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12.タナカ、ニシ姉妹、進軍のラッパ

 ダンジョンまでの短い道のりではギャラリー達がロープの外から冒険者(クロウラー)たちに声をかけている。


 これから雇われた冒険者に護衛されながら三層にある封鎖ポイントまで移動するらしい。


 ゾロゾロと歩く冒険者達の顔は真剣で、それぞれ作戦や決意を語り合っているらしく、先程の抑圧された緊張から開放されたかのようにざわついた喧騒が、試合前の興奮を物語っていた。


 俺とアオイも打ち合わせた内容を再確認しながら皆に続きダンジョンへと入っていくと、近寄ってきた女五人を引き連れた金ピカの男に声をかけられた。


「おい悪党」


 俺に話しかけてきているような気はしたけど、俺じゃない可能性あれば振り向いてやる謂れもないし、何よりアオイと話していたので無視していると。


「おいお前。何無視してんだよ。俺が話しかけてやってるんだぞ。それとも人間性だけじゃなくて耳まで悪いのか?」


 ああ、これは俺だ、俺に話しかけてるな。そう思ってイラッとしたけど振り向いてやるのが余計に面倒になったので無視し続ける。


「おいクソ雑魚。いい加減にしろよ?……人殺しのクセしやがって」


 その瞬間、驚いたことにアオイがそいつの方へ飛び出しそうになったが、その腕を掴まえる。


「だってイナホさん!」


 憤ってくれるアオイを諭すように笑いかける。


「良い良い。好きに言わせとけよ。俺はあんまり気にしないことにしたから、アオイもあんま気にすんな。顔が地味すぎるからって金色の鎧兜で個性出そうとして恥ずかしい感じになってるやつに何言われても気になんねぇよ」


「キサマァ!俺をバカにしてるつもりかぁ!」


 金色の男タナカは怒りを露わにして怒声を上げた。


「いや、お前が散々言ったことに比べりゃかわいいもんだろ。それとも何か?マジで気にしてんの?」


「……黙れ。それ以上口を開いたらどうなるかわかってるのか?」


 タナカは拳を握り怒りを滲ませる。


 何だこいつ。

 頭イカれてんのか?

 初対面の相手にテレビ知識の憶測で絡んできたと思ったら、今度は口を開くなって。

 自分勝手な子供の言い分である。

 まるで反抗期の子供を相手にしている母親のような心境である。

 いや、そこには愛も関心もないから鬱陶しさしか感じないわけだけど。


「……お前話には聞いてたけど相当だな。悪いけど関わり合うつもりも無いから。それでいいだろ?」


 俺がゲンナリしながらそう言うが。


「調子に乗るなよ雑魚?お前に用がなくても俺にはあるんだ。……この勝負で勝って増長したクズ人間。つまりお前の鼻っ柱を叩き折ってやる。そして、アオイを貰い受ける!」


 タナカは俺にビシッと指を突きつけ、プルプルと怒りに震えながら宣言した。


 取り巻きの女は「さすがー」とか言っているが、目は完全に笑っていない。

 アオイを睨みつけるものもいれば、後ろでは無関心に自分の爪を見つめているものもいた。


 どうやらこのハーレムは欺瞞に満ちているらしい。

 実際に愛があるのかは知らないけれど、少なくともこの宣言に賛同しているものは一人として見当たらなかった。


 そして、当のアオイと言えば。


「嫌です」


 キッパリと真顔で答え、それを受けた女性陣の顔はホッとするものや頷くもの、笑いを噛み殺すものと様々。やはり一枚岩ではないらしい。


 俺は、その時すでにタナカに同情をし始めていた。しかしタナカは慈しみの表情を浮かべて食い下がる。


「大丈夫。安心して。きっと酷いことをされて脅されているんだろう?僕が助けてあげるからね」


(イナホさん。こいつ真性のやばい人です)

(だな。通報してえ。関わるの面倒すぎるからやり過ごすぞ)

(お願いしていいです?私ちょっと厳しいです。ゾッとして湿疹出そうです)

(んー。わかった。やってみる)


 アオイとそんな感じのアイコンタクトをしてから、なるべく穏便に済ませようと意を決して口を開く。


「あのー。お前ちょっと面倒くさ……いや、アオイがお前のことキモがっ……じゃなくて、…………もうそろそろ行ってもいい?」


 何とか丁重に断ろうとしたけど、うまく言葉が出てこずに諦めてしまった。

 言ったあと、アオイは隣で手を口に当てて吹き出すのを我慢してるし、俺は俺でしまったなぁと思っていたら。


「キサマァ!その喧嘩買ってやるぞ!」とタナカが怒りに顔を染めて胸ぐらをつかもうと手を伸ばしてきた。


 俺も仕方なく避ける準備をしていたのだけど、俺たちの間に薙刀の長い穂先が割り込んできた。


「なあ金ピカ。アンタええ加減にしときや?」


 タナカはピタリと動きを止めて、薙刀を持つキャップを被った見覚えのあるチビっこい女の子を睨みつける。


「……何だキサマは」


「キサマて。……アンタ漫画の読みすぎちゃう?さっきから聞いてるけど正直キモい。……ってか、今、妹が運営に言いに行ったしこのへんで引いたら?」


「キサ、……お前!ペチャバイ風情が口を出すな!」


「ははっ。むっちゃ腹立つ。ほんま殺したろかな」


 ちびっ子は剣呑に笑いながら薙刀をスッと持ち上げる。

 俺はそれを見て慌てて止めに入った。


「ちょい待てニシさん。仲裁に入って喧嘩してどうするよ」


 するとニシさんは薙刀を下ろして驚いた顔でこちらを見た。


「あれ?君、ウチのこと知ってんの?」


「アーカイブで見ただけだけどな。お姉ちゃんのほうだろ?確かリンさん。あ、置いて行かれそうだから歩きながら話そうぜ」


 そう言って俺たちは何事もなかったかのように歩きだすと、ニシさんもまた隣に並ぶ。


「……そやな。でも初めて会って見分けられたとかなんかビビるわ。ストーカーちゃうん?ってか、さん付けされたら鳥肌立つし名字で読んだらルンと区別するのややこしいからリンでええよ」


 そう言って嬉しそうに笑ったから、多分ストーカー云々はキツめの冗談なんだろう。

 ちなみにルンと言うのは今運営にチクりに行ってるニシさんの双子の妹のことだろう。見た目の鋭さで見分けがつく。鋭いほうが姉のリンでホンワカしたほうが妹のルン。


「おう。じゃあリンな。俺はイナホでコッチはアオイ」

「どうもアオイです」

「あ、知ってるわ。ちょっと前テレビでむちゃ出てたもん。テレビで観るよりむちゃかわいいやんか」


 その言葉に耳を赤くしたアオイ。


「……ちなみにイナホさんはちっちゃいおっぱいも好きですよ」

「アオイちん。何を言ってるんだね?」

「せや!あんたが言うたら嫌味やからな!?」

「えっと。でもイナホさんって確か大きさよりもバランス派だって。全然無くても気にならないんですよね?」

「いや、確かにそうなんだけど。それ誰が言ったよ」

「あ、その、とある男性……いえ、男性っぽい女性に聞きました」

「イライザ一択じゃねぇか」

「ホンマに言うたんか?」

「何でお前は詰め寄ってくるの?」

「そこはハッキリさせとかなアカン思て」


 完全に話が逸れていく中、会話を遮るタイミングを逃し続けた男が叫ぶ。


「キサマらぁ!バカにするのも大概にしろ!」


 顔を真っ赤にしたタナカである。

 スルー作戦失敗でござる。


「なんだよ。しっかり付いて歩いてたのか」


 ため息混じりにそう言った時、前の方から列を逆行するもうひとりのちびっ子ルンが見えた。


「おったー。運営さんあそこ見てー、あの金の人がな〜……」と呑気な説明をしている。


 それを見たタナカ。


「クソ野郎がふざけやがって!いいか?俺とお前達の出来の違いを見せつけてやるから覚悟しとけよ?赤っ恥をかかせてやるからな!そして必ずアオイは俺が貰う!」


 そう言って取り巻きの女とツカツカと行ってしまった。

 しかし、メガネの女の子だけがタナカにバレないように俺のもとへやってきて、腕を掴んで耳打ちをしてくる。際どい衣装から漏れる柔らかきものがムニュウと押し付けられた。


「ゴメンね。酷いやつでしょ?アレで強くなかったらただのチン○スなんだけどさ。それは良いとして、金曜日以外の夜は暇してんだ。今度連絡くれないかな?ふふ。待ってるからね」


 そう言って小さな紙を俺の手に持たせて、ステステと走っていってしまった。


「……は?なんのこっちゃ」


 唖然としながらその紙を開くと、メールアドレスらしきものが書かれていたのだけど、女性陣から好奇の目で見られていることに気づいて、慌ててメモをポケットに押し込んだ。


「……しょうもな。鼻の下伸ばして。結局巨乳やん」


「ふ、ふぅ。おかげで助かった」


 リンのボヤきは聞こえないことに、アオイの視線は素知らぬふりをして、何もなかったことにしていると妹のルンが合流して軽く挨拶を交わす。


「せやけどなあ、ウチ、ジジョウ知らへんけどなー?ニイちゃんもアカンのかもなーと思って。だってな、喧嘩したときはお互いが悪いてオカンがいつも言うねんもん。大体リンが悪いと思てんねんけどな。だって冷蔵庫にプリンあったら食べるやん?二つあったら普通二つ食べるやん?やっぱりウチ、悪ないと思うねんけどな〜」


「いや、急になんの話ししてるか判らんけど、話は逸れてるし、プリンの話は一般的に言うとお前が悪いと思うぞ」


「せやでルン。ええ加減反省せえ。ほんでちゃんと買い直せ。ついでに買い直したやつを食うな」


「え〜。なんか不公平な感じするー。リンよりウチの方がプリン好きやしな、ウチが食べたほうが世界的に見て幸せの総量が増えると思うねんな。1プリンあたりリンが1幸せやとしたらな、ウチが食べたら3幸せが加算される仕組みやねん」


「アホか。ウチかて3幸せや。しかもそれやったらウチが5不幸せなってマイナス2幸せやろ?アホのクセしてカシコいこと考えようとすな。自分らこのアホどう思う?」

「待って待って?ウチの()()()が大人やんな?」


 ヒートアップする二人に話を振られた俺は即答した。


「家でやれと思う」


 そんな感じで一行は問題なく三層にたどり着き、下鴨の一層に近い形状の洞窟型を進み、封鎖された扉の手前に設営されたキャンプまでやって来た。

 そのキャンプより少し先に進むと、背後に厳重な柵が敷かれて冒険者(クロウラーたちは扉の前に取り残される形となる。

 扉が開かれれば、この場所も戦場になるらしい。


 そして、開始時刻までの数分をそれぞれに過ごす。

 リン・ルン姉妹はすでにスタート地点の最前を占拠しに駆け出していて、周囲もそれに習って熾烈な場所取りを始め、気の荒いもの達が揉め始める。

 俺たちは開始後の乱戦で事故に巻き込まれないように後方に位置取った。扉が開かれた瞬間にモンスター達が飛び出して来かねないし、血気にはやる冒険者(クロウラー)の攻撃に巻き込まれないとも限らない。

 これは事前に決めていた作戦である。安全第一主義は新人戦でも変えるつもりはない。


 辺りを見渡してみればソワソワと足踏みをするものや、グッと縮こまって震えながら乾いた唇にリップクリームを塗る者、顔を青くして吐き気を堪えるものまでいた。


 数十台のドローンが体育館ほどの空間にひしめいているものだから細かな羽音が五月蝿くて耳につく。


 高まる周囲の緊張感にこちらまで息が詰まりそうになりながら開始の時を待った。


 そして、扉に設置された魔道具が噴き出す蒸気のようにプシューと大きな音を立てて解除された。


「イナホさん。頑張りましょうね」

「おうよ。終わったらちょっと良いもん食いに行こうな」

「じゃあ、……辛い中華料理とかですかね?三条東大路の所が良いです」

「慎ましいな。でも食いたくなってきたからそれにしようか」

「へへへ。楽しみだ」


 運営の人間数人がラッパで景気のいい進軍のメロディを奏で始め、それが終わったと同時に扉は勢いよく開かれた。


 いよいよ【新人戦】が始まったのだ。

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