第75話 兵器と予算
船旅の間ここを留守にする準備を終わらせた俺は、数人のギルド関係者と共に、もうすぐ到着するという船を待っていた。
一般の人々に今日船が来ると言うことは伝えられていないはずだが、見物人が来ているのを見る限りどこからか噂が流れているのだろう。
どんな船なのか、今から楽しみだ。
なにしろ、建造時には装備のうち一つの開発が予定より長引いただけで国が傾いたと言われるほどの船だ。
名前は、ドラゴンキラー号。
名前からするとドラゴンを倒せそうだが、実際には冒険者と組んで亜龍を倒すのが限界らしい。
しかし、強い冒険者の手なしで亜龍に有効打を与えられる船なのだから、強いことは強いに決まっている。
船に関する俺の知識はその程度なのだが、どんな巨大戦艦なのだろうか。
そんな期待をしながら海を見ていると、水平線のあたりに船らしきものが見えてきた。
ここは地球より大きい星なのか、水平線が随分遠くに感じる。
「船が見えてきたみたいです。あれですかね」
「……私にはまだ見えないな。コルト、お前には見えるか?」
支部長に聞くが、支部長にはまだ船が見えていないようだ。
結構な年だからな、仕方ない。
俺の目でもかろうじて船だと判別できる程度だ。
「私にも見えませんね」
「そうか。まだ随分と遠いようだな」
ギルドのそこそこ偉い人らしい、若い男にもまだ見えないようだ。
それから15分ほどして、コルトさんとやらが声を上げた。
「あ、あれですね。帆がない船であれほど大きい物は滅多にありませんから」
「ようやくか。……カエデ君は目もいいのか?」
「時間を考えると、20キロ先の船が見えていたことになりますね……」
コルトさんが驚いたように言う。
力や魔力だけでなく、視力も上がっていたのかもしれない。
船が到着したのは、それから更に15分ほど後だった。
この頃になると人が人を呼んで、海岸付近は人でいっぱいだった。
俺の目にも船の姿がバッチリ映っているが、何というか……小さい。
いや、この世界の標準的な船のサイズに比べると大きく、現に港の深さが足りないせいで船は港よりやや外側に停泊している。
しかし地球の大型軍艦に比べるとどうしても小さく感じてしまうのだ。
全長は恐らく70mほどで、幅もそれに準じた物だ。
甲板を横に貫く大きな筒のようなものが目立つ。
あれが主砲だとしたら口径は1メートルを超えることになるが、この程度の船でそんな砲を撃てば船自体が沈んでしまうだろう。
戦艦より小さいのはまだ分かるが、現代になって小さくなった軍艦の更に半分程度の長さなのだ。
その砲らしき物を固定している金属部品も、戦艦の砲塔などに比べると圧倒的に耐久性が低そうだ。
その上それ以外にも甲板には多種多様な装備が所狭しと詰め込まれていて、酷く不安定そうだ。
下手すると旋回しただけでひっくり返ってしまいそうなレベルである。
魔法でなんとかするのかもしれないが、なんだか心配になってしまう。
……そんな装備で大丈夫か?
その心配は杞憂に終わったようだ。
あの後、船に乗って船に関する説明を受けたのだが、この船にはかなり高性能な姿勢制御用の魔道具が積んであるらしい。
そのため、エンジン(的な魔道具)の限界近くの角度で曲がってもなんとか転覆しない程度には姿勢が維持できるようだ。
それどころか、高い旋回能力はこの船の強みの一つだそうだ。
そして今はその説明が終わり、対空装備の説明に入ったところだ。
今回行く場所では、空を飛ぶ魔物が多いとのことで、特に説明しておきたいのだそうだ。
俺に説明する必要があるのだろうか。
「ご覧ください、これがドラゴンキラー号の誇る最強の対空装備、六十四連装対空魔導砲です! 連射能力は約3秒ごとに64発で、大抵の飛行系魔物は打ち落とせます! この連射を可能にするのには古代の魔道具が使われていて……」
「なるほど」
「そしてこちらが、対空用結界の魔道具です! 今まで一度も破られたことのない、最強の結界です! 理論上も亜龍やドラゴンでない限りは破られないそうです」
「すごいな……」
「更にこちらが……」
なんだか格好いい兵器が出てきた。
その後も対空兵器だけで6つもの兵器が紹介されることになった。
強い船だけあって、対空装備もバッチリなようだ。
今までこの船のスペックに疑問を抱いていたのがなんだか申し訳なくなる。
それらの兵器の説明が終わったと思ったら、今度は説明してくれた人が船の前方に向けて歩き出した。
まだあるのか。
「そしてこちらが今回の遠征で主力となる対空兵器! 長さ約60mにわたって甲板を貫き設置された、現在実用化されている中で最大の……」
「おお」
「杖です! 冒険者さんを含めある程度魔法が使える方は交代でこれを使い、空飛ぶ魔物を打ち落としていただきます!」
「……」
杖?
何か急にショボくなった。
「あの、何か特殊機能があったりとかするんですか?」
「はい、魔法を超加速する機能があります!」
それただの長い杖じゃ……
もっと他のを使った方がいいんじゃなかろうか。
「他の装備のほうが高性能そうですけど、何で杖を?」
「ええと……杖も強いんですよ? 長さとはつまり加速力ですから、ある程度の腕と魔法速度がある魔法使いなら3分の1くらいは敵に当たります。たまに討ち漏らしてこちらに爆撃が来ますが……」
「爆撃って…… 大丈夫なんですか?」
「大丈夫です」
大丈夫なのか。
何か理由があるのだろうか。
「結界だけ張っとくとかですかね?」
「いえ、結界を使うことは基本的にありませんが、甲板も兵器も結構頑丈に出来ていますので」
被弾前提かよ!
「なぜ強力な兵器があるのにそれを使わないんですか? 兵器があるのはいいけど、扱える人がいないとかですか?」
「いえ、その……予算の問題でして。基本的に緊急時以外には使わないようにと……」
金の問題だと……
亜龍などと闘うこの船は国防的に非常に大切な物のはずなのに、金のせいでせっかくの兵器を使えないというのか。
「どうして予算をもっと確保しないんですか。他に亜龍に対抗できる船はないんですよね? それほどの状況だと説明すれば何とかなるんじゃないですか」
「いえ、その……最近はこの船の出撃が必要な亜龍など出現しないせいで手柄もなく、その上ブロケン制圧戦などのせいで冒険者への報酬がかさんだとかで、最近そのしわ寄せがこちらに……申し訳ありません」
なんと!
冒険者たちのせいでこの船の武装が動かせないというのか!
欲張りな冒険者共は、少しは配慮という物を知らないのだろうか。
いくら手柄を上げようとも国防予算は有限だというのに、ここぞとばかりに荒稼ぎした冒険者でもいたのだろう。
「……君は悪くない」
悪いのはその冒険者だ。
俺でもこの人でもない。
……なぜだろう、胸が痛む。
「わかりました、では俺も起きている間はできる限り鳥共を打ち落とすことにします」
断じて俺のせいではないが、武器が使えない理由が同業者がやったことのしわ寄せであるのなら、その埋め合わせくらいはしておきたい。
「ありがとうございます! ちょうどあと10分くらいで飛行魔物の多い海域に入りますので、準備をお願いします。 飛行魔物は大体はイクスプロンドルの類なので、見えない爆撃に注意してください」
「了解です。試し撃ちとかしても大丈夫ですか?」
「本番で魔力不足になるようなら問題ですが、カエデさんにそのようなことはないと聞いています。射撃に必要な魔力以外のコストは1テルたりともありませんから、試し打ちなどはご自由に」
「わかりました」
解説の人が頷いたのを確認し、早速準備にとりかかる。
杖の先端はリクライニングチェアのような物の横に置いてある。
試しにその椅子に座ってみると、首を楽な状態にしたまま空を見上げるような姿勢になることがわかった。
杖もちょうどいい位置で、射撃用の環境はしっかり整っているようだ。
席を爆撃から守るような設備は見当たらないが、これは自分の身は自分で守れということだろうか。
そんなことを考えながら、試しに空に向かって一発、爆裂砲弾を放ってみる。
……弾が見えなかった。
いや、ほとんど残像のようなレベルでなら見えたが、俺の今の動体視力でこれは異常だ。
そんなことを考えていると、一匹のイクスプロンドルらしき鳥が視界に入ってくる。
試しに一発そちらに向けて撃ってみると、ほぼ発動した瞬間に鳥の羽のあたりで爆発が発生し、鳥はそのまま水面に向かって落ちていった。
距離は以前デシバトレで戦った時より遠いはずだが、今回は弾幕を張るまでもない。
杖の長さだけでここまで変わるものなのか。
少しすると本格的に魔物共の住処に入ったらしく、俺は1分当たり平均10匹ほどの魔物を打ち落とすことになっていた。
的の数は多いが、俺が放てる弾の数はそれよりもずっと多く、弾が外れることもない。
戦闘とも呼べない、一方的な殲滅といった状況だ。
途中で一度魔力の枯渇を心配した他の魔法使いが様子を見に来たが、俺の視界に入ると同時に消し飛ばされていく魔物共を見るとむしろ魔物のほうを気の毒に思ったような顔をして去って行った。
そんな作業を30分ほど続けていると、最初に船の説明をしてくれた人がこちらに歩いてきた。
「そろそろ急旋回を繰り返すことになりますので、気をつけてください。このあたりの海域は島が多く入り組んでいるので、限界近い旋回もあると思います」
「気をつけるって、何にですか?」
そう聞いて周囲を見回してみると、なるほど、確かに沢山の島が見える。
これをよけるのは大変だろう。
しかし、姿勢制御装置もあるのだ。
マンガじゃあるまいし、船の上で人がゴロゴロ転がるようなレベルで船が傾いたりはしないだろう。
「船が大きく傾きますので、落ちないように。それからその島自体が飛行魔物の住処ですので、襲撃が増えると思います」
「ああ、そんなことですか。なら大丈夫です、いつでもいけます」
船が多少傾いた程度で転がるような荷物は全てアイテムボックスに収納してあるし、俺自身が落ちるほど船が傾くわけもない。
これだけの大きさの船なら、傾いてもせいぜいペットボトルが転がるかどうか程度じゃなかろうか。
そうたかをくくっていたのだが。
前方にある島がやや近付いた時、船が傾いた。
その角度、恐らく30度程度。
「うわっ」
覚悟をしていなかった俺は、椅子から転げ落ちた。
30度といえば、エスカレーターの角度に近い。
スキー場であれば、ほぼ上級者向けコースに分類されるレベルの急斜面だ。
慌てて体制を立て直し、椅子に座り直して魔法で体を安定させる。
船自体の傾斜もそこから変化していないところを見ると、姿勢制御装置はしっかり働いているのだろう。
ものすごい角度で旋回している気がするが、そういう仕様なのだろう。
さすがは異世界の中でも旋回能力が売りの船である。
昔テレビで見たおおすみ型輸送艦が旋回半径ほぼゼロで直角に曲がるレベルの非常識な機動をしていた気がするが、下手すればそれすらも凌駕するような旋回だ。
そんな調子でこの船の機動力について考えながら鳥を撃ち落としていると、不意に鈍い音と共に、俺の体に振動が伝わった。
俺の感覚が正しければ、恐らく下からだ。
一瞬遅れて、船の斜度が一気に大きくなった。
あれ、もしかして……




