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第108話 酒と爆破

 メルシアによる裏切りを受け、晴れてデコイ役となった俺は、さっそくゲンガーの裏組織の拠点となっている酒場へと向かっていた。

 今日の目的は、連中の警戒を誘うことだ。

 逃げるなり、他の拠点と連絡を取るなりしてくれれば、レイク達が追跡して拠点を割り出すことができる。

 と言うことで俺は、早速拠点の扉を開いた。

 ゲンガーの組織の拠点となっている酒場は、見かけだけならほとんど普通の酒場だ。

 違う点があるとしたら、入り口付近が極端に狭くなっていて出入りがしにくいことと、壁の中に広めの空間があることだろうか。

 恐らく、大勢での襲撃を受けた際に、少しでも相手を動きにくくするためと、裏組織が使うためのスペースだろうな。


「っ!? ……注文は?」


 店主は俺の顔を見ると、一瞬ピクリと反応としてから、何事もなかったかのように注文を聞いてきた。

 と見せかけて、店にいた他の客のうち何人かとアイコンタクトを取っている。

 俺の視界に入らないように、手でジェスチャーのようなこともしているらしい。まあ、触板にはバッチリ映っているのだが。

 どうやら店主を含め数人は、俺の顔を知っていたようだ。


 ……さて。注文を聞かれた訳だが、そういえば俺は、この世界にある酒の種類なんてほとんど知らない。

 デシバトレ酒だけは名前を知っているが、あれは携帯性を高めるためにひたすら蒸留を重ね、ほとんどただのアルコールと化した代物だったはずだ。

 となると、こうするしかないか。


「おすすめを頼む」


 俺はそう言いながら、適当な席に着く。

 これで相手の出方を見ることができるだろう。

 もし毒を盛られたとしても、回復魔法などを使いつつ平然と飲み干したふりをすれば、さらに警戒を誘えるだろうし。


「四十テルだ」


「これでいいか?」


 そう言いながら、俺はアイテムボックスから取り出した硬貨をテーブルに置く。

 四十テルか。随分と安いな。

 まあ、店主に気付いてもらった時点で今日の目的は果たされたと言っていいくらいなので、酒の種類など何でもいいのだが。

 欲を言えば、度数はあまり高くないほうがいいな。


 そんなことを考えているうちに、酒が出てきた。

 出てきた酒は、特に毒などの仕込まれた様子もない、ただの酒だ。

【情報操作解析】によると、『ウンディーネの涙』なる名前らしい。

 度数は高いようだが量が少ないので、無用な警戒を避けるため、普通に飲むことにする。


 ……あれ? 美味いぞ。

 かなりアルコールがきついはずなのに、不思議と飲みやすい。

 混ぜ物で味をごまかしていると言うわけでもなさそうだ。

 これが四十テルとは、かなりコスパがいい気がする。

 ウンディーネの涙。今度調べてみるか。……まあ手持ちの金額的には、コスパなんて気にする必要はないのだが。


 そんなことを考えながら、俺は店を出た。

 一応、終始警戒はしていたのだが、特に襲われることもなかった。

 どうやら連中は、今襲撃するのを得策ではないと考えたらしい。




「それで、連中の動きはつかめたか?」


 翌朝。

 俺達は宿の部屋に集まって、作戦会議をしていた。

 レイク達は俺が帰ってきた後も諜報活動に勤しんでいたのだが、夜のうちに帰ってきていたようで、ようやく全員集まることができたのだ。

 二人ともほぼ徹夜だったはずだが、あまり疲れた様子はない。

 まあ一度や二度の徹夜で音を上げるようなデシバトレ人がいるかどうかは、かなり怪しいところだが。


「結構つかめたぞ。ただ、他のアジトの場所は一つしか分からなかったから、もう少しインパクトがほしいところだ」


「……インパクト?」


「ああ。連中は今のところ二つの拠点のメンバーだけでカエデを倒すつもりらしいが、それじゃ無理だと思い知らせてやるのさ。連中は酒場に罠を張って、カエデを待ち伏せするつもりらしいが、その罠を正面から突破すれば、連中も諦めるだろ」


「その罠の内容は確認できたのか?」


「バッチリだ。ただ、罠の内容をカエデが知っていると、動きとかでこっちが罠に気付いたことがバレてしまう可能性がある」


「大丈夫なのか?」


「大丈夫です。カエデさんなら簡単に切り抜けられる罠だと、私も確認しましたから。まず安全だと言っていいでしょう」


 レイクの代わりに答えたのは、メルシアだ。

 デシバトレ人とは違う常識的な考えを持っているメルシアが言うのならば、大丈夫なのだろう。

 俺は安心して拠点へと向かうことができる。


「ところであの酒、味はどうだった?」


「かなりうまかったぞ。久しぶりに飲んだせいかもしれないが」


「気のせいじゃないはずだぞ。カエデを確実におびき寄せて仕留めるために、ウンディーネの涙を出したって話だからな。かなりの高級酒だし、金を出しても中々手に入らない代物だぞ」


 俺が飲んだ酒の種類まで特定できてしまうのか。

 どうやらレイク達の諜報力は本物らしい。


「……なんだか、壊すのがもったいないな。酒を巻き込まないように戦った方がいいか?」


「いや、その必要はない。高級な酒は事前にもう片方の拠点に移すと、連中が話していたからな。ドサクサに紛れて奪ってこよう。盗賊から物を奪っても、犯罪にはならないしな」


「あ、つまみも中々いい物があるって話だったよな? つまみも頼むぞレイク」


「おう、任せろ」


「お前ら、何しに行く気だ?」


 闇組織を壊滅させるための作戦会議をしようとしていたら、いつの間にか酒とつまみの確保の話になっていた。

 どうしてこうなった。


「心配するな。まずは判明してない拠点を探す方に集中するからな。場所の分かっている拠点を潰すのはいつでもできるし、後回しだ」


 なるほど。ちゃんと仕事のことは考えているようだ。

 そうだよな。デシバトレ人の諜報係が、そんな適当なはずがない。


「そういえば連中の組織って、珍しい食材なんかも多少は扱ってたよな? 他の拠点に行けば、それも見つかるんじゃないか?」


「あー。そういえば、そんな話もあったな」


「でも、食材の方で上手くいっているなら、ズナナ草が安くなった程度では潰れないでしょう。やはり、あまり期待はできないのでは……」


 どうやら俺は、諜報係たちを買いかぶっていたらしい。

 酒とつまみの話しかしていないじゃないか。

 ……というか、なんでメルシアまで混ざってるんだ。

 最近メルシアが、デシバトレ人たちに毒されている気がする。


「ということでカエデ。任せたぞ」


「……俺にも分け前はあるんだよな?」


「もちろんだ!」


 仕方ない。俺もしっかりデコイとしての役目を果たすとするか。




「ん?」


 昼ごろになって店が開いたのを聞き、早速裏組織の拠点となっている店に入ろうとした俺は、入り口の辺りで少し違和感を覚えた。

 昨日と比べて、少し反応が違うような……ああ。

 どうやら昨日は空っぽだったスペースが、かなり埋まっているのだ。

 それも人や普通の物ではなく、かなり球状に近い、ボールのようなものがみっちりと詰まっている。

 形からすると、魔石か魔道具だな。


 いざとなったら防御魔法で身を守りつつ逃げ出せるように心の準備をしつつ、俺は店へと入っていく。

 今日は昨日と違い、俺以外の客はいないようだ。

 それに加え、店の中は即席の工事によって少し狭くなっており、元の壁と新しい壁の間には、入り口と同じ球が詰められていた。

 酒瓶も目に見える範囲以外は、球に差し替えられている上に、天井や床にも同じ球が入っているらしい。

 怪しいことこの上ないが、諜報班とメルシアが、罠は俺にとって安全なものだと言っていた。

 それを信じた俺は工作に気付かないふりをして、昨日と同じ席につく。


「昨日と同じのを頼む」


「分かった。倉庫にある在庫を取ってくるから、ちょっと待っててくれ」


 店主は昨日と違い、注文を聞いてから外へと出て行った。

 そして、数秒後――俺の周囲の壁と地面、それから天井が、一斉に爆発した。

 ご丁寧なことに、ちょうど今俺がいる位置に、爆風が集中するような配置だ。

 さらに言えば、入り口付近を先に爆破することで、俺の逃げ道を防ぐ仕組みまで作ってある上に、爆発物の間には金属片などが詰められており、爆風によってその全てが散弾と化すという、殺意に満ちた作りになっているようだった。


 ……おい。安全って言った奴誰だよ。出てこい。

 防御魔法に大量の魔力を注ぎ込みながら、俺は心の中でメルシア達を恨んだ。

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