第93話 イグラシア王国①
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2019年12月22日
アリスティア視点→アロイス視点→アリスティア視点と変わっています。
視点が変わる時には記号❍で区切りました。
それを受けて少々加筆修正しました。内容は大きく変わっていません。
竜の軍団は、竜王を先頭にしてイグラシア王国を目指す。
映写盤は第五連隊に突入を指示する直前に消えていた。
竜の飛行速度は速い。地球の戦闘機並みに速いから、三〇分もあればイグラシア王国に着くだろう。
[ティア、五重結界はまだ掛けられるか?]
[余裕ですわよ。はい、掛けましたわ]
アリスティアのその声で、後ろの近衛第一、第二連隊が驚いている気配が届いた。
[相変わらずのでたらめっぷりだな]
アリスティアの施した五重結界は、実は竜王には既に掛かっていたので、まだ掛けていない近衛師団だけに掛けたのだが、竜王にはそれさえもお見通しだったようだ。
竜王は嬉しそうに笑う。
[ティアが竜族に最初から怖れを抱かなかったのは何故だ?]
[そんなの、竜がかっこいいからに決まってますわ]
[かっこいい? 怖い、ではなく?]
[そうですわ。わたくしが、異世界からの転生者なのはご存知ですわよね?]
[ああ。地球の、日本という国の、学生だったようだな]
[そうですわ。その日本という国は、少し特殊でして、エンタメ──えっと、娯楽の種類が多かったんですの。小説はもとより、漫画という絵と少ない文字だけで物語を表現したり、それを映像化したアニメーション、アニメがあったり、デジタル──えっと、電子……はわかりますか?]
[ティアの知識を転写しているからわかるぞ]
[ならデジタルで。そのデジタル信号で作った、物語性のあるゲームという遊びなどもありました。その中では、割と竜が出てきていましたの。
竜は、悪役だったり善意の役だったりしましたけど、どちらにしても地上最強で、カッコいい存在でしたのよ]
[そこまで褒めちぎられると何やらこそばゆいな]
❍❍❍❍❍❍
竜王はアロイスから見ても上機嫌だった。その気配を感じて、近衛師団の竜たちも微笑ましく先頭を飛ぶ竜王を眺める。
(半身様をわずか一三歳で見つけられたのは、陛下にとって真に幸いだった。この様に生き生きとされておられる)
アロイスはそう思う。彼が聞いた話だと、竜王は数千年前に百歳で半身を得た。その半身は同じ竜族で、彼が溺愛しずっと囲って守っていたが、ある日、半身のお願いに絆されて彼女を一人で──もちろん護衛付きだが──空の散歩をさせたところ、邪竜ニーズヘッグに見つかり殺されてしまったという。
竜王は報復し、なんとか邪竜ニーズヘッグを殺したものの転生の輪に入られてしまい、その魂を滅ぼす事は敵わなかった。その後、半身を失って憔悴し、衰弱死した、と聞いていた。
上手く転生の輪に入って、この時代に転生でき、更にほぼ同時に(竜の感覚では一〇年など同時程度の差にしかならない)半身が生まれていたなど、かなり運が良いと言えた。しかも相手は人間であり、聞くところによると、彼女は異世界からの転生者だという。
半身とは魂の結びつきで、同じ世界にいても出会うのに百年はかかるのが通例で、下手をするとそれ以上の時間がかかるのだ。なのに、異世界からの転生者である半身と、たった一三年で出会えたのだから、やはり運命なのだと感心するアロイスだった。
そんな目で見られているとは知らない二人は、楽しそうに会話している。たまに寄ってくる猛禽類が、アリスティアに挨拶しているが、これもアロイスたち竜族には驚きだった。なぜなら、彼らは竜なのだ。地上最強の種族で、猛禽類といえども彼らに恐れをなして通常は近づかない。それが、アリスティアには近づく。彼女が竜王の背に乗っているにも関わらず。
もしかしたら、アリスティアにはまだ何かあるのかも知れない、とアロイスは彼女にまた近づいてきた別の猛禽類を見やった。アリスティアを見すぎると竜王の機嫌が悪くなるのだ。
だが、近づいてきた猛禽類がアリスティアに挨拶しているとは気がついていないのか、頻りと「可愛い!」を連発していた。猛禽類なのに可愛いと思えるのも、異世界からの転生者の感性なのかもしれなかった。
❍❍❍❍❍❍
およそ二五分後にイグラシア王国王都ロンディアの王宮上空に到着した一行は、竜王の「上空に待機」という命令を実行した。
二個連隊二千頭の竜が再度上空に展開、滞空している様はロンディアの住民には刺激が強かったようで、悲鳴を上げつつ家々に逃げ込み、戸をピタリと閉ざして閉じ籠もってしまい、王都なのに通りには人っ子一人いなくなった。
さて、アリスティアと竜王は、王宮の荘厳な尖塔を避け、中庭から奥側にある壁を、竜王の超音波指向ブレスで破壊して中に入った。
突入直前で、竜王代理のカイルに映像通話魔術を繋ぎ、これからイグラシア王宮に突入する、と伝えていたのは、おそらく今後の統治に総督として必要な政務官を選んでおけ、という無言の要求だったのだろう。
壁を破壊して突入し、王の面前に現れた漆黒の黒竜は、王だけでなく人間の貴族たちの度肝を抜いたようだった。
捕らえられた王以下、人間の貴族たちを見ても、アリスティアは心が動かなかった。
竜体から竜王が人化する。艷やかな漆黒の髪、そこに混じる一筋の水色の髪がアクセントになり、どこか不思議な雰囲気を醸し出す。その長い髪の毛は一本に結ばれて背中に流れていた。
金色の瞳は絶対零度の光を湛え、鋭く相手を射抜く。
それなのに薄い眉は流麗な線を描き、長い睫毛と一緒に美貌を彩る。
薄い唇は一直線に引き結ばれ、不機嫌さを表していた。
中年太りのイグラシア王は第五連隊の連隊長であるギュンター・テーリンクに取り押さえられ、羽交い締めにされていた。
その隣の王妃らしき女性は流石に拘束術で固められている。
アリスティアは人化した竜王の隣に立った。美丈夫で高身長の竜王の隣では、差が四十センチもあると親子ほどに見える。しかし感じさせる年齢が竜王は若い事を示唆しており、辛うじて妹的位置づけをアリスティアに齎していた。
「直接お目にかかるのは初めてだな、イグラシア王よ。我はフォルスター皇国皇太子、ルーカス・ネイザー・ヴァルナー・セル・フォルスターである。そして、竜王でもある」
膨大な覇気を纏い、ひたとイグラシア王を睨み据え、竜王は美麗な低音の声で名乗った。
「そして我の隣にいるのが、我が婚約者のアリスティア」
紹介を受けて、アリスティアが竜王の真似をして魔力威圧を放ちつつ、淑やかに名乗った。
「お初にお目にかかります。フォルスター皇国宰相、バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございます。フォルスター皇国皇太子殿下の婚約者であり、皇太子補佐官を拝命しております」
そしてカーテシーを披露し、ゆっくりと頭を上げた。
覇気と魔力威圧で、玉座の間は息苦しいほどに緊張していた。それでもアリスティアも竜王も圧迫を緩めない。
「さて、イグラシア王には、先程の第三王女との話し合いを見ていて貰ったが、結論もしっかりと見ていたな? この国は、竜王が貰う事になったから、貴様は臣下に落とす」
「何を勝手な事を! 大体、たかが公爵令嬢を貶めたくらいで──ぐえッ!」
ギュンター・テーリンクが、イグラシア王の首を締め上げたようで、王は情けない悲鳴を上げて口をパクパクと開閉している。そのイグラシア王を、絶対零度の視線で射殺さんばかりに睨む竜王からは、覇気ばかりか殺気も漏れていた。
「イグラシア王。我は、貴様の意見など聞いておらぬ。これは決定事項なのだ」
そして後ろを振り返り、同様に捕縛されているイグラシアの貴族たちに向かった。アリスティアも僅かに遅れて後ろを振り返る。
「イグラシアの貴族どもよ。問おう。我が配下の近衛第三連隊長ラファエル・フュルステンブルクから、王国全土へ通達した筈だな。内容は、『エステファニア第三王女が竜王とその伴侶を侮辱。竜の国はこれよりイグラシア王国と敵対す。精霊王たちもイグラシアから加護を引き上げる』
我は、通達したあとは示威行動のみに止めよと命じていた。だがこの国の、陸軍、だったか、から攻撃を受けた。そのため反撃し、制圧せざるを得なかった。
これを踏まえて答えよ。
間違った命令を下す王を、貴様らは許すのか? 今後も王として敬い、精霊王の一切の加護が無くなったこの国の運営を任せておけるのか?」
竜王が小首を傾げ、腕を胸の前で組んで無表情で貴族たちを眺める姿は、一枚の絵としても買い手が後を絶たないと思われる。それくらい、その仕草は彼に似合っていた。
「ああ、声は出さずとも良い。我は思念を読めるからな」
驚愕が玉座の間に広がる。イグラシアの貴族の誰かが余計な事を考えたのか、竜王がちらりと視線を流した。
ルーカスの視線が向かった先を見ると、あからさまに怯えている中年の厳つい顔の男がいた。体を震わせ、息が浅くなり、目は泳ぎ、顔色はこれ以上ないほど悪い。その醜態に竜王は僅かに口角をさげ、その者から視線を外した。
アリスティアもその中年の男から視線を外し、捕縛されたいるイグラシアの貴族たちの顔をゆっくりと見回した。皆、大なり小なりはあるが怯えている。それも当然だろう。
頑強である筈の城の壁が粉砕され、そこに竜が中に入って来たかと思えば人の形をとり、彼らが戴く王と王妃、次代の王たる王太子を捕えた侵入者たちを指図する。正体を明かされても彼らには受け入れがたいに違いない。
そんな事を考えていたところに、いきなり頭の中に騒めきが聴こえてきて驚き小さくビクリと震えてしまったが、声はなんとか飲み込み、竜王をちらっと見上げた。竜王がそれに対して小さく頷くのを見て、アリスティアは内心ため息を吐きつつ納得して視線を貴族の方に向けた。
(此度の事は第三王女の失態らしい。ならば、それを戒めるのが王たる者の勤めではないか。それを戒めもせずフォルスター皇国皇太子の婚約者をまたも侮辱するとは、何たる失態か。あの王は、もう駄目だ。竜王がこの国を貰うと言うなら、竜王に治めて貰うのもいいかもしれん)
(あの第三王女が、今度はフォルスター皇国でやらかしたのか。王が全く諌めなかったからな。この国の王族は、真に傲慢揃いだ。あんな王を戴いていては、イグラシア王国は滅びてしまう。現に、精霊王の加護を引き上げられた。加護なしで、どうやって豊かな資源を得ると言うのだ。私はあんな王より竜王の方がマシだと思う)
(チッ、あのクソ王女が。いつか何かやらかすと思ってはいたが、最大級に不味いところでやらかした訳だ。しかも、王は上空で示威行動しかしていない竜に攻撃を加えた。そのせいで、陸軍が壊滅してるではないか! あの王は前から判断力に問題が有りそうだったが、それが今回最大級に発揮された訳だ。もうあの王は降ろすべきだな)
(あの我儘バカ王女が竜王に喧嘩を売ったせいで、国が滅びる一歩手前ではないか! その我儘を止めなかった王も、問題がある。もうあの王はいても害にしかならん)
などなど、王女は前から問題視されていたようで、それが、竜王に喧嘩を売ったせいで、と恨み言が聞こえてくる。それと同時に、王はこのままいても国の害にしかならない、という共通した認識も流れてきた。
この国はぎりぎりのバランスで成り立っていたのだと理解した。遅かれ早かれ王家に不満を持つ勢力が、何れ立ち上がって反旗を翻しただろう。
「──相分かった。貴族たちは、王家の改易に賛成だな」
竜王がそう言うと、イグラシア王が目を剥き、唾を撒き散らしながら口汚く罵りだした。
「貴様ら、王を蔑ろにする気か! 余はこの国の王であるぞ! 取り立ててやったのに手のひらを返すか! 余に忠誠を誓うと言った口で余を裏切るのか! 所詮、貴様は──うぐっ!」
延々と続くかと思われた罵倒は、しかしギュンター・テーリンクの手に依って口を覆われた事により防がれた。
「ギュンター、もっと速く口を塞げ。あの様な無様な大人の姿を見せるのは、ティアの教育に悪いではないか」
「ルーカス様、わたくしは平気ですわよ?」
「いいや、駄目だ。ティアにはあの様な言葉を聞かせたくない」
思いがけないセリフに目を丸くするが、その後吹き出した。
[ルーカス様、そんな箱入りにしなくても大丈夫ですわ。わたくし、前世で一九年生きていたのでしょう? でしたら死んだ時は大学生で、高校を卒業しているからそれなりに社会を知っているはずですわ。それに、テレビで色んな番組が放送されていて、恋愛ものや推理もの、恐怖、冒険活劇、科学技術もの、日常生活もの、時代劇と色んな題材が取り扱われていましたのよ。特に時代劇ではあの様に、悪役が喚くのなんてザラでしたわ]
アリスティアの竜語に、近衛師団の竜たちが驚く気配がした。
[前世の一九年と、今生の一一年で、わたくしは三〇年分の経験値を持ってますのよ? そりゃあ前世の記憶は個人情報部分が全部欠けていますけれど、知識に関しては大丈夫でしょう?]
[ティアの知識に関しては間違いなくこの世界の古代文明レベルがあると言えるし、前世も換算すると確かに三〇年分の経験を持っているのだろう。だからと言って、一一歳の子供が聞いていい言葉ではないぞ?]
[だからと言って、箱入りはゴメンですわ]
ピシャリと断ち切るアリスティアの言葉に、竜人たちが息を飲む。だが、竜王はただ面白そうに口の端を上げただけだった。
[ルーカス様。わたくしの性格をわかっておりますでしょう? やられたら利子をつけてやり返す、ですわよ]
そう言って得意そうにない胸を張るアリスティアは、それだけを見ればただの子供であるが、言っている内容は容赦のないものだった。
この場にいる貴族たちは、フォルスター皇国の皇太子であり、竜王であるルーカスの婚約者が突然呻り出した事に一様に驚いていた。しかも、竜王がそれに応える様に同様に呻っている。と言う事は、あれは竜の言葉なのだろう、という推測は容易に導き出された。何を話しているのかはわからないが、この場でイグラシア語や皇国語で話さないのだから、ろくな内容ではないだろう、と諦念とともに推測していた。
「竜王陛下」
アロイスが跪いて竜王に呼びかける。そちらを振り返った竜王は、目線だけで続きを促す。
「王の執務室と思われる場所から、御璽を押収したとの連絡がありました」
「重畳。早かったな」
「勿体なきお言葉」
アロイスは頭を垂れた。その頭に、竜王が声をかけた。
「イグラシア王に譲位させねばならん。譲位の書類を作れる者を探せ」
「御意」
アロイスは第五師団の近衛兵を数人連れて出ていった。ここには貴族しかいないが、他の所には政務官などがいるのかも知れない。
アリスティアは二度目になる国の支配者の変更に伴う諸々の手続きを、複雑な気持ちで眺めていた。
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