チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act11
現実世界で起きてしまった悲劇を宰相は語った。
記憶を失っていた女神に、真実を教えたのだ。
その上で王と妃は何を求めているのかを問う。
女神として何が必要なのかを訊くのだった・・・
冥界の王城に陽が降り注ぐ。
創造主たるオルクス神が造った仮初めの陽が、庭園を明るく照らす。
テラスで語り合う王と妃、それと誇美の表情に反比例して・・・
ドレスの胸元を押さえて、顔を強張らせる誇美が呟く。
「それが本当なら。
私は・・・女神の私は・・・」
オルクス王から委任された宰相タナトスが、現実世界で何が起きたのかを語り終えた。
「姫様・・・」
表情を固くし、俯き加減で呟く誇美を心配する爺が声をかけるが。
「如何にも左様にございます。
女神ペルセポネー殿下は穢れし悪党に・・・」
追い打ちをかける様にタナトスが肯定の意を表し、
「畏れながら。
しかし、現世の憑代から離れられたのは僥倖かと。
魂を分離されましたことで、わが国への招聘が可能となった次第」
慇懃に頭を下げ、冥界へと連れ去ったことを認めたのだ。
「我が陛下の命により、女神ペルセポネー殿下をお招きする運びと相成りました」
それと言うのもオルクスの指図に因っての計らいだったと打ち明けて。
「女神様と言えど、瀕死の傷を受けておられたことに因り。
我が召喚術でも完全たる招聘を成し遂げられなかったことは慚愧の至り。
記憶の欠損は私の未熟に由縁するものであり、陛下の所為ではございません。
誠に痛恨の極みでございます」
冥界に来たことに因り記憶を失ったのは、転世の術が原因だったと知らされた。
「そ・・・そうだったのね。
私は奪われたかと思い込んだわ」
記憶が無くなっていたのは、誰かに拠って奪われた物とばかり考えていた。
「いいや、奪われたと考えるのは間違いではないぞ。
悪党によって受けた傷が元で、真っ当な召喚が出来なかったのだからな」
「そうよコハルちゃん。陛下も心を痛めておられたんだから」
王と妃が、心痛な面持ちの誇美を慮る。
記憶を失くさせてしまったのを後悔しているようだ。
「心配をかけてごめんなさい。
でも、こうして教えて貰えて嬉しく思うわ」
その二人へ、誇美が胸に手を添えたまま軽く頭を下げて謝意を表す。
「身体を・・・いいえ、魂を癒して貰って感謝します」
冥界に来た頃、どうして身体中に激しい痛みが奔っていたのかが解らずにいたが、それが現実世界で受けた傷に因るモノであったのが漸くにして理解出来た。
「これまで会見の場を作られなかったのも、私への配慮だったのですね。
何も知らなかったとは言え、不満を感じたのを陳謝いたします」
傷が癒えるまでの間、会見を求めることをしなかったオルクス王。
それは全て誇美の身を案じてだと判り、改めて謝意を表した。
「改まる必要などあるまい。
こうして今、語り合えたのだからな」
「そうよコハルちゃん。再び逢えたのですもの」
宰相タナトスが控える前で、王と妃は再会を喜んでくれた。
幼き折に出逢っていた<識>と、生まれた時から憑代となってくれていた<美晴>として。
「ですが・・・」
胸元を押さえたままの手が、小刻みに震えている。
それは感謝や謝意からのモノでは無いことに、王と妃は気付いているだろうか?
「私はこうして兄上様や美晴に会う事が叶いましたけど。
けど・・・私が居なくなったことで・・・現実世界で・・・」
女神のコハルが冥界に来たことに因る影響を慮っているのだ。
「私が悪魔に倒された事に因って。
憑代である現実世界の<美晴>は?
魂を喪って・・・命の危機にあるのではないか・・・と」
自分が消えたことに因り、人間の美晴が危機に瀕しているのではないのか。
仮初の魂を失った身体が、滅びを迎えんとしているのでないかと危ぶんでいる。
悲劇が舞い降りては来ないかと、心を痛めているからこそ顔を強張らせて訊くのだ。
「ふむ・・・」
「そうね・・・」
心痛な面持ちの誇美の言葉に、王と妃は互いに見合って複雑な面持ちになり。
「確かに放置は出来ないだろう」
「もしも何も措置が為されなければ、危険でしょうね」
王が肩を竦めて応えると、妃も危ういと認める・・・のだが。
「おい、エイプラハム。
何も教えていないのか?」
「卿。コハルちゃんは知らないままなのですか?」
不審な面持ちを爺へと向ける。
「は?!い、いやその。
てっきりお教えくださっているモノだとばかり」
急に話を振られたエイプラハム卿が、慌てふためいて応えるのを観た誇美が。
「なんのことなの、爺?」
まるで蚊帳の外状態を糺す様に爺に訊く。
「姫様はこの地へと来られてから不自然だとは感じられませんでしたか。
なぜ、陽が墜ちぬのか。なぜ仮初めの陽が傾かぬのかと・・・」
それに応えるエイプラハム卿が、沖天にある仮初めの太陽を指して言う。
「あれは冥界の創造者が造った陽だからでしょう?」
何を言おうとしているのかが解らず、知り得た情報を元に答える誇美。
「この世界を明るい光で満たす為だと思ってるんだけど、違うの?」
魔界から冥界へと変わった時に、オルクス神が造ったとする神造の太陽。
冥界の沖天に輝く陽は、造られた当初から変わらず光を降り注いでいる。
それは恰も誇美の言った通りに冥界を陽の光で満たす為に存在しているかのようだった。
「確かに魔界とは違い、温か気な光に満ちております。
此処に居る者達の心も穏やかになるというものですが・・・」
天に煌めく陽を仰ぐ爺が、一旦言葉を区切って。
「仮初めとは言えども、太陽が動かないのは不自然ではありませぬか。
現世では太陽が昇り、やがて沈む。
一日と云う時間の中、陽の明りは夜の静寂へと変わるモノ。
それが訪れないのは・・・何故なのでしょうか」
誇美が自ら答えを導けるように問い直すのだった。
「沈まない陽・・・宵闇が訪れない国。
陽の光に満ちているだけではなくて。
時が停まっているかのよう・・・って?まさか?!」
夜が来ない国。
陽がずっと、ずっと降り注ぎ続ける地。
それは永遠の陽が燈されているとも言えた。
「不思議だった。
どうして眠りから覚めた時、いつも昼間だったのかが。
太陽が造られた物だと知っても、いつかは夜が来ると思っていた。
でもそれは、ここが冥界なのを忘れていただけのこと」
気が付いた誇美がオルクスを観る。
「この魂の国と呼ばれる兄上様の冥界では。
時の流れは、時間の概念は無くなっているのですね?」
時間が動かなくなった国。
いいや、その表現は間違っているのだろう。
正確に言えば、この冥界の中では時間が動いている。
だが、時間が動いているのに対して他の世界では動いていないのを、仮初めの太陽が教えているのだ。
「半分は正解。後の残りは違うと言える。
俺は自分の居た粛罪の間を拡張したに過ぎないのだから」
「私とシキ君が居た空間はね。
あのデサイアが時空を歪めて造った物なの。
罪を背負った魂を癒す為に、罪穢れを祓う為に・・・ね」
王と妃は冥界の由縁を語る。
ここは魂の穢れや罪を祓う場所であるのを。
「そして・・・ね、コハルちゃん。
陛下はずっと、妹を想い。
ずっと貴女の未来に希望を託しているの。
いいえ。コハルちゃんに希望を託しているのよ」
妃はオルクス王の想いを話す。
妹である女神を想い、いつの日にか希望を叶えられると信じているのを。
冥界は現実世界とは違う。
精神世界でもある黄泉の国では時の流れが全く異なるのを知らされる誇美。
喪われようとする身体を守っているであろう友の存在を教えられ。
悪鬼と化した穢れた世界の王との決戦も控えているのだと言った。
この冥界に居る間に力を蓄え、勝つ方策を立てられるのか?
果たして誇美は見つけ出すことができるのだろうか・・・
次回 チャプター5 よみがえる絆 <黄泉から再起する女神は望みを諦めない>Act12
嘗ての彼女を重ねて思い出す。淑女となっても凛々しさは昔日のままだと・・・




