第27話 私のための魔法ですって
いつも授業に使っている応接室へ入ると、ロヴァッティ伯爵が立ち上がって迎えてくれました。
挨拶を終えるなり、ロヴァッティ伯爵の緑色の瞳が私の手元へ注がれます。
「おや、その箱には魔石か何かが?」
「わぁ凄い。よくわかりますね、さすがです」
箱を開け、ジョエル様から預かった術式の記載されたメモを渡します。ロヴァッティ伯爵は箱の中身を一瞥してからメモに視線を落としました。
「なるほどなるほど……これはまた……」
ジョエル様よりも薄い、いっそ冷淡ささえ感じさせる唇が楽しげに歪みます。
私にはそのメモに何が書かれているのかわからない分、不安ばかりが募るので! 早く! ネタ明かしを!
「あの、それってどんな術式が……? 凍らせるとか閉じ込めるとかはわかったんですけど」
「結論から言うと、防御魔法です。凍らせるのも閉じ込めるのも、魔道具を起動させた者が対象でしょうね」
「防御魔法、ですか」
私が外出する際には少数ながら公爵家の騎士様が護衛についてくれます。彼らがいて防御魔法が必要になる事態って想像つかないのですけども。
「このメモをそのまま転写しても付与したことにはなりません。この術式自体は難解ですから追々理解できるようになればいいとして、今日は物体に魔法を付与する方法について学んでいきましょう」
「おお……。基礎術式のお勉強からついに付与術へ……! はいっ、お願いします!」
目を細めて頷いたロヴァッティ伯爵が、付与術に関して記された本を開きました。付与術士は絶対数が少ないため、こうした本も多くありません。すごく貴重な本だと思うと、端から端までしっかり覚えなくちゃって気負ってしまいそう! まぁ私の頭では無理ですけど!
その後、私はロヴァッティ伯爵から物体に魔法を発現させるための指示術式について学びました。対象の有無や発生させる場所、動力源となる魔力をどこから得るのかなど、そういった細かいことを指示していく必要があるのだそうです。
あとは術式の略し方なども。この首飾りもそうですが、記載可能な面積が小さいものも多いですから、出来る限り略せるものは略していくのが一般的なのだとか。
「で、公爵閣下から付与するようにと言われているものですが……ここをこうして……うん、こんなものでいいでしょう。この通りに首飾りに刻めば完了です」
ロヴァッティ伯爵は紙にさらさらと文字列を記していきます。ジョエル様から預かったメモにあるのは発現させたい魔法のみが書かれていますから、見比べればどの部分が加筆された指示術式なのかもわかります。
なるほど、動力はこの魔石から取るということですね。
「わ、すごい。ありがとうございます」
「ペンはこちらを使ってください。付与術に用いるインクで、魔力伝導率が高くなっています。次に来るときには、貴女のペンも用意しておきましょう」
お礼を言って、伯爵の指示に従いながら文字列を書き写していきました。一部の術式は懐中時計飾りにも記述します。
私が書き終えると、伯爵はポケットからルーペを取り出してそれを確認しました。「よし」という言葉に深く息を吐き出します。
間違えてなかったようです、良かったぁ……。
「最後に『焼き付け』を行い、文字が消えてしまわないようにします。記した術式に手を掲げて……そうです。魔力を放出するイメージで。はい、上手ですよ。できましたね」
「終わり、ですか?」
「はい。これは最初にやるにはかなり高度な付与術式になりますから、詳細の説明は省きます。もしも絶体絶命だと思うようなピンチに陥ったら、魔石を強く握って魔力を通すといいでしょう」
「あ、そうか。付与したのは防御魔法ですものね」
「公爵閣下が貴女のために用意した特別な防御魔法です」
伯爵の言葉に息が止まるところでした。危ない。
だってまるでとても大切にされているかのように錯覚してしまいそうですもの。
でもでも、特別かどうかはさておき、私のために用意したというのは確かですよね。術式を考えてくれて、身に着けられる魔石を準備してくださって。
そう思ったら嬉しくて頬が緩んでしまいました。慌てて両手で頬を支えます。
「嬉しそうですね。だが公爵閣下に心を奪われたら傷つくのは貴女ですよ?」
「え……? それは、どういう」
「貴女もご存じでしょう、彼は人を愛せないのだと」
ロヴァッティ伯爵の瞳は何を考えているのかサッパリわかりません。先ほどまで熱いくらいだった指先から、一気に熱が引いていくのがわかります。
何も言わずにいると、伯爵がさらに口を開きました。
「私は真面目で努力家で純粋な貴女を好ましく思っています。だから傷ついてほしくない」
「えっ……えぇっ? こっ、このまっ。ありがとうございます。えと、私はお恥ずかしながらお友達もいないし、凄く、嬉しいです」
「友人としてではなく、と言ったら?」
見上げた伯爵の瞳は真っ直ぐに私を見ていました。少しだけ首を傾げ、チョコレート色の髪がさらっと流れます。
「友人じゃない、というと」
問いかけると、伯爵は意地悪な笑みを浮かべました。何も言わないまま、彼の手が私の方へと伸びて来ます。
その手が頬に触れようとしていると気付いて、思わず身を引きました。
「あのっ――」
私が声をあげるのと同時に、応接室の扉が大きく開いたのでした。




