プロローグ 戦いを告げる鐘
ドキドキ。胸の鼓動が早まる。
これから起きるであろう事を想像しての事か、フィールドに立ち込める空気はパンパンに張り詰めている。今にも張り裂けそうな緊張感の中、私たちは瞬きもせずその時を待っていた。
一人の少女を中心にしてフォーメーションを組む十五人の仲間。
私は振り返り中心に立つ少女の顔を見る。フィールドを舐めるように吹く春の強い風が、彼女の真紅の髪を洗い、それはまるで炎が燃えている様に揺らめいていた。
燃えている? それもそのはず。
だってその少女、紅炎燐火は彼女自身が炎そのもの、火の女王なのだから。
彼女は不安げな私の視線に気づくと、やるしかないさ、と言わんばかりに右腕をグイと上げ満面の笑みを浮かべた。私はぎこちなく笑顔を返すと、仲間たちとお揃いの赤いゴーグルをグッと目深に下ろした。
バタイユの合図は学生棟にある時計台の鐘の音だ。
いつもなら、司令塔=プレイメーカーであるキルカの声が試合ギリギリまでゴーグルのイヤホン越しに届くはずだが、そのキルカは黙ったまま、じっと空を見上げている。
まるで男の子みたいに短く刈り上げられた、少し黒ずんだチョコレート色の髪。
彼女はいつだって私たちに的確な指示を与え戦いをコントロールしてきた。
フィールドで際立つフィジカル、スキル、分析力、状況判断力。
そしてバタイユにおける無類の強さ。
何をとっても突出し、秀でている。
私たちタイプファイヤーのクイーン燐火が頼りきる、絶対的な存在。
そんなキルカの指示も、今回ばかりは意味を為さないかもしれない。
全くの孤立無援。戦略など無意味な、圧倒的な数的不利。
そう、考えうる最悪の状況。
なるほど、あの時キルカが言ったのはこういう事だったのだ。…必然で残酷な結果。
今の私たちは無残に狩られる生贄だ。
「キルカ、私たちどうすればいいの?」
「さっき言った通り、今回のバタイユはパンタグラムスではない。これはただのリンチだ。いいか、陽央子、オマエだけは絶対に燐火から離れるな。おそらくクイーンたちを守るディフェンダー以外は、一斉に燐火を狙いにくる。燐火が殺られる前にアタシがリーダーの誰か一人を倒す。だからそれまでは何とか耐え切るんだ。それが今回アタシたちが出来る唯一の策だろう。とにかくバタイユに時間をかけろ。可能な限り」
「時間をかけろって、どうやって? 同レベルのデストロイ相手にしたら、勝負になんてならないよ!」
「言い訳なんてするな!」
「だって、そうでしょ? 無理なものは無理だよ! それにキルカだって、たった一人で何が出来るっていうの!」
「アタシは出来ないなんて絶対に口にしない。それがアタシのプライドだから。オマエらにタイプファイヤーのプライドは無いのかよ?」
キルカの檄に、みんな言葉を失う。あんたなんかにタイプファイヤーのプライドなんて語られたくない、そんな本音が口をつきそうになる。
その時、明るく元気な燐火の声が届く。
「まあ、どんな状況だって、戦うしかないんだ、思いっきりやろうよ。思い残す事のないくらいに燃えて燃えて戦いきったなら、結果だってついてくるかもしれない。そうだよな、キルカ? でも、最初にみんなに謝っておかなきゃ、だな。こんなバタイユを戦わなければいけなくなったのは、全部私の責任だ。私のせいでこんな事態を招いてしまった。ホント、この通り謝るよ、ごめん!」
「り、燐火」
「みんなには痛みに耐えてもらわなければいけない、辛い思いをさせてしまうかもしれない、でも、それを承知でお願いする。どうか私と共に戦って欲しい。私と共に魂の炎を燃やして欲しい! 熱く、赤く、この空高くまで、炎を上げて燃え上がろうじゃないかぁー!」
「おーっ!」「やるぞぉー!」「燃えてきたぁー!」
「私たちは」
「ファイヤーーーァ!」
火の女王、紅炎燐火の熱い言葉に、私たちの髪も心も真っ赤な炎となり、その一つになった大きな炎はバタイユフィールドを明るく照らした。
そしてバタイユを告げる鐘の音が、春の空に高く鳴り響いた。




