第33話 やっぱり妹の策略だったようです
連れて行かれた場所は、そこそこの資産を持つ方のおうちという感じでした。あまり外に出たことがありませんから、マリーノの屋敷より小さいことや、通いの侍従の自宅より大きいことくらいしか判断材料がないのですけど。
二階の部屋へ通されたのですが、そこは薄い絨毯とカーテン以外は家具のひとつもないがらんどうで、寒々とした印象です。
ぽいと乱暴に放り投げられて、肩から落ちました。痛い!
目の前には質のいい服に袖を通す男性がひとり。その背後に私をここへ連れて来た男性たちが従います。最前に立つ人が「アニキ」でしょうか?
「ほどいてやれ」
「いいんスか」
「あれじゃ脱がせられないだろ」
「着たままがいいのに」
「ばーか、少なくとも足は開くようにしねぇとだめだろ」
げへへと笑いながら男性たちが近づいて来ます。なに、なんの話? いえ私だってもう大人ですからわかりますけど、わかりたくないです。
固く結ばれた足で床を蹴りながら、ずりずりと必死に後退しているつもりなのですけど逃げおおせるわけもなく。伸びて来た手を避けるように身をよじると、男性のうちのひとりが自分の背後に手をまわして腰から黒いものを取り出しました。
「んーっ!」
相変わらず声はくぐもって音になりませんが、それでも力の限り叫びました。だって、あれはたぶん火薬式銃器です。お父様の書斎で禁制品のリストの中に図と一緒に提示されていたのを見たことがあります。
「これが何かわかるんだな? なら大人しくしねぇとなぁ?」
「殺さないでくれよ、俺の嫁になるんだからな。死んでしまったら意味がないんだ」
アニキさんの言葉の意味がわからず、混乱のうちに手足の枷が解かれました。口の布も外したいのですけど、勝手に動いたらたぶん怒られますよね……。彼も「殺すな」としか言ってませんし。
「アリーチェ・マリーノ、お前はいま誘拐された。そして大人の階段をひとつ上がる。するとフォンタナ公爵家に嫁ぐことはできなくなるなぁ?」
これはミリアムの策略なのだと理解しました。この男性とミリアムがどういう関係なのかはわかりませんが、公爵家を出て行かせると宣言したミリアムが実力行使に出たのです。
「マリーノ家を継ぐこととなったお前と、この俺が結婚する。対外的には傷物をもらってやった心の広いディエゴ様だ。だが俺からすれば傷物なんかじゃあないだろう? だって男は俺しか知ることはないんだから」
ディエゴ……その名前には聞き覚えがあります。確かカッターニ子爵家のご令息だったような。
にやけた彼の手がゆっくりと伸びて来ました。
◇ ◇ ◇
ディエゴ・カッターニが頭目を務める犯罪組織に潜入中の部下より通信。階級の低いメンバーはアジトにて待機、上層部が一斉に動き出したとのこと。火薬式銃器の持ち出しも視認したらしい。
ついに今日、王都のどこかで何かが起こる。銀竜騎士団だけでなく王都を守る衛兵たちも警戒しながら見回っていた……にもかかわらず、その報はもたらされた。
銀竜騎士団の詰める宿舎の一室、副団長である俺の執務室に、フォンタナ家の抱えるネプトゥヌス兵団のひとりが血相を変えて飛び込んで来たのだ。
「アリーチェが姿を消した? わかるように説明しろ」
「サンフラヴィア街最北の菓子店トト=トルタへ入店後、指定の時間を過ぎても先方が現れず、アリーチェ様の様子を伺いに参ったところ既に姿がなく」
「先方とは? エレナは一緒ではなかったのか」
「はっ、本日はミリアム・マリーノ伯爵令嬢との歓談のご予定であったと」
まさかここでその名前が出て来るとは。椅子を蹴り飛ばすように立ちあがり、話の続きを促す。
「店の周囲を細かく確認したところ、トト=トルタ裏口にて争った形跡と……アリーチェ様の御髪にありました金真珠の装飾品が――」
胃が燃えるように熱くなって、吐き気を覚えた。どうにかそれをこらえて、懐中時計飾りを左手で握りながら再び状況を確認する。
「ミリアムと言ったな? マリーノ伯爵令嬢と歓談予定だったと。だが彼女は現れずアリーチェがさらわれた」
「は」
今回ディエゴたちが動くと判断されたのは、ディエゴとミリアムが密会したとの情報を得たからだ。マリーノ港で不正に仕入れられる火薬式銃器は、魔石または人身が対価となっている。それを準備するのがディエゴたち一味と考えており、マリーノ家とディエゴは密な関係にある。
「お前たちは捜索を続けろ!」
それだけ言って部屋を出た。まずは銀竜騎士団を動かすため殿下の裁可が必要だ。
と、部屋を出たところでファビオ殿下に出くわした。右手を顔の高さまで上げてひらひらと揺らせている。その脇をネプトゥヌスの兵士が一礼して走り去った。
「話は聞いたよー。ついでに、奴らのアジトを強襲する指示も出しといた。と言っても、アリーチェ嬢が運び込まれたって報告は入ってないから……下っ端には知らされてない隠れ家が他にありそうだねぇ」
「はい、俺もそれを考えていたところです。目撃情報などあるかもしれませんので、ネプトゥヌスを走らせ、俺も出ようかと」
「目的はなんだと思う? 貴族をイージュラ大陸に売るかな……しかもフォンタナ公爵の婚約者を?」
「殿下が先日おっしゃっていたでしょう、ディエゴは身の振り方に悩んでいるはずだと」
「そうだね、せっかく加護を持って生まれたのに次男だから家を継げるわけでもない……あっ」
何かに気づいたらしい殿下が、ゆっくりとこちらに視線を向けた。恐らく、俺と殿下の考えていることは同じだ。ディエゴはマリーノ伯爵家を狙っている、と。
腹立ちまぎれに壁を殴りつけたとき、懐中時計飾りが淡く光りだした。




