第22話 お母様に近況報告をするのです
公爵様のお昼寝を邪魔してしまってから2日。
お空は雲ひとつない快晴で、公園に生い茂るイトスギは鮮やかな緑で、冷たい空気は私の頬を冷やそうとしてくれて。
そうです、私の頬はずーっと火照りっぱなしなのです!
だって今私は公爵様と初めて外出しているんですもの! 今日は私の実母の命日だからと、母の埋葬されたテンデポルテ教会の公園墓地へ連れて来てくださったのです! これはデートでは? お墓参りをおデートと言う……言わない。はい、ですよね、わかっています。
でも公園内に居並ぶ彫刻を興味深く眺めるうちに、少し心臓も落ち着いてきたように思います。貴族や高名な画家などの著名人ばかりが埋葬されるこの墓地は、墓を守る彫刻さえ自らの権威を誇るかのようですからね。どれも本当に素敵。
せわしなく周囲をきょろきょろしていると、隣を歩く公爵様から声がかかりました。せっかく落ち着いてきた心臓がまた大きく跳ねます。寝た子を起こすとはこういうこと……!
「先日は酷い態度をとってすまなかった。少し混乱していたんだ、気を付ける」
「いえ、こちらこそ許可を得ずに入ってしまって……」
そう言うと公爵様はぴたりと足を止めてしまいました。変なことを言ってしまったでしょうか。それとも書斎潜入事件を思い出させてしまったとか。つまり藪蛇!
恐る恐る様子を窺っていると、虚空をさまよっていた公爵様の視線がこちらに向きました。
「そうだな……俺の部屋は鍵を開けておこう。好きに入って構わない」
「へぁっ? えっ、あ、ありがとうございます?」
真顔で頷いて再び歩き出した公爵様は、私の理解などまるで考慮しないままお話を続けます。
「午前中は付与術の授業だったろう。どうだった」
「あっ、えーと。今日も前回から引き続き基礎術式を教えていただきました。私は途中で加護魔法のお勉強をしなくなったので、知識が不足していて」
ふふ、ロヴァッティ伯爵がいらっしゃる日にはいつも同じ質問をなさるんですよね。よほど付与術にご興味をお持ちなのでしょうか。
でもそうですね。魔道具を自由に作れるようになったら、頂いてばかりの公爵家に何かお返しができるかも。楽しみです。
「そうか」
「妹のミリアムは幼いうちから加護魔法を扱えて、天才だと言われていたのですけど、ロヴァッティ伯爵がおっしゃるには私の影響なのだそうです。私がそばで彼女を応援するから、彼女の魔法が活性化されたんだろうって」
「なるほどな……。ロヴァッティ卿は、その、なんだ、紳士的に接しているだろうか」
この質問は2回に1回くらいなさいますけど、ちょっと意図がわかりません。もしかして卿には悪い噂などがおありなのでしょうか?
「はい。私の理解を待って授業を進めてくださいますし、教え方も丁寧で。あ、それに必ず1度は褒めてくださるんです」
「褒める」
「ええ。髪が綺麗になったとか、アクセサリーが似合っているとか」
見上げると公爵様と目が合いましたが、すぐに逸らされてしまいました。髪やアクセサリーを確認された気がして不安になってしまいます。違うんです、ロヴァッティ伯爵はお世辞がお上手なだけで……! んもう、こんな話しなければよかったー!
「すぐに容姿を褒める奴は下心がある。と思う。そういう可能性が高い」
「でっ、でもロヴァッティ伯爵は公爵様のご紹介ですから大丈夫ですよね?」
「……そうだな。ところで、君はいつまで俺をそうよそよそしく呼ぶ?」
「へ?」
公爵様は公爵様なのですが。
前を向く公爵様の横顔は逆光に照らされて、表情がわかりづらいです。こんなにたくさん喋ってくださるのは珍しいのに、意図がまったく読めないなんて!
「婚約関係にあって、すでにひとつ屋根の下で生活を共にしているんだ。気楽にジョエルでいい」
「あ……はいっ!」
ジョエル様! どうしましょう。婚約関係にあると、そう言ってもらえました。ホクホクと緩む頬を両手で押さえて、口の中で「ジョエル様」と呟きました。いや心臓壊れてしまうんですが。
しかも、ミリアムが公爵家に嫁ぎたいと言っていると知ってもなお、私を婚約者だと認めてくださいました。それが例え付与術のおかげであっても嬉しいです。
浮足立つ私の半歩前を歩く公爵様が足を止めました。壮麗な彫刻が並ぶ中では逆に目立って見えるほど、飾り気のないシンプルな墓の前でした。
「メリッサ・マリーノ……これは、お母様のお墓です。ああ、やっと来られました」
精霊が国民すべての先祖であると考える我が国では、他国に比べ墓参りの頻度が高いと聞きます。にもかかわらず、私は母の墓へ初めて来たのです。
ずっと会いに来られなくて申し訳ないという思いと、どうして私を置いて死んでしまったのかという悲嘆とが胸いっぱいに広がって、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていきます。
公爵様は何も言わず、白い菊の花束を差し出してくださいました。とても大きくて立派な花束です。
「あ……ありがとうございます。泣いてしまってごめんなさい。全然止まらな――」
「俺は礼拝堂のほうへ行っているから、後でゆっくり来るといい」
公爵様は返事を待たずに背を向けてしまいましたが、去り際に私の頭を優しく撫でてくれました。大きくてとても温かい手でした。
お母様には、公爵様……いえジョエル様がいかに素晴らしい方かお伝えしなくては。これまでは少しだけ大変だったけど、これから私はきっと幸せになるからって。
その幸せは多くの人の言うそれとは違うかもしれないけど、掃除や洗濯ではない、身分相応の仕事や責任を負うことができそうだ、って。




