32.大団円
あれから数日、レオナールたちは日々の視察やあれこれを行なっており忙しい日々を繰り返していた。特に、川辺に盛土をして氾濫に備える作業が時間が足りず、増員をした。レーグラッド男爵領の懐具合が潤った直後の話でよかったと思う。
「鉱石の件は国を経由してエーレント公国に通達がいったようですね。採掘手配をしました。周囲の岩の強度もそれなりにあるので、鉱山としてそのまま掘り進めていっても問題はないとのことです」
「うん。ほどなくエーレントから視察申し込みが来るだろう。それまでに採掘出来ていれば良いのだがな」
「調査員の見込みでは、角度や地質の様子から見るとそう時間はかからないという予測ですが」
「そちらは任せた。それから、レーグラッド男爵領に戻る人手の受け入れだが」
先日フィーナにプロポーズをしていた時にやってきた書簡は、王城方面に連れていかれていた材木関係の職人を数割戻すと言う話だった。突然戻されても、こちらには現在丁度良い仕事がない。伐採は今は止めているし、伐採をしたとしてもそれを加工して行商に出る商人も不足している。戦が始まる前に来ていた商人たちは街道整備を行なったので再び来るようになったが、大きな木工用品を購入するような者たちがいないように思う。
「試作としてヌザンの実を入れる箱を作らせようと思っている。ついでに絵付け職人にも復帰してもらって……あの買い取り金額を見たら、普通のヌザンの実よりも高価なことはわかったし、ならば更に付加価値をつけようかと」
「なるほど」
「まず20程度。失敗しても構わないので、それを用意してもらおうと思っている。それと、小さいヌザンの実は飴をかけて菓子にしたらどうかとフィーナ嬢から提案があって、それも試そうかと」
と話をしていると、ノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼いたします」
フィーナの声だ。一瞬でレオナールの背筋が伸びる。ヴィクトルとマーロは互いに目配せをした。
「我々の用事は済んだので、これで!」
「がんばって、ください」
マーロが小さく励ませば、フィーナは笑って「はい!」と答えた。ちゃんと意思疎通が出来ているのかどうかは怪しかったが。
「レオナール様、そろそろヘンリーとお会いするお時間に」
「ああ」
2人は共に部屋を出た。離れに向かって歩きながら、あれこれと話をする。
「そういえば、先日、チャームが云々とおっしゃっていましたよね……?」
「うん? ああ、すまない。あなたが眠っていたのを起こした日に見てしまって……」
「あれは、そのう……偶然でして……」
「んっ!?」
レオナールは怪訝そうな表情になる。
「最後のひとつに残っていたものが、あれでして……女性用が1つ足りず男性用が1つ多くて……それで、あれが残っていたのは偶然だったんです」
そのフィーナの言葉に、レオナールは「そんな偶然が」と呆然としてから、自分がとんでもない間違いを犯していたことに気付いた。
「すまない。勘違いをしたようだな……」
そう思えば、一瞬で気持ちが沈むレオナール。しまった。あれですっかり彼女は自分を受け入れてくれているのではないかと思い込んでしまったが、そうではなかったのだと思う。
ならば、もしかしたら。彼女は自分のことをなんとも思っていないのかもしれない。条件で考えて自分を選んだだけなのかも。そう思うと不安が湧き上がって来る。はあ、と小さく溜息をついて、目を伏せた。だが、次のフィーナの言葉が彼を救った。
「でも、わたしは嬉しかったです」
「!」
「レオナール様と同じものを持っていることが、嬉しかったので……」
「そうか」
なんだこれは、とレオナールは唇を引き結ぶ。嬉しい。嬉しいが、それを顔に出すことが恥ずかしい。
「あなたの方から気持ちを打ち明けてもらうのは、嬉しいものだな……」
なんとか発した言葉がそれ。フィーナは驚いて笑うと
「あっ、言ってなかったかもしれませんが」
「うん」
「そのう、わたしも……好きです」
「そうか。うん、そうか……」
何度かそう繰り返してから、レオナールは静かに微笑む。フィーナも恥ずかしそうに照れて笑う。彼らはどちらも恋愛が覚束ない。だが、どうやらそれが丁度良いようだった。
さて、それからのレーグラッド男爵領はと言えば、エーレント公国との専売契約を行ない、また、ヌザンの実は自生かつ最高級の品質のものとして、どちらも他国への輸出という形で金を得た。しかし、植え始めた作物はまだまだ先の話でどうなるかわからないし、王城から戻ってきた職人たちに定職を与えることも難しく、まだ問題は山積みだ。
とはいえ、金策として他国から金を得ることはシャーロ王国としては願ったり叶ったりであり、おかげでフィーナは王城から褒賞を受けることになった。金はないので、王が持っているなんだかよくわからない短剣を仕方なくもらっただけだったが。レオナールもそれを見て「どうでもいいな」と言っていたが、フィーナは「レーグラッド男爵領で数代先にはまあ宝物になるんじゃないですか?」と気が遠い話をして笑っていた。
王城に行くついでにハルミット公爵邸にも寄った。婚約をしたいのだが、とレオナールが報告をすれば、ハルミット公爵邸の人々はみな「そんな話は聞いていないが!?」と驚いた一幕も。不安に思っていたものの、フィーナのことを彼らは非常によく、それこそ本当の息子であるレオナールよりもよく受け入れてくれて「むしろレオナールはレーグラッド男爵領にいて、フィーナ嬢はこちらに来てくれないだろうか?」と言われる始末。
なんにせよ、レオナールがハルミット公爵であることを辞めるという話はその後二転三転し、最終的には「まだ立て直し公として動くだろうから、その間は公爵を名乗っていた方が良い」と言う話になった。ひとまず彼らは次の立て直し先まではそれで、と納得をした。
「あっという間の三か月だったな」
ついに、立て直しの期間が終わって3人は一時的にレーグラッド男爵領から去ることになった。馬車を待たせ、挨拶をするレオナール。使用人達は彼らを見送るために邸宅から出て外に並んでいる。
「はい。ありがとうございました」
「いや、こちらも非常に……そうだな。楽しかった」
レオナールが笑うと、フィーナも「わたしも楽しかったです」と笑い返す。
「王城に挨拶に行ったら、また戻って来る」
その後、二週間ほど休みをもらって、それから次の立て直し先に行くことになるだろうとは聞いていたので、フィーナは「はい」と頷く。
「その頃には、あなたが書いたものは諸侯たちの手に届くだろうし、ヴィクトルとマーロにはそろそろ独り立ちをしてもらえると思うしな。それから、計画書も数か月分は用意したし……」
「レオナール様、それは、もう何度もお伺いしましたし、お戻りになったらゆっくりなさるんでしょう? 大丈夫ですよ」
「うん」
レオナールは名残惜しそうにフィーナを見て、それからゆっくりと彼女の体を抱きしめた。使用人たちは声を出しそうになったがみな必死の思いで堪える。
「レオナール様」
フィーナは笑って、ぽんぽん、とレオナールの背を叩いた。どうやら、いざ心が通じ合ったと思えば、フィーナの方が主導権を握っているようだ。
「……うん。では、戻ったら婚礼の話も進めよう」
「はい! ヴィクトル様、マーロ様も、お元気で」
「え~~っと」
ヴィクトルの視線が泳ぐ。フィーナは「あ」と少しいたずらっ子のような表情を見せた。
「ヴィクトル様は、またいらっしゃるんです?」
「そのう、よければ、ですけど。二週間、レオナール様と一緒にご厄介になっちゃ駄目ですかね……?」
「どういうことだ?」
レオナールが怪訝そうな顔でヴィクトルに問いかけた。ちらりとフィーナがローラを見るとローラは恥ずかしそうな表情を見せている。
「レオナール様はヴィクトル様から色々お伺いすることがありそうですね。ええ、いいですよ。是非とも」
「ありがとうございます」
それからマーロはフィーナと握手を交わし「結婚式に呼ばれるのを楽しみにしております」と笑う。勿論、フィーナは「はい」と元気に返事をした。
3人が馬車に乗って「出てくれ」と声をかけると、使用人たちは口々に「いってらっしゃいませ」「ありがとうございました」と声をあげる。小窓から軽く手をあげて、レオナールたちはレーグラッド男爵邸から去っていく。馬車が小さくなるまで見送ってから、フィーナはパンッと手を叩いた。
「さて! ではでは、レオナール様がお戻りになるまでに、我々はやるべきことをしていましょう!」
フィーナがそう言うと、みな「はい!」と答えた。特にやるべきことはないが、ひとまず返事は良い。
「わたしも今日はヘンリーに色々教えなくっちゃ」
ヘンリーは見送りに出られないことを申し訳ないとレオナールに言っており、アデレードもそれに倣って離れで別れを告げた。とはいえ、どうせ戻って来るのだし、大した話ではない。カークは頷いてそれへ答える。
「ようやくヘンリー様も少しずつ歩けるようになりましたね」
「ええ。次にレオナール様がお戻りになるまでにもうちょっと歩けるようになりたいって言ってるし、お勉強も少しずつ出来るようになってきたし、こっちもやることはたくさんあるわ」
ローラがフィーナに駆け寄って「ありがとうございます」と言う。フィーナがそれへ応えようとすれば、ララミーが横から口を出した。
「フィーナ様、レオナール様のお部屋は次にお戻りの時はどうします?」
「あ~、そうね。わたしの部屋の2つ隣が空いているわね?」
「わかりました。そちらをレオナール様のお部屋にいたしますね!」
「それから、ヴィクトル様の部屋は、次は広い客室にしてあげて」
「わかりました」
「それからねぇ~……」
と、あれこれ言いながら邸宅に戻っていく。その様子は三か月前の彼女よりもずっと余裕があった。ひとまず行き遅れは回避出来て、今日からはレオナールが戻って来るのがいつなのかと待つことになる。
(以前は、立て直し公が来るのを今か今かと待っていたけれど)
次は、自分の婚約者を待つのだと思えば、フィーナは「うーん!」と幸せな唸り声をあげた。みなに「どうしました?」と聞かれて「早くレオナール様が帰ってこないかなぁって」と素直に笑い、人々は「早いですよ」と笑う。今日も、レーグラッド男爵邸は平和で、まだまだ立て直しは続くが人々は笑顔だった。
了




