王立魔法軍 旅立ちの秘密 9話
替え玉の王女リィタは想う。
皇太子姫に成りきってみせると。
それが本当の王女への力添えとなる筈だから・・・
皇太子姫だけが着ることを許された白い軍服を身に纏っているのは、替え玉王女のリィタだった。
以前、王室内で不穏な空気が流れた折にも、本当の皇太子姫であるルナリィ―ン王女からの願いで替え玉を引き受けた経緯があった。
「あの時は皇太子姫なんて、二度と引き受けたりはしないと思ってたけど」
顔形も、身長も、身体のラインさえもが王女と似ていた。
従姉妹とはいえ、これだけ似通っているのは珍しいと言える。
「だけど。ルナの真意を知ったからには無碍には出来ないじゃない」
似ていたからだけで皇太子姫の役職が務まる訳では無かった。
王女を名乗れるのには、それだけの知識や教養が無ければ騙る事すら出来はしない。
なぜルナリィ―ン王女がリィタに仮初めの皇太子姫を頼んだのか。
どうして周りの高官達にバレなかったのか。
それは、リィタが王室の血縁者でもあったから。
曾祖父のドゥートルは王家の血を引く公爵であり、フェアリア国の始祖とも呼ばれるリィン女王の流れを汲んだ、列記とした子孫でもあったからだ。
ルナリィ―ンはリィタの曽祖父を大叔父と呼び、いつも親身になって世話を焼いてくれるのを頼りに感じていた。
ドゥートルは孫にも等しい年頃の皇太子姫を可愛がり、力添えを厭わなかった。
前の大戦が終焉し、王国だったフェアリアが民主国家に変貌した時に公爵家も名前だけの存在になってしまい、その孫娘も公女としてではなく一市民として育った。つまり、王室に近い者でも知る者は少なかった。
そして二人が相談して替え玉を立てることに決した折に選ばれたのが、従姉妹で公爵家の娘であったリィタなのだ。
二人はドゥートルの計らいで出逢い、意気投合して成り代わる事になった・・・それが前回の替え玉事例。
事件が解決をみた後、王室で過ごしたリィタは辟易して二度と替え玉になる事を拒んでいたのだが?
「女王陛下にも頼まれちゃうし。
大爺ちゃんからもヤレって言われちゃったんだもん。
それに・・・それに。
ルナがあれ程頼んで来たから・・・断れなかった」
否応なしに替え玉になった訳ではない。
忖度をした訳でも、拒否権を奪われての決定でも無かった。
「フェアリアに蔓延る邪悪を一掃しなきゃ。
ううん。ルナはこの国だけを想っているんじゃない。
人の世界に平和を齎す為の闘いに飛び出そうとしているのよ」
仮初の王女リィタは、真摯な顔で思い出す。
請け負った時に観た、王女ルナリィーンの表情を。
「あれはまるで王宮に掲げてある始祖様の肖像画みたいに。
凛々しく優し気で・・・気高な・・・女神のようだった。
私に想いを話してくれたルナこそが、次代の双璧たる神子。
ううん。人を愛する神になって貰いたいのよ」
だから・・・頼みを聴き遂げようと想った。
誰からの命令でもなく、自分の判断で。
「きっとルナなら。紛争を終わらせて平和を勝ち取れる。
諍いを停め、無駄な流血を防げる筈だから」
だから・・・旅立ちを応援したかった。
平和を齎してくれる筈の・・・女神へと。
「あなたを守るためなら。
私に出来ることは何だって果たすわ」
皇太子姫に化けることも。
特権を放って、力添えすることも。
「そう・・・もう逃げたりなんかしないから」
スッと顔を挙げる。
一段高い壇上の座で。
貴賓たる者だけが座ることを許された席に在って。
何が起きたのか。
今観たのが、聞いたのが真実なのか・・・幻だったのか。
「本当に審判の女神様だったのかなぁ?」
目の前には暗面化したメインモニター。
そこに写り込んでいるのは美晴の身体に宿っている自分。
眼を瞬いて見詰めても、そこに金髪の乙女はいない。
「ううん。今観たのは聞いたのは。
私と同じ神力を使える女神で、しかも高貴なるお方。
疑ったりしたら罰が当たるわ」
写り込んでいるのは美晴の上半身。
美しき春の芽生えを司る新米女神のペルセポネーでもなく、輝の御子で人間の乙女の姿。
「でも、他の人には教えないでおく方が良いよね」
上級神が新型魔鋼騎マチハに宿っているなんて、教えた処で誰が信じるだろうか。
「いずれは分かってしまうかもだけど。
リーン様はお望みになられないだろうから」
現実世界では単独で実体化することの叶わない女神という存在。
美晴の身体を与えられた誇美も、審判の女神リーンと同じく神力を行使出来る者。
少数の人に認知はされたものの、まだ秘密の存在なのだ。
いつの日にかは正体を明かさねばならないかもしれないが、今は未だ自ら教えるには早いと思っている。
だからこそ、秘密は内緒のままでおくのが良いと考えた。
この現世で、たった独りで闘い続けるのではないと思い、美晴の奪還を共に目指してくれると感じたからだ。
「そうですよね。審判の女神・・・リーン様」
フッと眼を瞑り、車内を眺めているであろう審判の女神へと呟くのであった。
・・・と。
ガチャンッ!
「おい。コハル?!」
閉じられていたキューポラハッチが抉じ開けられ、光が車長席に零れた。
乗り込んでから少々時間が経っているのを気にかけたマリア中尉が車内に呼びかけたのだ。
「いやにご執心やないか?
なんかえろぅ気にいったんかいな?」
上部のハッチから眺め降ろし、誇美が微笑を浮かべているのを観て取ったマリアが揶揄ったのだが。
「車内の見学はここまでやで。
早よぉ~出て来なアカン用事が待っているんや」
何だか知らないが、車外へと出る様に急かしている。
急き立てられた誇美が、小首を傾げてマリアへと問う。
「用事って?それに急ぎの用なの?」
「せや!呼び出しを喰ろうてしもうたんやで」
急かす言葉に、何やら含みが籠められているように感じた誇美。
「呼び出しって?私に・・・誰がなの?」
正体を知られているマリアにだけ、気にせず<私>を使う。
「うんにゃ。美晴に・・・殿下が、や!」
「殿下ぁ?・・・で、で、殿下ですって?」
そして呼び出した相手を知らされた。
「殿下って?皇太子姫のルナリィ―ン殿下?!」
「そや!その殿下様が直々にお呼びなんやって!」
先程、この魔鋼騎マチハを紹介していた白の軍服を着ていた皇太子姫が呼んでいるのだと。
「な?な、なぜ?!もしかして粗相でもやらかした?!」
眼を廻して慌てる美晴に、
「そぉかも~知れへんで。
あの特務要員にちょっかいかけてたやろ?知ってるんやで」
「あ~ッ?!マリアさんにはバレちゃってたんだ」
マリアがニヤニヤ笑いながら爺やを投げつけた件を揶揄してくる。
「そぉや。要員と殿下が近寄った折にチクられたんとちゃうか?」
「げッ?ど、ど、どうしよぉ~マリアさん~っ?!」
本当かどうかも怪しい件だが、冗談を真に受けた誇美がビクつくと。
「殿下の信任を受けてる位の要員やからなぁ。
無礼討ちにされたって文句は言われへんやろぉ~なぁ」
「ぶ?!無礼討ちぃ~?」
面白がったマリアが、輪をかけたように話しを盛ると。
「嫌だぁっ!美晴に申し訳が立たないよぉぅ!」
トチ狂った誇美が泣き出して・・・
「嘘や、嘘。
美晴に任官させるって仰られているだけなんや」
「にんかん?
それって・・・どういった類の折檻なの?」
マリアが慌て宥めたのだが、任官の意味を取り違えてしまう。
「・・・ワザと言うとるんちゃうか?
候補生から少尉へと位が上がるってことや。
これで本当にフェアリア魔法軍の少尉になるんやってことや」
「へ?少尉って・・・将校だよね」
尉官に任命されるのを、任官と呼ぶ。
下士官とは違い、少尉となるのはそれ相応の試験があるのだが、それをも飛び越えて少尉に成れると言う。
「そや!
これで美晴も・・・誇美も。
ウチと同じ、フェアリアの下級士官になるんやで」
「ほぇえ?!」
軍隊に疎い、早春の女神様は眼を瞬いて言葉を失う。
突然のことに動揺し、なぜなのかを問うだけの思考も奪われて。
「そないなことで。
早よぅ行かんと・・・それこそ罰が当るで」
「え?えっ?!これから?今直ぐ?!」
車内から摘まみ出されるように出た美晴に、皆の視線が集まっていた。
「おめでとう!」
「やったな、候補生。いいや、少尉どの!」
「コングラチュレーション!」
レノアやミーシャ少尉が拍手で称えてくれる。
「早く行って来い。恩賜の短剣を貰うんだぞ」
ビッグが親指を立てて祝福してくれた。
「あ・・・あ、ありがとう・・・ございます」
それで、やっとのこと。
「皆さん。ありがとうございます!」
これが嘘偽りではないと判らされた。
「任官の儀は、司令官講堂で。
一部の高官と殿下に依り、少尉へと昇進する式が行われる」
車体から地上へと降りた美晴に、威厳を正したマリアがフェアリア語で告げる。
「既に式の準備は終えられ、主役の登場を待っているぞ」
少しだけ笑顔を見せて。
「私達は此処で待っているからな。
緊張して粗相が無きよう・・・祈っているぞ」
式には美晴だけが行くことも併せて。
「は、はい!
い、い、行ってまいります」
皆が周りを囲んで祝福してくれている。
それに応えるのが任官式を迎える者の務めだろう。
「緊張しすぎ!ミハル少尉殿」
ミーシャが緊張を解せと肩を揺らす。
「晴れの門出だ。覚えておけよ」
レノアが記憶に留めておくだけの余裕を持てと囃して。
「念願が叶って殿下に逢えるんだろ?」
以前に打ち明けていたルナリィ―ン王女との再会を果たせるのだと、ビッグにも喜ばれて。
「そ、そうでした・・・よね」
幼き日の美晴が交わした約束を、思い出したかのように返して。
「約束でしたから・・・ね」
でも、誇美には分からなかった。
どうして約束を交わしたのかも。
なぜ、皇太子姫に逢わねばならないのかも。
「じゃ、じゃぁ。行ってきます」
身なりを整え、足早に庁舎へと向かう。
背に、皆の視線を感じながら。
「皇太子姫・・・ルナリィ―ン王女。
日の本へ向かう前に美晴に宝珠を授けた姫。
あの時は未だ、私が私だと判っていなかった・・・」
小走りに庁舎を目指して向かう宛ら、誇美は思った。
「まだお父様も神へと戻られる前だったし。
私だって魔王姫だって知りもしなかった・・・頃の話」
相手は一国を代表する姫殿下。
方や美晴は伯母が英雄神と認められているだけの平民の子。
二人の間には多くの隔たりがあったのだが、どういった経緯で出逢えたのか。
「美晴だったら・・・覚えてるだろうな。
ううん、逢いたがっていたぐらいだもん、忘れている訳が無いわよね」
もし、王女から質されたら。
どう応えたら良いのか・・・それすら思い至らない。
「考えていたって始まらない。
当たって砕けろって・・・やるしかないわ」
逃れようのない再会。
臨めるのなら、望むのが良いと考えた。
そうするのが美晴なのだから。
輝の御子たる、魔砲使いの務めだと思ったから。
「ううん。
美晴の代わりに逢ってみないと。
それが美晴の為になるのなら」
代わりに現世に居る者の役目だと判っているから。
フェアリアの王女達が何を画策しているのか。
何を求め、何を為そうとしているのか・・・真実は未だ分らない。
一方、新車両で女神リーンと邂逅した誇美だったが。
突然の任官式に戸惑うばかり。
果たして待っているのはルナリィーン皇太子姫本人なのか?
次回 王立魔法軍 旅立ちの秘密 10話
静謐な式典が始められる。魔法軍少尉となる美晴は何を聞かされるのだろう?




