Act11 翠の輝
目覚めたのは戦闘人形の記憶か?
失われたものとばかり思われていたが・・・
記憶の少女は触手を繰り出すメデゥーサボールと闘った。
失った筈の記憶が蘇った時、少女の宿命もまた目覚めたのだ。
「そう・・・私は・・・闘う宿命を背負った。
もう一度逢うと・・・あの娘と約束を交わしたのだから」
右の手首に浮かび上がる翠の光。
小さく燈る光の中には、数字の<零>が浮かんでいる。
「しかし・・・この躰では難しいかもしれない。
あの死神人形を叩きのめすには、柔過ぎるようだな」
パワーユニットである翠の光が燈っている右手を見て。
「人間だった頃を思い出させる・・・痛み。
それにこれは・・・血なのだろうか?」
殴りつけた際に裂けた皮膚から滴る紅い液体に。
「人ではないが人に近い存在。
機械でもあるが純粋な機械人形でもない」
骨は砕けてはいない・・・鋼の敵を打ち破っても。
「ホムンクルスでもなく、クローンでもない。
半分は機械、もう半分が人・・・つまり、キメラのような存在か」
宿った容が何者であるのかを問い詰めて。
「闘い続けるには、もっと力が必要だ。
戦闘人形を相手にするには武器も必要だな」
闘い続けるには、身体をレベルアップさせなければならないと言うのだ。
「エイジが居ない現在、頼れるのはヴァルボア教授くらいなものだが・・・」
元の戦闘人形とまではいかないまでも、相当の戦闘力を欲しがる。
「なにせ、こんな目玉の機械を倒すのに苦労する位では・・・な」
右手に疵を負い、不必要な時間を費やしたから・・・と。
破壊し終えたメデゥーサボールの残骸を見下ろし、
「それに。
この躰では長期戦も戦えない。全力では1時間とは保てないだろう。
フルブースト状態で闘った今のように・・・」
もう間も無く稼働限界が訪れると・・・
「その前に・・・やっておかなければならないな」
残骸と化したメデゥーサボールから、傍に控える姿へと顔を向け直して。
「君はその男を運んでくれ。
私はもう一人の記憶に身体を譲るから」
膝を着いて、控える者へと話しかけ、
「それから・・・私が蘇ったのを教えないでくれよ、グランド」
頭を撫でて頼むのだった。
身体中が痛い。
まるで筋肉が引き裂かれるような痛みが、全身を駈け廻る。
それよりも増して、右手の指が折れてしまったかのように動かない。
「う・・ああ・・・」
痛みで我に返らされる。
「あぅ・・・う。私・・・どうしちゃったの?」
なぜ倒れているのか?
どうして何も思い出せない?
それに・・・
「あ?!あのバケモノは?ルシフォルは?!」
無理やり身体を起こして周りを伺う。
ホンの手の先に見えるのは・・・
「ルシフォル!」
自分と同じように倒れたままのルシフォルの姿が。
「ルシフォル?!ねぇルシフォル?」
もう少しで触れられる距離に倒れているのに。
「ぐぅ?!」
起き上がろうとした身体に激痛が奔り、堪らず苦悶の叫びが漏れて。
「ルシフォル・・・ルシフォル・・・」
痛みで眼が翳むが、どうしても傍へと辿り着きたくて。
ズル・・・ズルリ・・・
動く度に全身から痛みが襲い掛かるが、
「離れたくないよ、触れたいよ・・・ルシフォルに」
僅か1メートルの距離が、こんなにも遠くに感じて。
「せめて・・・手に触れさせて・・・神様」
息絶えるのなら、想い人の手にだけでもと。
ブルブル震える手が伸び、力尽きる寸前にやっと。
パタリ・・・
ルシフォルの手の上に被せられた。
「ああ・・・ルシフォル・・・いつまでも一緒に・・・」
遠退く意識の中、
「この手を・・・離さないで」
微笑を浮かべる顔で、ミハルは最後の瞬間に願った。
「ががう?」
ルシフォルとミハルの二人が気を失っている傍らで。
「がう?!がぅぅ~」
グランが吠えていた。
ここはフロリダから通じたトンネルの出口付近。
外の光が差し込んで、グランを照らし出している。
「がう~ぅ!」
吠えるグランは出口に吠える。
道路に黒い物が現れ。
ゆらり・・・
こちらへと黒い物が伸び続けて。
「がう!がううッ!」
その声は警戒している訳ではない。
揺れ動いているのは、道路に映る影だ。
その影がゆっくりと伸びて来ている。
「がう!がうう!」
吠え続けているのは近付く者に教えようとしていたから。
ここに二人が居ることを。
ジャリ・・・
靴音が鳴る・・・と。
「・・・小鬼だ。小鬼が居る」
光が差し込むトンネルに、誰かの声が木霊した。
「犬型の小鬼じゃ」
立ち止ってグランを観ているのか、影が進もうとしなくなって。
「機械じゃのに、人の傍で吠えとるわい」
「ホントだ!倒れた傍から離れないね」
影が大きいのと小さいものとに別れると、
歳枯れた男の声と、張りのある少女らしき声が影から流れ出て。
「死んどりはせんじゃろ?」
「そうだね多分、お爺ちゃん」
倒れた二人の傍から離れないグランの前に、老人と少女の影が再び進み出た・・・
ガリアテの北、およそ10キロの距離。
荒涼たる平原に、砂塵が舞っている。
ゆっくりと街の方角に向かう砂の壁の下に観えるのは、芥子粒ほどの黒い塊。
その黒い物がゆるゆると動き、砂を撒き散らしているのだ。
黒い物?
ゆっくりと動き、ガリアテの街へと近づく物?
北の方角から向かって来る黒い物とは?
「どうやらお嬢を奪い返しに来たようですぜ?」
黒服が双眼鏡を向けたままで、
「数は20程もいますぜ、マクドノーの兄貴」
後ろに居るマックへと報じるのだ。
街の外周部に張り巡らせていおいた偵察所からの一報で、機械達が攻め寄せて来たのを知った。
北の方角から向かって来るのであれば、リィンを追って来た部隊だと判断できる。
それ程早くない進撃速度から、敵が軽快な兵力ではないと考えられるが。
「あれはパスクの街で観たことのある、重装甲型機械兵だと思えますが?」
双眼鏡に写り込む敵の姿に、見覚えがあると黒服は答えて。
「奴等には大砲ぐらいでなきゃ歯が立ちませんぜ?」
分厚い装甲を誇る敵には、小銃の弾如きでは対処不能だとも言うのだ。
「ふふふ・・・らしいですぜ、リィンお嬢」
黒服の言葉に、マックは傍に控える少女へ伺いを立てる。
「機動力の無いのろまな敵が相手らしいのですがね。
重装甲が自慢なだけの機械兵と闘わねばならんようですが・・・」
サングラスの中で、マックの眼が笑っていた。
「重装甲って言っても、弱点の一つや二つがある筈じゃなくて?」
茶髪を掻き揚げるリィンが、マックに問いかけると。
「その通りですぜ、リィンお嬢」
我が意を得たりと、頷いて見せてから。
「いくら装甲が分厚くても、装甲の無い観測装置に弾を受ければ。
標的を選ぶ事も、攻撃するのにも支障が出ますんでね」
機械兵達と交戦するにはどうすれば効率的かを教えるのだった。
「先ずは、相手の眼を潰してしまえば良いのね?」
「小口径の弾で重装甲の相手と闘うには、それが効果的ですんでね」
マックは気安く言ったが、問題は敵の眼を潰せるのかが焦点なのだ。
弾をウィークポイントへ直撃させられるには、余程近寄らねば難しい。
こちらが何処まで接近できるかが、勝利の別れ目だとも思えたが。
「敵はゆっくりでも動いているわ。
動く的に対して、どうすれば当てることが出来るの?」
至近距離まで近寄るのか、それとも遠距離でも狙撃が可能なのかと問うリィンへ。
「お嬢、答えは簡単。
動こうが動けまいが、必ず当たる距離まで引き付ければ良いんですよ」
「・・・マック。任せるわ」
簡単だと言われて、頭に何も描けなくなったリィンは、参謀に匙を投げたようだ。
「良いでしょう。
これが闘い方の基本だと覚えて頂けるのなら」
腕を組んで敵の方を睨んでいるリィンへ、慇懃に答えるマックが。
「戦闘は先に敵を知った者が絶対に有利なのだと。
敵を知り、先に手を打った者に勝利が転がり込むと、覚えてくださいリィンお嬢」
「うん、アタシのマックが勝ち方を教えてくれるのならね」
戦闘とは、敵より先に発見して対処する事に全力を尽くせと教えるのだ。
「それこそが見敵必勝。
今の我々は、敵には発見されていませんからね」
傍らに居るリィンに、自分達が待ち伏せを敢行した有利性を知らせて。
「奴等に目に物見せてやりましょうや」
初陣の将であるリィンにとって、この闘いが初勝利をも手に出来ると言ったのだ。
「リィンお嬢の名は、この闘いで広まる。
それによって仲間を集いやすくもなるだろう。
その為の一戦。その為の勝利なのだ」
リィンの参謀を務めるマックは、この闘いの後まで図っていたのだ。
人類の希望リィンタルトをして、世界を制するのだと。
それがリィンの母、ミカエルへの忠義の証なのだと考えて。
運命に翻弄される二人。
一人は世界の運命を握る鍵の御子。
もう一人は戦う宿命を課せられた戦闘少女。
いつの日にか合間見えることが出来るのか?
今はまだ、己が宿命に翻弄されるだけだった・・・
今話で第3章もお終い。
次回からは 第4章 光と闇を抱く者 が、始まるのです。
タナトスの野望を砕こうとするリィン達、人間の解放軍。
死神人形との宿命を果たそうとする戦闘人形レィ、そして今はミハルと名乗る娘。
各々の想いはやがて一つの奇跡を呼ぶ・・・
次回 第4章 光と闇を抱く者 Act1 少女と乙女
彼女が目覚めたのは、想い人の胸に飛び込んだ時だった・・・




