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第85話 アーティファクトと魔石接続

「わかりました、討伐には参加します。……しかし、私も常にフォトレンのギルドやその付近にいることはできません。遠出をする可能性もありますし、毎日ギルドに顔を出すのも大変なので」


 数年間の間、いつ来るかもわからない大発生のために縛り続けられるのは遠慮したい。


「しかし、カエデさんにはフォトレン付近にいていただかないと、現在の情報網では……」


 テュポーネさんが反論する。当然だ。

 被害を小さくしたいのは俺も同じだし、ギルドは国の組織に近いので、俺よりも切実にそう考えているだろう。

 そのために俺が考えていた提案をすべく口を開いた時、予想とは違う方向から反論があった。

 ギルドマスターのブレイバさんだ。


「いや、そのような理由で冒険者を縛ることはできない」


「しかし、緊急時ですよ。他に手がないわけですし、カエデさんに協力してもらうしか……」


「ドラゴンの件はともかく、これは都市単位の問題で、しかもカエデから離れた場所で起きることだ。協力してもらうならありがたいが、数百キロも離れた都市の救助を強制はできない。カエデは強力極まりない戦力であることに間違いはないが、騎士などではなく冒険者だからな。分かっているだろうが、今までが頼りすぎだったのだ」


 それを聞いて、会議はまた静かになってしまった。

 ギルドの規則を細かく知っているわけではないが、恐らくブレイバさんが言っていることは正しいのだろう。

 誰も反論できず、テュポーネさんも黙って下を向いている。

 そういえば、自由は冒険者のウリの1つだったっけ。

 冒険者が直接国や街から依頼を受けず、緊急の場合でもギルドを通しての依頼という形になるのも、自由を守るためだという話をどこかで聞いたことがある。

 ……しかし、俺は別に大発生の場所を見捨てると言っているわけではない。


「いえ、俺は常にフォトレンにいるわけではありませんが、要は代わりの連絡手段があればいいんでしょう?」


「それがないから困っているのだが……まさか、あるのか?」


 ブレイバさんは、『何を当たり前のことを』と言いたげな顔で返してから、ハッとしたような顔をしてこちらを見た。


「万能とはいきませんが、遠くへ情報を伝える手段はあります」


「……アーティファクトの類か?」


「いいえ、これです」


 俺が取り出したのは、対になった2つのアンカーだ。

 それを見て、はじめは参加者のほとんどが困惑の表情を浮かべる。

 しかし、情報を伝える手段と言われたことで、研究者組はアンカーの新たな用途に気が付いたのだろう。困惑の表情は驚愕に変わった。

 二名ほど思わず立ち上がりかけてしまったのか、椅子でガタッと音を立て、また座り直した者もいる。

 研究者以外の面子は困惑のままだ。

 メルシアには必要なら広めてもいいと言っていたはずだが、この様子ではそうしなかったようだ。


「これは普通のアンカーです。普通の使い方では、二つがリンクして互いの位置を示すわけですが、こうして片方を壊すと」


 俺は言いながらアンカーを持った手に力を込め、片方を砕く。

 距離が近いせいか、相方のアンカーの色はすぐに消えた。


「もう片方の色が変わることで、何かあったということが分かるんです」


 これでほぼ全員が話を理解したようだ。

 周囲から声が上がる。


「魔道具を壊して使うとは、またすごい発想だな……」


 今まで誰も思いつかなかったのは、魔道具の使い方について先入観があったせいではなかろうか。


「古文書の件といい、カエデさんはなぜ研究者ではなく冒険者に……」


 俺が冒険者じゃなかったら、今頃この国は小さいドラゴンによって高純度なミスリル鉱床に変えられていることだろう。


「魔石製のアンカーを素手で握りつぶした……?」


 問題はそこじゃないと思う。


「ともかく、これの片方をフォトレンギルドにおいておけば、俺はギルドに戻らずとも、事態を確認

 できるわけです」


「素晴らしいな……しかしあまり離れていると移動だけでも、……いや、カエデに限ってそれは問題にならないか」


「ええ。二週間あれば、大陸を端から端まで往復するくらいは余裕でしょう。普段は音の速度を超えない程度ですが、周囲の被害を考えなければ更に上がります」


「音の速さ……いや、それだけの速度があれば十分だ。救助のために被害を出していては本末転倒だからな」


「確かにこれはAランクでは済みませんね……」


 こんな感じで、俺の提案により会議は無事終了を迎えた。

 その際アンカー通信を商会の方で使っていいか聞かれたので、了承しておいた。

 新しい道具ならともかく、新しい利用法で金を取るのは面倒そうだったからだ。

 アンカー以外にも金儲けの方法は他にいくらでもある。

 俺が自由に動けることのほうがずっと大切だろう。



 こうして晴れて(大発生の時を除けば)自由の身になった俺が初めに取り掛かったのは、アーティファクトの制作だ。

 戦闘は十分やったので、わざわざ行く気にもならないし、それに引き換えアーティファクトの制作は新しい分野で、なかなか面白そうだというのがその理由だ。

 加えて、メイプル商会の魔道具部門は小規模ながら技術力が高いと評判……らしい。

 それに関する情報も、会議の後で関係者に公表されている範囲はあらかた調べてきた。

 とはいえ、その情報はあくまで古文書から出てきた範囲と、ギルドで行われた基礎的な実験に関するものくらいだ。

 そこから先は企業秘密が絡んでくるので、自前で研究開発を進める必要がある。


 ということで早速カトリーヌの元へ行き、実験に取り掛かる。

 ちなみに商会には他の職人もいるが腕はカトリーヌに及ばないため、量産の必要がない実験に関しては助手程度の扱いとなる。


「アーティファクト制作については、どの程度理解してる?」


 どの程度の説明が必要かを判断するため、とりあえず聞いてみる。


「限定公開で行われた実験に関しては全て。古文書の情報はあまり覚えていませんが、基本構造と『集中魔灯』や『蒼炎』など、実験に使われた魔道具はわかります」


 基本構造とは、古文書の設計図によく出てくるいくつかの構造につけられた呼び名だ。

 アーティファクトはその構造の数によって、1構造、2構造、3構造……と分類されており、現時点では2構造まで複製の成功例が存在する。

 まあ、電子機器でいう部品のようなものだろう。

『集中魔灯』や『蒼炎』は、複製が成功している2構造アーティファクトの名前だ。

 ちなみに、おなじみの『魔灯』など、古文書の解読前から複製が行われていたアーティファクトは、全て1構造である。

 魔凍は3桁構造で、数えるのも嫌になるような代物だったと思う。

 しかし、古文書の解読から2構造アーティファクトの制作までにはかなりの実験が行われていたはずだ。

 その全てを知っているとは、カトリーヌは研究者にでも転職しようとしていたのだろうか。


「なんでそこまで知ってるんだ?」


「ドラゴン関連の仕事が終わった後、私たち魔道具職人は一度集まってアーティファクトについての説明を受けていますから」


 つまり、俺が討伐に出た段階でアーティファクトの開発と参加団体は決まっていたということか。

 それなら話が早い。


「じゃあ、とりあえず2構造から実験してみるか」


「2構造は私も成功しています。大きめの魔石が必要ですが……」


「手持ちで大いのとなると……これだな」


 そう言いながら、一匹目のドラゴン討伐後に出てきた亜龍の魔石をアイテムボックスから取り出す。

 直径は50センチほどだ。

 最も大きいものは一匹目のドラゴンから出てきた黒い魔石だが、あれはなんだか嫌な予感がするので使わないでおく。


「……なんだかすごい魔石ですが、これは亜龍のものですか?」


「小さいドラゴンを倒した後に、2匹まとめて出てきたんだ。手持ちではこれが一番大きいな。これでいけるか?」


「そんなものとまで戦ってたんですね……しかし、ジャイアントスパイダークラブくらいのもので大丈夫ですよ」


「そうか。じゃあ蒼炎を頼む」


 大きい魔石をアイテムボックスに放り込み、直径30センチ弱の魔石を取り出す。


「わかりました」


 そう言いながらカトリーヌは魔石を受け取り、集中して魔道具を作り始める。

 俺には何をやっているのかよくわからないが、恐らく高度な技術なのだろう。

 十分ほどでそれは終わった。


「完成ですね」


 カトリーヌが得意げに魔石を差し出す。

 起動してみると、普通の魔道具とは違う青い炎が勢い良く吹き出した。

 予想外の威力に驚き、慌てて火を消す。

 屋内だったが、引火は防げたようだ。


「2構造でこの威力か……」


「その上、魔石の持ちもいいですからね。普通の魔道具を作るのが馬鹿らしくなってくる性能です」


「でも構造を増やせないから、用途の幅が小さくなるってわけだな」


「亜龍の魔石なら、3構造くらいは行けそうな気がします」


「それだけのを使って3構造ってのは、少しもったいないな。……ということで、一つ考えがある。魔石ごと構造をつなげるのはどうだ?」


 現状ではつなげ方や魔法的な干渉が理由で、構造をほぼ直線上に配置してしか制作ができないらしい。

 そのため使える構造数は魔石の直径に依存するわけだ。

 普通の複雑な魔道具の場合、直径が2倍ならその体積分、つまり8倍複雑なものを作れることを考えると、構造を増やすことの大変さがわかる。

 100構造も作ろうとしたら、直径15mほどの魔石が必要になってしまう。もちろんそんなものはない。

 では、魔石をつなげればいいのではないか。というのは、自然な発想だ。


「それは実験が行われて、すでに失敗しています」


「もちろん知ってるよ。でもそれはやり方に問題があったんじゃないかな」


 自然な発想だけあって、同じ考えの実験はすでに行われている。

 ただし、それは所詮、魔石を(俺から見ると)適当に削って合わせただけのものだ。

 あれでは通すのが魔力ではなく水などだったとしても、ほとんど外にもれてしまうだろう。

 もっと細かく凹凸を取り除き、ぴっちり合うようにすればまた違った結果が出る可能性がある。


「では、どうやるんですか?」


「んー、試してみようか」


 そう言いながら先ほどと同じくらいの魔石を2つ取り出し、平らな面を作るように削る。魔法のイメージはベルトサンダーだ。

 まずは荒いものをイメージしておおまかに平面を作り、それから少しずつ面を細かくしていく。

 削りカスを取り除きながらそれを行い、五分ほどで2つの魔石に、鏡のように光を反射する面ができた。

 それをさらに魔法で押し付け合う。


「何か固定に使えるものは……」


 アイテムボックスをあさると、昔切ったデシバトレの木があった。

 魔物の領域の木は時間経過でもろくなるが、それまでの耐久性は十分なので、それを削って魔石を無理やり押し込み、魔石が動かないように固定する。


「これを使って、3構造を作ってみてくれ。構造がわかる中で、安全なので頼む」


「わかりました。では『青色集中魔灯』を」


 カトリーヌはさっきと同様に、魔道具を作り始める。

 2構造を作る時よりも、更に集中しているようだが、速度はそんなに落ちていないようで10分とかからずに作業が終了する。


「じゃあ、起動してみてくれ」


「わかりました」


 カトリーヌが魔道具を起動する。

 成功すれば懐中電灯のような指向性をある程度持った青い光(レーザーとはまた違う)が放たれるはずなのだが……光は出ていないようだ。


「ダメか」


 もっと精密に研磨する必要がある?

 それとも、魔道具としての扱いがそもそも間違っているのか?

 俺は失敗の原因を考えはじめたが、カトリーヌは俺と違う意味で首をかしげているようだった。


「起動している感じはするのですが……」


 そう言いながら、カトリーヌが魔道具を見ている。

 そして周囲の光を遮るように魔道具を覆い、そこに目をつけて覗いてから、カトリーヌが叫んだ。


「成功してます!」


「なに?」


 全く光っているようには見えないが……

 そう思いながらもカトリーヌと同じようにしてみると、確かにうっすらと青く光っていることがわかった。

 ただし、それなりに明るさがあるとはいえ室内でもわからないレベルのものだ。


「これは成功といえるのか? 発動はしているかもしれないが、この威力だぞ?」


「魔石接続に成功したんですよ! 今まで誰も成功しなくて、アーティファクトの複製と並ぶ魔道具職人の悲願だったんですよ!?」


 魔石をくっつけるのって、そんな大事な技術だったのか。

 実験が適当だったのも技術の未発達さ以上に、『アーティファクトは魔道具と違うから一応試すけど、どうせ無理だろう』という意識の現れだったのかもしれない。

 しかし、このままでは実用化出来ないことに変わりはない。


「……じゃあ、とりあえず実用レベルまで効率化を目指すか」


「はい!」

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