHPは減らされ、痛みと疲労で燐火はボロボロになっていた。
美しい、真っ赤なバトルスーツは、もう泥で汚れて茶色になっている。
そして、最期は見慣れない顔のタイプメタルの一太刀で、タイプファイヤーの女王、紅炎燐火の首が取られ、試合終了の鐘が鳴った。
試合開始から、わずか十数分。タイプファイヤー、全滅。
最悪の敗北、だった。




