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23.目に見えていた平穏と、意味深な謝罪。

 ここはダンジョンのある世界だということもすっかり慣れた気になって、少なくとも俺から見える日常は、それなりに穏やかに流れていった。


 食べきれなかったイカをちょこちょこと消化しつつ、加工したものを知り合いにお裾分けしたり、相変わらず人口密度が高いままの下鴨ダンジョンの探索を無理のない程度かつ生活にゆとりを持てる水準でキープを続けて、時間的に出来たゆとりで、それぞれの鍛錬やダンジョン知識の補完に努め、そして時々遊びにいったり、美味しいものを食べたり。


 その平々凡々とした恵まれた日々の中でも、もちろん悩みのタネみたいなものはあるわけで。


 一つは将来。これはとても漠然としていて、アオイとそのうち話さなければならないなと思っている。


 そして、それを話し出せない理由でもあるのだけど、最近のアオイの様子にほんの少し違和感を覚えているということ。


 いや、特別何が違うということは無い。


 前にも増して調べ物や考え事の時間が増えていたように感じられる。といった程度の些細な変化。


 まぁ、それを除けばいつも通りだし、最近はソファに座るときなんかも結構近くて、隣で本を読んでいてコチラへもたれかかったまま平気でうたた寝したりする。


 距離感で言うとむしろ近くなってドギマギしたりするわけだ。

 長い間一緒にいるから俺に害はないとでも思っているのか、アオイの警戒心が仕事をサボり始めているのだろう。


 しかも季節は夏。それなりに薄着なんだよ。


 家の中ではまぁまぁ油断の多いアオイである。詳しく書くのは嫌だけど、お腹出したまま寝るのはしょっちゅうだし、ズボラして四つん這いで移動したりするものだから、ティーシャツの襟元や裾からね。まあ、不意に結構見えたりするんですよ。


 おかげで俺の自制心の仕事は山積みなわけだ。


 ……いかん。話を戻そう。


 そんなふうにほとんど変わりはないんだけど、やはり何が思い悩んでいるように見えることがあって、一度聞いてみたことがあった。


「心読丸のことか?」


 つまり、イチカの心のわだかまりについて。


 これは俺のもう一つの悩みのタネでもあったし、アオイの違和感ともタイミング的にもさほどズレがなかったし。しかし。


「はい。()()()何とか出来ないかと調べてみてるんですが、どうにも……」


「うん。俺もそんな感じだ」


 心読丸については俺も一応調べてはみたが、画質の悪さはもとより、相対した冒険者たちの行動にも不可解な部分が多く、俺の経験や知識量では判断というものを下せない。


 そもそも前提として出会ったものは誰も生きて帰ってない。死亡率100パーセントは伊達じゃなく、勝ち筋の見えない戦いは挑むべきではない。


 その保身はもちろん俺たちのためでもあるけど、同時にイチカのためでもある。


 俺たちが心読丸を倒せばイチカのわだかまりのようなものが多少は和らぐのかもしれないし、例えば俺がひと月の間ランニングマシンに乗り続けて生活するとか、指の一本や二本を引き換えに間違いなく心読丸を倒せるというような個人の苦行であれば喜んで引き受ける覚悟はある。


 だけど、賭けるのは俺たちの命で、その勝率は限りなく低い。

 イチカからしても親父さんの復讐を望んでいるわけではないだろうし、きっと俺たちがそれをすることなんてもっと望んでいない。

 多分怒られるし、殴られるかもしれないし、絶交されるかもしれないし、墓の前で泣くのも濃厚。

 変な言い方になるけど、あいつのためにも、もちろん俺たちのためにも、俺たちは俺たちを軽々しく扱ってはならない。


 そんな風に結論づけて、この件については十分に納得していた。


 だけと、アオイの言葉には小さな引っ掛かりを覚える。


()()()何とか出来ないかと――』


 じゃあ他には何を調べているんだろうか?と気にはなったけど、言い淀んで自分から話したがらないのだから突っ込んで聞くことは憚られた。


 きっと、時期が来ればちゃんと話してくれるだろう。


……と、思うんだけど。




※※※


 そんな風に過ごしているうち、盆地という地形のおかげで嫌というほど熱の溜まる京都の夏も本番を迎えて、鴨川沿いも納涼床を楽しむ人や、水遊びをする子どもたちで賑わいを見せていた。


 季節の行事で言うと、七月の半ばには祇園祭も控えている。


 いや、その言い方だと語弊があるな。


 細かいことを言っておくと祇園祭自体は七月の頭から末までぶっ通しで行われている。


 街の中心地が歩行者天国になって出店が立ち並び飾られた山鉾を眺めるような、あの賑やかでお祭り感のあるいわゆる祇園祭はその中のおよそ二日のことで、まぁ、京都の人間でも熱心な人を除けば祇園祭と言えば大体はその日のことを指しているわけなので、神事として興味がなければ気にする必要もないのだけど。


 京都人として失格な物言いだけど、実際のところ蓋を開けてみればそんなものである。……怒られるかな?


 まあ、そんな季節になったのである。


「クルリさん。今日は一体どうしたんでしょうね」


「さあ。要件は聞いてないんだよな。見せたいものがあるから八坂神社の前まで来てくれってだけだったし」


 俺たち二人はクルリからの突然の電話で呼び出され、待ち合わせ場所である有名な神社へと歩を進めていた。


 四条河原町という交差点を東へ真っ直ぐに行くと、歌舞伎などの公演が行われる南座があったり、祇園の石畳では白塗りのお嬢さんたちが闊歩していたり、有名なあぶらとり紙の店があったり。

 観光や修学旅行などで訪れた多国籍な人々の波に揉まれつつ進んでいくと、正面に見えてくるのが八坂神社である。


 緩やかな石段の上には朱塗りの西楼門が目を引き、記念撮影をする観光客たちに紛れて石柱の裏から覗き込む不審者みたいなクルリを見つけた。


「変なとこ隠れてどしたの?」

「声をかけられて面倒だった。待ち合わせ場所間違えたね。わざわざありがと。さ、こっちこっち」

「お、おう。慌ただしいな」

「僕は何故か修学旅行の子たちに(たか)られるから。本当に相性が悪い」

「何だかわかる気がしますね。男の子も女の子も好きそうです。中性的な天才刀使いですもん」

「やめてよ。なんかバカにされてる感じがする。そんなこと言うと『アオイが居るぞー』って叫ぶよ?」

「アホか。お前もワヤクチャにされるぞ。そして俺は数少ないオジサンファン一人くらいと握手して暇を持て余しつつ、ほんのりジェラシーを抱くのがオチだ」

「何それ、快適さを自慢してる?」

「どう考えても自虐だよ」


 適当な挨拶もそこそこに、クルリはもちろん大声を出すことなんてせずに、八坂神社の裏手へ続く道へと俺たちを連れ出す。


 そして目にした光景にハッとして、アオイにだけ聞こえる声で話しかける。


「こっちの世界、円山公園も無いんだな」


「あ、なにか変だと思ったらそういうことでしたか」


 円山公園というのは元の世界で八坂神社の真裏にあったはずで、お花見の名所として知られていた。

 

 だけどその公園は跡形もなく、後ろにある東山から続く鬱蒼とした木々があるだけだった。

 そしてその森へ入る道は見当たらず、百何十年も前からそこにあるような鉄柵と厳重な門に囲まれていた。


 門へと近づいたクルリは慣れた手付きで大きな錠前を外して俺たちを招き入れ、なだらかな傾斜が続く森の中を進んで行った。


 どこへ向かうのか聞かされていない俺たちは、秘匿されたハイキングのような気分で少しワクワクしながらも、次第に薄暗くなり、放置された倒木やビニール製のゴミなどが殺伐として見える風景にヒンヤリとした薄気味悪さを感じ始めていた。


 そして、しばらく歩いていくと建物が見えてくる。

 ボロボロの洋館だった。


 割れた窓には引き裂かれたカーテンがたなびき、外壁は苔や蔦で覆われており、まあアレだ。手を入れる前の俺たちの家よりも余程明確に幽霊屋敷然としていた。


 そして案の定クルリはその家の玄関扉に手をかける。


「……死霊館も真っ青ですね。もしかしてクルリさん。この家住んでます?」


「……まあ、そういうことになるのかな」


「お前の神経どうなってんの?こんなの、霊感なくても見えちゃうだろ。俺、マジで怖いんだけど」


()()()出ないよ」


「……不吉な言い方だな」


 クルリは何も答えず扉をくぐり土足のままで荒れたロビーを進み、促された俺たちは不気味さを感じながらもそれに続いた。


 広いロビー。カーペットの捲れた大きな階段や、パーツの足りないシャンデリア、所々に見事な彫刻の施された石板のレリーフが見受けられ、明治やら大正やらの社交界を思わせるような凝った内装だったことが伺える。


 今となっては、ミステリーやホラーで出てきたとしても演出過剰を指摘されそうな荒廃ぶりだが。


 そして、大きな階段の裏に回ると、中には物置でもありそうな小さな木製のドアがあった。


 するとクルリは自分のスマホを取り出して、ドアノブあたりに近づける。


 古めかしい木製扉に何故スマホ?


 そんな疑問もすぐに解消された。


 ガチンと電子ロックが外れた音。開かれた扉のウラ側にはステンレス製の現代的な扉があったのだ。


 木製の扉は飾りのようなものだったわけだ。


 そしてその先には狭い下り階段が続く。


 こんな仕掛けまでしてここには何があるんだろう。

 アオイと目を合わせると、彼女は小さく首を振った。

 その疑問もそのうち晴れるだろうと身を屈めながらクルリに続くと、後ろの扉が閉まると、


 ――ガチャリと自動でロックがかかり、俺たち二人は少しビクッとしつつも、先へと進むクルリへとついて行く。


 しばらくすると、不意にクルリ半身でこちらを向き、「……ゴメンね」と呟いた。


「は?」


 なんのことだかわからない俺は多分間抜けな顔をしてたんだと思う。


 だけどクルリはそれを笑うこともなく、辿り着いた扉のドアノブに手をかけながら、至って真面目な表情で懺悔した。



「……僕は、僕の成し遂げたいことのために、君たちにとってはとてもズルいことをするつもりなんだ」






お読みくださりありがとうごさいますm(_ _)m


皆さんから頂いたブクマや評価や感想などとても励みになっていまして、私に足りない自信やら勇気やらを補いつつ、背中を押してもらってる感じです。

本当にありがとうございます。


引き続きお楽しみいただけましたら幸いですぜ!

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