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第110話 求職と開墾

デシバトレの話が出てからの交渉は、スムーズに進んだ。

国はデシバトレを手放したがっていて、俺の領地としてデシバトレは理想的なのだ。上手く進まないはずがない。


俺の領地とはいっても、領地経営の実務は、主にメルシアとメイプル商会が取り仕切る予定なのだが。

商会が領地経営に関わった前例はないようだが、デシバトレという領地自体があまりにも特殊なので、毒を食らわば皿まで的な感じで、許可が通ってしまったようだ。

商会には元デシバトレ人も結構いるので、


ということで、俺が王宮に行ってから、およそ一月後。

俺の領主就任が、デシバトレで正式に発表されることになった。

……ことになった、のだが。


「なあ、領主就任式の会場って、ここであってるんだよな?」


「そのはずですが……」


会場になったのは、今のデシバトレで一番広い建物である、酒場だ。

だが酒場には、それらしい参加者の姿が全く見当たらない。


「おう、カエデじゃねえか。酒場に来るのは珍しいな。何かあったか?」


あまつさえ、こんな言葉をかけられる始末だ。


「あれ? 領主就任式の会場って、ここで合ってるよな?」


俺に声をかけた、顔見知りの冒険者に、俺は質問する。


「あー。そんな話もあったな。いくらブロケンを奪い返せてデシバトレが割と安全になったからって、貴族が来れるほど安全な場所じゃないと思うんだどな……。実際、姿も見かけないだろ?」


……なるほど。

そういえば確かに、『新領主が発表される』という内容は貼り出されていた気がするが、実際に誰が就任するかについては、サプライズ的な意味もあって伏せていたからな。


「……新領主は、もうここにいるぞ」


「え? でも、それっぽい奴は……」


そう言って冒険者は、あたりをきょろきょろと見回す。


「やっぱり、どこにもいないな。まあ誰が領主だろうと、デシバトレやブロケンには関係ないと思うぞ。ここまで来るってことは、今度の領主は多少は気概があるのかもしれないけど、結局この辺は貴族がまともに扱えるような土地じゃ――」


「実は、その新領主、俺なんだが……」


「……カエデが、領主? でもカエデって、冒険者だよな? 冒険者は貴族になれないはずだが……」


「この間王宮に行ったら、こんなのもらったんだ」


そう言って俺はアイテムボックスから、俺が貴族(伯爵)であることを表す証明書と、貴族の証であるらしいマントを取り出した。

ちなみに家名は、『デシバトレ』になっている。持っている領地の名前をつけるのが、この国の風習だそうだ。


「……マジか! 大ニュースじゃねえか! おいみんな、新領主、カエデらしいぞ!」


「新領主はカエデ! 新領主はカエデだ!」


そんなことを叫びながら、酒場を出て行く冒険者も続出する。

少しすると、大勢のデシバトレ人達が酒場へと集まってきた。


窓から、屋根やら壁やらを蹴って酒場へと向かってくる冒険者たちの姿が見える。


以前のデシバトレは、何かあったからといっていきなり全員が集まれるような場所ではなかったが、最前線がブロケンになってからは、デシバトレ人たちの休憩所みたいになっているからな……。


その圧倒的な機動力を無駄遣いしたデシバトレ人達によって、酒場はあっという間に埋め尽くされた。

ブロケンの方にニュースを伝えに行った者もいるようなので、これから更に増えるかもしれない。


「ここに集まった人は、もう全員知ってると思うが……デシバトレとブロケンは、今日から俺の領土になった!」


「おお!」


「やっと、この土地に相応しい領主が現れたか!」


「……でもデシバトレに、領主の仕事ってあるか?」


集まった冒険者のうち一人が放った言葉に、俺はメルシアと顔を見合わせる。


「そういえば、領主の仕事ってあるのか?」


「王都で聞いた話では、領主の最初の仕事は、衛兵を雇って治安を維持することだと聞きましたが……」


「必要あるか?」


「……ありませんね」


「じゃあ、次は徴税……」


「デシバトレって、免税区域だったよな……」


デシバトレ人たちは、基本的に犯罪行為をしないらしい。

もしデシバトレやブロケンで犯罪行為をすれば、大勢のデシバトレ人を敵に回すことになってしまう。

その恐ろしさは、デシバトレ人が一番よく分かっているからだ。


そして、外部から来た人間がデシバトレで犯罪を犯すというと、これもまずない。

今は比較的安全になったとは言っても、デシバトレは誰でも来ることが出来る土地ではないのだ。

更に、何とか潜り込んで犯罪をやったとして、立ちはだかるのはダース単位のデシバトレ人達である。

この都市に、衛兵が必要であろうか。いやない。


実際、今回もメルシアに加え、国から領地経営を補佐する人材が派遣されるという話があったようなのだが、行き先がデシバトレだと聞いた途端、希望者が誰もいなくなってしまったらしい。

国としても、嫌がる人を無理矢理デシバトレに送るのは忍びないと判断したのか、全面的に俺達へ任せるということになったのだ。

まあ今の様子を見る限り、普通の場所の内政が分かる人が来ても、あまり役に立たなかった気がするが。


「あれ? もしかして領主って、仕事ない?」


「でもほら、亜龍が出たりしたら、カエデさんが倒すことになりますし」


「亜龍を倒すのって、領主の仕事だったっけ?」


少なくとも、俺が知っている領主の仕事に、自分で亜龍を倒すことは含まれていなかったはずだ。

この知識は、多分間違っていないと思う。


「平時には、仕事がない!」


なんということだろう。領主になったものの、俺達には仕事がなかったのだ。

よく考えるとメルシアも商会のことがあるし、デシバトレにばかりいる訳にはいかないので、ありがたいことではあるのだが……。


「……デシバトレに住んでて、何か不便なこととかないか?」


何もしないというのがなんだかよくないような気がして、役所とか企業がだすアンケートみたいな質問をしてみた。


「特にないな」


「うん。ない」


「強いて言うなら、飯か? アイテムボックスを使わないと、デシバトレでは新鮮な食材が手に入らないんだよな……」


「それだ!」


そういえば国王も、デシバトレの開拓についての話をしていた。

昔のデシバトレでは農業など考えられなかったが、今なら何とかなる気がする。


「よし、開墾するか!」


こうして、俺の領主としての初仕事は、領地の開墾になった。

とはいっても、開墾自体は農民の家の出身の冒険者たちがメインとなって行うことになったので、俺の出番はない。

俺の仕事は、開墾に参加する人員を確保することだ。

つまり――


「ちょっと、ブロケン外にある魔物の領域を爆撃してくる」


こういうことである。

……はて。これは果たして、領主の仕事なのだろうか。

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