23.ペアのお守り
「失礼いたします。フィーナ様と外出しておりまして、ただいま戻りました」
「ああ」
マーロが報告に来るのはおかしいことではないのだが、何故フィーナが一緒に来たのだろうか、とレオナールは頭の中で首を傾げる。と、どこに何をしに出掛けていたのか、という話よりも先に、マーロと共にやってきたフィーナがずいと前に出てレオナールに近付く。
「レオナール様。体調が優れないとヴィクトル様にお伺いしました。大丈夫ですか」
「む、あ、いや。心配してもらうほどのことではない」
「無理なさらないでください。あの、これ、レオナール様の分です」
フィーナはそう言うと、小さな袋をレオナールに渡した。ちょうどそこにヴィクトルがやってきて「ちょっとマーロ、来てくれ。どれが騎士団の分だって言ってた? わかんなくなっちまった」とマーロを呼んだので、マーロは軽く一礼をすると一旦その場を離れる。
「なんだ?」
「健康のお守りなんですよ。マーロ様にお声がけいただいて、そういえば今日までしかこれが市場に出ていないって気づいたので、慌てて行ってきたんです」
話は遡る。出掛ける前にマーロがフィーナに声をかけた頃。
「実は、立て直しの仕事で足を運んだ領地で何か小さな土産を購入して、いつも婚約者に送っていたのですが……」
「まあ。そうですわよね。マーロ様だって婚約者がいらしてもおかしくないですもの……わたしったら、すっかりそんなことも気にかけていませんでした」
「いえ、特に話題にもしていないので。それで、今日少し時間が空いたので、良さそうなものを売っている場所を教えていただければと思いまして……」
「それなら、この時期は……あっ、待ってください。えーっと……あ、ああっ、すっかり忘れていました。今日までだわ!」
フィーナは驚いた顔をして「ああ、どうしましょう」と叫ぶ。マーロは何のことかわからずに戸惑ってその様子を見ているだけだ。
「毎年、今日までしか売らないお守りがあるんです! それをどうですか、って言おうとして、すっかり忘れていたことに気付きました。マーロ様、ありがとうございます! すぐに出掛けましょう!」
「え、えっと?」
かくしてマーロは一体何をフィーナが買おうとしているのかもよくわからないまま、フィーナと共に出掛けることになったのだ。
「決まった時期しか開いていないお店で。毎年父が購入していたので、うっかりしていました」
手の平に乗るサイズの布袋の中には、数色の糸で編まれた紐に木で作られたチャームがひとつ通してある、レオナールが見たことがないものが入っていた。
「どう使うんだ?」
「ブレスレットにする人もいれば、騎士団では剣飾りの一部にする人もいます。父はペーパーナイフの持ち手に結んでいました。カークは、ペーパーウェイトの持ち手につけていると言っていましたね。ララミーはお部屋の引き出しに入れているみたいです。わたしは、これが似合うものを持っていないので、このまま袋に入れてハンカチと一緒に持ち歩いています」
「ふむ」
「女性向けはチャームがお花の形で色付けもしてありますが、男性には可愛すぎますので、こういう円や楕円、四角い形に紐の色と合う色を半分だけ乗せたものが人気のようです」
レオナールが受け取ったものは、黒、群青の糸と細い白糸、銀糸が編まれており、四角いチャームにはまったくムラなく群青色が3分の1ほど塗られている。レオナールにはそういったものの審美眼は備わっていないが、なんとなく「悪くない」と思えた。
「これをわたしがいただいても良いのか」
「ええ。勿論です。ふふ、マーロ様ったら、婚約者様には何色が良いのかとずっと悩んでいらして、お店の人に優柔不断だねって怒られていたんですよ」
「マーロらしい。フィーナ嬢はあまり悩まなかったのかな」
「あっ、わたしは、女中たちが女性用のものをみんなで選ぶので、最後に残ったものをもらうんです。お母様の分は自分で選びましたけど」
「それで良いのか?」
「ええ」
そう言ってフィーナは笑う。
「では、ありがたく貰おう」
「はい。体調はいかがですか。食事はとれそうですか」
「少し疲れていたのだが、休ませてもらったのでもう大丈夫だ」
「よかったです。では、わたしはこれで」
フィーナは笑顔で一礼をして、部屋から出ていく。遠くで「お嬢様、なくなってしまいますよ!」とララミーが叫ぶ声が聞こえ、それへ「一個残るはずなんだけど!? どうなってるの~!」と言いながらぱたぱたとフィーナが廊下を走る音が聞こえる。
ララミーは、レオナールたちが来て数日は様子を窺い、そんな雑なことをするような女中頭に見えないように振る舞っていたのに、今はもうレオナールたちがいても声を張り上げてフィーナを呼ぶこともある。礼儀がなっていないといえばなっていないが、田舎貴族の屋敷はこんなものだという感じもする。そして、レオナールはそれを不快に思わない。
「色々と、こちらも慣らされてしまっているな」
一人で小さく口端を緩めると、どこにつける、あるいはしまえば良いのだろうかと考えながら夕食の時間を待つのだった。
「本当に足りないわ!」
女性用に買ってきたチャームは何故か女中の数ぴったりでフィーナの分が余らなかった。おかしい、数は確認したはずなのに。
と、みながもう一度それぞれのチャームを見て確認していると、騎士団の宿舎から戻ってきたヴィクトルとマーロが「なんかひとつ余りましたよ」と袋をひとつひらひらと見せる。
「まあ。じゃあ、男性用のものを女性用のものにひとつ数え間違いをしていたのね」
使用人と騎士団員の分は、男性用何個、女性用何個、と個数だけを告げて大きな麻袋に詰めてもらったため、ひとつずつ確認はしてこなかった。そのせいか、と思う。
「男性用でも何の問題もないわ。それ、わたしの分です」
「えっ、お花じゃないですよ」
驚いてマーロはそう言うが、フィーナは「何の問題もありません」と言って、残った1つを受け取った。
「んっ」
「どうしました?」
「い、いえ、なんでも。なんでもありません」
配布のために集まった使用人達は解散して、ほどなく夕食の時刻になる。ヴィクトルもフィーナに礼を言うと、報告書まだ書き終わってなかった、とかなんとか言ってその場を離れた。
「フィーナ様、その、残っていたもの……」
「は、はいぃ……」
マーロが何を言わんとしているのかに気付いてフィーナの声は裏返る。
「フィーナ様が、レオナール様にお選びになったものと、同じ色ですね」
「き、奇遇ですね……残るってことはわたし、センス悪かったのでしょうか……」
「いえ、中を確認せずにただ一人ずつに渡しただけなので偶然です」
どうしたらいいものか、という様子でマーロは困ったようにフィーナを見た。正確には身長差があるので、見下ろした。フィーナは袋を覗き込んで「やっぱり同じね」と確認をしていたのだが、彼女の頬も耳も真っ赤になっていることにマーロは気付く。
「外でつけたりしませんし……いい、ですよね?」
「いいんじゃないですか。もしかしたら騎士団の中でも、誰かほかに同じ色のものがいってるかもしれませんし」
「そう。そうよね。これとレオナール様のものだけが一緒というわけではないものね、きっと」
フィーナの声は心なしか弱弱しい。それがどういう感情なのかマーロは正確に把握出来なかったが、残念ながら彼も彼で「自分の分と交換しますか?」とは言えない。自分とレオナールがお揃いの方が気持ちが悪いと思ったし、何より、フィーナはともかくレオナールは、彼女とお揃いでも別に不快に思わないし、恥ずかしいとも思わないだろうから。
フィーナは自室で袋からお守りを出して、そっと手首にそれを回してみた。仕事の邪魔になるし、そもそもドレスには似合わないデザインだ。だが、なんとなく「身に着けて」みたくなったのだ。
(どうしよう。どうしてなのかよくわからないけれど、すごく嬉しい)
まだ、出会ってそんなに時間は経過していない。だが、レオナールは今でもフィーナにとっては憧れの存在であったし、時に師と思える人だったし、何より、自分のこれまでの努力を認めてくれる人だ。そう思えば、出会ってからの日数など関係なくフィーナにとって特別な存在であることは間違いない。
だが、いかんせん、出会う前からフィーナにとって彼は特別な存在だったため、今更その「特別」を自覚しろというのは難しい。
それでも、手首にそれをつけてみたその行為が彼女に教えてくれるのだ。心に、何かがあるよ、と。しかし、残念ながらフィーナはそこから先に踏み込もうとはしなかった。なんとなく、それはしてはいけないような気がする。その思いすら漠然としていたが、ただはっきりと「すごく嬉しい」と思いながら、手首にブレスレットのように巻いたお守りに触れ、フィーナははにかむように微笑んだのだった。




