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28.フィーナの結婚相手

「正直なところ、どうなんでしょうね」


 マーロがヴィクトルに尋ねる。ヴィクトルは「うーん」と唸って


「レオナール様は、フィーナ様のことを好きなんじゃないか?」


と答える。


「やっぱりそうですよね?」


「そうだろうよ……いや、そうとは聞いてはいないけどさ……」


 2人はレオナールから一任されて、生物調査員からの報告書を読んでいる。作付け面積も確保して、新しい作物の苗を発注することになった。また、レーグラッド男爵領に来てすぐに視察をした伐採地の処理も同時に行なうことになっており、人員が大掛かりに割かれる。だが、雨風が強くなる時期に入る前にどうにかしなければいけないので、そこは無理に人手を募ることにした。


「フィーナ様はどうなんだろうな」


「ううーん、自分が思うに……」


 マーロはそこまで言ってから「いや、なんでもないです」と黙り、ヴィクトルにねちねちと「なんだよそれ」と言われたが、口を開かない。


「もやもやするんだよなぁ~」


「他人事ですよ」


「本当にそう思うのか?」


 それにそうとは言い切れないマーロ。当然だ。彼らの疑問は、単なる興味本位だけではない。この先のレーグラッド男爵領の話にも繋がるし、実際彼らはフィーナに報われて欲しいと思っているが、当主代理人に関してはどうにも人手不足であまり彼女に勧めたくない。


「どう思ってるんだろうなぁ」


 マーロが「どう思っているのかというより、どうしたいのかが問題じゃないんですか」と言うと、ヴィクトルは「どっちもだな」とため息をついた。




 さて、一方のフィーナであったが、感謝祭の菓子作りを使用人たちに任せ、依頼に応えて書いたものをレオナールに見せていた。


「面倒だと思うが、この2パターンで書いてもらえないだろうか」


「はい。わかりました」


「それから、こちらの……」


 レオナールからの指示もまた初めてのことなので、試行錯誤をしながらになる。だが、基本的に彼は悩まない。読み継がれるようなものではなく、一過性に役に立つものとして作ると方向性は決まっている。


「この方法ではよろしくない場合があるので、ここに書き記しておいた」


「はい。それでは、この内容を先に入れるようにします」


 集中をしていたが、少しばかりフィーナに疲れが見える。レオナールは「休憩しよう」と言って、女中を呼んで茶を所望した。


「フィーナ嬢は執筆の才能があるようだ」


「ええ? そうでしょうか。全然、何がなんだか……これで良いのかなぁと思うばかりですけど」


「執筆というのか、説明かな? あなたのノートより、だいぶすっきりとわかりやすく書かれていて驚いた」


 ちょうど「失礼します」と女中が入って来て2人の前に茶器を置く。フィーナは伸びをして「感謝祭の方はどう?」と女中に聞いた。笑って「はい。焼き菓子も焼けましたし、問題はありません」と答えると、女中は一礼をして下がっていく。


「そういえば、ヘンリーの調子が少しよくなったようです」


「ああ、そうなのか……10才ぐらいだったかな?」


「ええ。来月11才になるところです」


「そうか」


 レオナールは茶を一口飲んで、もう一度「そうか」と言った。彼のそんな様子は珍しいため、フィーナは「何か?」と尋ねる。


「ヘンリー殿を当主にする意向で合っているのかな?」


「はい。そうですね」


「そうか。わかった」


 もう一度そう言って、レオナールは茶を口に含んで「そうか」と言う。フィーナは眉根を軽く寄せた。


「もしかして、わたしの今後のお話でしょうか」


「ああ」


 フィーナもそれについては考えてはいた。現在は鉱石が出たことによって色々な話が宙ぶらりんになっているが、それでもヘンリーが当主になるまで自分がずっと一人でいるわけにはいかないこともわかっている。


「先日、王城から候補のリストが来て」


「えっ?」


 レオナールたちがそんなこともしているのか、と驚くフィーナ。が、確かに彼らからすれば、今は当主代理となっている自分がこのままでいることはよくないと察しているのは当然だと思う。 


「見たのだがなかなか」


「なかなか?」


「酷い有様だった」


「その、年齢的に、でしょうか?」


「そう……まあ、そうだな」


 年齢的にもだが内容的にも。その辺りを細やかに教えるのは少しばかりためらいがあり、レオナールは曖昧に濁した。


「あなたはどうしたい?」


「わたしは……もともと金策のため外に出ると思ってはいましたが、こんな状況になったので、婿を迎えることになるかなぁとは思っていました。ですが、そこまでしか……なんといいますかその……」


「うん」


「今のことしか、見えていなくて……将来の自分のことは、よく……よく、というか……どうでも良いといいますか……いえ、そうではなくて……」


 フィーナは言葉をそこで止めた。本当はわかっている。レオナールが言う「酷い有様」の中からでも誰か適当に見繕って来てもらえれば。ヘンリーが当主になるまでの間、なんとか力を尽くしてもらえれば。それだけでも助かるはずだった。だって、もうすぐひとつきが終わる。あとふたつき。それが終われば彼らはここから去ってしまう。そうしたら、自分は1人だ。1人でもどうにかなる状態にはならない。そんな簡単なものではないのだ。


「みなさんがここを離れる頃には、結婚した方が良いのでしょうか」


「すぐにとは言わないが、そうだな……正直な話をすると、あなた一人でどうにかなるほどにまで、立て直しが出来るわけではなさそうだ。数人の補助が必要になるんじゃないかな……そもそも、どの領地にも補助になる者がいるのだが、ここには最初からそれがいない」


「はい……」


「あなたはレーグラッド領から出たくないだろう?」


 そのレオナールの言葉にフィーナはためらい、それから素直に「はい」と頷いた。それは、金策のためには嫁がなければいけない、という覚悟を持っていたけれど、それが本意ではなかったということだ。


「なので……その、酷い、とレオナール様がおっしゃる方々でも……」


 来てくれて、自分を迎えてくれるならば。その言葉がうまく出ない。だが、そのフィーナへ「わかった」とレオナールは言う。


「え」


「あなたの意向はわかった。鉱山でも言ったが、あなたは既にこの地の領主だ。たとえ、この先ヘンリー殿に男爵家を継がせるとしても、今は間違いなく。だから、あなたがここにいたいということは正しいのだろうな」


「で、でも……」


「うん?」


 でも。自分を娶ってくれる男性はどれほど自分を認めてくれるのだろうか。この土地を大事にしてくれるのだろうか。レオナールが「酷い」と言った人々の中で選ばれるのだとしたら、それは守られるのだろうか。数々の不安が一気に湧き上がる。だが、それをなんとか喉元で押し留めて、フィーナは仕方なさそうに笑みを見せた。


「いえ。その、わたしのような行き遅れを娶ってくださるなら、それで……」


「行き遅れ? ああ、それは、何もしない女性の話だろう」


「え?」


「嫁ぐために必要なことだけを教えられ、早くに嫁いで、子供を産む。そうすることが正しいと思っているから、女性の教育はそう多く施されないだけだ。だが、あなたは違うだろう。いや、言い方は悪かったかな……嫁ぐために必要なことを教えられている女性たちは、それはそれで本当に正しいのだ。若いうちに子供を多く産んだ方が良いしな。だが、他の国を見ればあなたぐらいで嫁ぐ女性は多いし、あなたは嫁ぐ以外のことをしなければいけなかったのだから、今の年齢でも何もおかしくない。むしろ、当然だ」


 フィーナはレオナールの言葉で、心に閊えていたものがまずひとつ、すとんと落ち着いた。別段、行き遅れについてはもう仕方がないことと思っていた。だが、彼が言うとおり、自分と他の女性たちとの違いをわかった上で「だから当然だ」と言われるなんて。


「あ、ありがとうございます」


「礼を言われることではない……ああ、すまない、ちょっとヴィクトルに用事があるので、少し待っていてくれるだろうか」


「え? あ、はい」


「戻ってきたら、続きをやろう」


「はい!」


 そう言ってレオナールは席を外す。パタン、とドアが閉まる音を聞いて、フィーナは「はぁ~~」と長い溜息をついた。


「そうよね……早い方が良いのはわかっていたけれど……」


 日々忙し過ぎて、それどころではなかったと言い訳をしていた。考えれば自分はあれもこれもと言い訳ばかり。少しばかりしょんぼりするフィーナ。


(なんだか、ずっとこのままでいるような気がしていた)


 そんなわけはないのに。レオナールたちは三か月が過ぎればこの地を離れて、次は別の立て直しが必要な領地に足を運ぶに違いない。そして、自分はレオナールのもとに届いたという王城から来たリストに基づいて、誰かと結婚をするのだろう。そして。


(きっと、そのうちレオナール様も……)


 つきん、と痛む胸の内。ずっと見えないままで、わからないままで、曖昧なままで良いと思っていた。フィーナは「仕方ないわよね」と呟いて、暫くの間瞳を閉じる。心の中ではっきりとした形になっていなかった思いが、少しずつ形を整えていくような、そんな感触。だが、それをはっきりと認識する前に自分で目を逸らす。何故ならば、それは形になっても「どうしようもない」ものだからだ。


(もしも。もしも、レオナール様が)


 そう思っても、その先は心が閉ざされる。そんな都合がいいことがあるわけがないし、あったとしたって彼はハルミット公爵だ。結婚をしてレーグラッド男爵領が一時的にハルミット公爵領になったとしても。自分はハルミット公爵領に行かなければいけないだろうと思う。もし、ヘンリーが当主になるまでだけでも自分をここに置いてもらえないだろうか。いや、それは無理だ。あと何年かかると思っているのか。答えはとっくに出ているのだ。そもそもレオナールが自分をだなんて、いくらなんでも。


「ええっと、とにかく……レオナール様がお戻りになる前に、これを確認しなくちゃ」


 フィーナはレオナールから渡された書類に目を落とした。じんわりと目の端に涙が浮かび上がったが、それを「えい!」と払って、何度も何度も同じ書類を読み直す。覚悟は決まっていたのに、揺れる。揺れたとしても、どうにもならないのだとフィーナは思うのだった。

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