9.淀み具合。とでもいえばいいのか
クルリ訪問の翌日はリハビリとスキルの試し打ちを兼ねて下鴨の二層と三層を中心に潜ってきた。
アオイが【破裂】を習得したときの苦労と発動のコツなんかを聞いていたからだと思うけど、さほど苦労することなくスキルの使用に漕ぎ着けた。
そしてアオイに比べると使える回数が多い。細かく出しやすいって感じかな。
あとから調べてわかったんだけど、スキルにはそれぞれ性質みたいなものがあって、一度の魔力の出量が多い【破裂】に比べて【淀み】は出量が少ないことが理由らしかった。
まぁ、アオイのものと比べて決定力なんかは皆無なわけだし、細かく出したところで効果は少ないし、まだまだ扱い方もピンときてはいないけど、どうにかして使えるところまで持っていこうと思っている。
そして、ある程度の実践感覚を取り戻した俺たちは、今日から伏見ダンジョン探索へ乗り出したわけである。
※※※
「すごい人ですね」
「だな。下鴨よりも賑わってるって所は前の世界と変わんないか」
俺たちは石段を上り、様々なお店が並ぶすっかり変わってしまった伏見稲荷大社に驚きながら、ダンジョン内で使うアイテムの買い物を簡単に済ませてさらに石段を上って行く。
そして現れたのはかの有名な千本鳥居だ。
「ここを潜って行くとダンジョンに繋がってるんですよね?」
「ってことらしいけど。地続きになってるなんて変な感じだよなぁ」
なんてことのない会話を交わしながら赤く塗られた無数に続く鳥居を潜り歩き始めた。
鳥居の下を進むにつれて、昼間であるにも関わらず隙間から見える木々の景色が徐々に暗く退廃的な風景へと移り変わっていった。
「一気に外がダンジョンへと変わるんじゃないんだな」
「すると、今見えてる風景は現世とダンジョン世界の境目というか、混じり合ってるような感じですかね?」
「そういうことかも。やっぱりよく解らないというか、アリスじみた不条理な世界というか。……なんか空気変わってきたからそろそろ準備しとくか」
「はい。一層とはいえ初めての場所ですからね。慎重に行きましょう」
そう言ったアオイは新たに手に入れた【人魂ランタン】を取り出して宙に浮かべる。普通のランタンとは違う青白い光があたりを照らし出した。光量も問題ない。
俺は鉈一を、アオイはクロスボウを構えてからお互いの顔を見て軽く頷き合った。
そしてしばらく歩き鳥居を抜けると、広がる景色は暗い森。
いや、森と言うには生命力があまりに乏しいか。
朽ちた木や、それに絡まる枯れたツタなどが殺伐として、なんとなく死後の世界を想起させるような薄ら寒い景色だった。
下鴨とは反比例するように、外の賑わいに比べてダンジョン内に冒険者の姿が見当たらないのも寒々しく感じる原因だろう。
「……そっか。初心者向けの下鴨と違って入口で待機する理由なんて無いですもんね」
「ああ、なるほどね」
あたりは真夜中のように静か。
足を進める度に聞こえる枯れ枝の折れる音と自分たちの声が暗闇に吸い込まれていくようだ。
手元に用意した地図を頼りに枯れた森をしばらく進んでいくと、木々の向こうから物音が聞こえて立ち止まる。
「……早速来るぞ」
「……はい」
それぞれに武器を構えて襲撃に備えると、暗闇の向こうから聞こえていた一人分の足音が突如荒々しい物に変わった。
――ザッザッザッザッ
闇の中には小さな二つの青い灯火が動きに合わせて揺れながら近づいてくる。
「……走ってくる」
そう口にした時、暗闇から現れたのは人骨。黄ばんだ体のあちこちに腐肉や泥をこびりつかせたナマナマしさで、眼を青白く光らせて飛びかかってきた。
「【生きている骸骨】!」
アオイはそう叫びながらクロスボウの引き金を引く。
しかし、的確に胴体へと吸い込まれたその矢は、カカン!と音を立て、骸骨の動きを止めはしたものの、食べ残しのチキンが腐ったような汚いアバラ骨の間に挟まるに留まった。
【生きている骸骨】は痛がる様子もなく錆びた長剣を構えて再度走り出す。
「やっぱり通用しませんか」
アオイの声が聞こえたときには俺はすでに走り出していた。
飛び出した俺に合わせるように袈裟斬りに振り下ろされた長剣の軌道を変えるように受け流し、返す刀で骸骨の首にナタを叩き込んだ。
バキと頚椎が砕けた拍子、頭蓋骨が落下するかと思ったのも束の間。
薄く青白い光が頭部と胴体を結び、緩やかに頭骨を元の位置へと戻そうとする。
そしてその間にも骸骨の長剣は俺の脇腹へと迫っていた。
だけどそんな非動物的な動きは予習済みだ。
剣先が届くよりも早く胸部を蹴り飛ばすと、バランスを崩した骸骨は大きく後方にたたらを踏んだ。
何とか倒れずに踏みとどまった骸骨は、距離があるにも関わらず再度長剣を振りかぶり――。
「……嘘だろ?」
――錆だらけの長剣をこちらへと投擲した。
勢いよく回転しながら迫る長剣の軌道を見極め、横っ飛びでそれを躱す。
「武器捨てるとか馬鹿じゃねぇの?アオイちん。想定より早いけどこいつで試していい?」
武器を失った骸骨は、それでもお構いなしに突っ込んで来る。
「オッケーです。一応注意してくださいね」
「はいよ」
本当はもう少し伏見ダンジョンに馴染んでからだと思っていたけど、相手が武器を捨てるなんて馬鹿をしてくれたんだから好きにさせてもらう。
「【淀み】」
迫りくる骸骨の足元目掛けて灰色に光る左手を振るうと、重たく歪んだ空気が投げ出された。
不可視……ではないが、これほど暗いとよく見なければ判らない。その上【生きている骸骨】の知能の低さがあれば……。
思惑通り。迫りくる骸骨が【淀み】に右足を突っ込んだ。
――ドロリ。
足を絡め取られた骸骨は勢い余って大きくバランスを崩し、ガシャポキと音を立てて転倒した。
俺はその背中に全体重を乗せたブーツで踏みつける。
ボキボキ!ガシャ!バキッ!
何度も何度も踏みつけて、再生なんて追い付かないくらいに粉砕すると、核である魔石が外れて機能しなくなったのか、眼窩の灯火はスゥと消えていった。
つまり、俺たちの勝ちである。
「……だいぶ上手く出来たと思うんだが」
乱れた呼吸を整えながら俺がそう言うと、アオイが近寄って笑う。
「ふふふ。今までが散々でしたもんね」
「素直に褒めろ」
「褒めたら褒めたで照れちゃうくせに」
「……確かにそんな気もするな」
落ちていた魔石を拾って振り返ると、アオイはニコリと笑って右手を上に向けて差し出していた。
そして一言。
「ナイス【淀み】」
俺はその手をパチンと叩いて「おうよ」と笑った。
俺たちはその日、伏見ダンジョンに慣れるためにも一層での狩りを続けた。
初めて出会うモンスター達との戦いにくさや緊張感はあったけれど、慣れさえすれば下鴨一層と二層の中間くらいの難易度だと思う。
伏見の二層より上はこれまでに無かった状態異常持ちが居るので単純に楽観視はできないけれど、その対策自体は出来ているし、つまり、自分たちの実力が伏見ダンジョンでもどうやら通用するらしいぞ?と、少なからぬ手応えを感じた探索となった。
なお、剥ぎ取れるモンスター素材が少なかったために、今日の稼ぎは悲しいものであったとさ。
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