Act21 謎のシステムフォルダ
実験は失敗に終った・・・
そう結論つけたリィンタルトだったが。
とある情報を得たエイジが教えに来た。
真冬の寒さと共に、新しい年が来ようとしていた。
ここマンハッタン・・・フェアリー家にも。
厳しい現状を打破しようと企てたリィンだったが、希望は脆くも潰え果てた。
まるで神が戒めていたかのように。
希望が残されているとすれば、麗美の生命力が消えていなかっただけ。
懼れていた終焉が未だに訪れていない事だけだった。
時間だけが虚しく過ぎていく中、あらゆる手を尽していた関係者が一つの情報を手にした。
それは・・・
クリスマスの一件の後、麗美を救う方法を模索し続けていたリィンの元へ朗報がやって来たのだった。
「月面に出来るコロニーへ?」
聞き間違いかと思ったリィンが振り仰ぐ。
「しぃ~!声が大きいよリィンちゃん」
アークナイト社人形開発研究室で<少女人形>の調整を終えたリィンの元へ転がり込んで来た、突飛も無い話。
「まだ確定という訳ではないんだからね」
エイジが仕入れて来たのは月移住計画というとんでもない情報だった。
「でも・・・お月様に人が住めるようになるの?」
宇宙空間で進められている人工居住空間は莫大なる予算を食い潰すだけで、未だに実現は為されていなかったこと位はリィンでさえ知っていた。
「人工衛星規模なんかではなくて?」
月軌道上に設置された小規模の実験コロニーでは、居住するには限りがあった。
それに員数にも制限があったから。
「そうらしいんだよリィンちゃん。
なんでもオーク社の奴等が率先して資金を援助しているらしいんだ」
巨大軍事企業となったオーク社が、何を狙って資金を差し出しているのか。
もしかするとコロニーなんかではなくて、軍事基地化を狙っているのではないかとエイジは危ぶんでもいたが。
「会長の鶴の一声だったらしいんだけど。
本当の狙いは自分達が居の一番で住む気らしいんだってさ」
オーク社を疑っているアークナイトのサブ開発者でもあったエイジが耳打ちする。
「聞いた話によると、あのタナトス教授から得た情報を真に受けてるらしいんだ。
もうじき世界が滅ぶ時がやってくるから逃げ出すんだってさ」
タナトス教授の名を聞いたリィンの眼が曇る。
「あの狂人博士が・・・またそんな話を?」
クリスマスの晩に観たタナトスの顔を思い出して眉を潜ませる。
嫌がるリィンに頷き返したエイジだが。
「アイツを信じる奴がこの世に居るんだよな。
その上で自分達だけノアの箱舟で逃げ出す気なんだって」
「ノアの箱舟?あの伝説上の出来事をなぞらえるつもりなの?」
超古代で起きたとされる<神の審判>をリィンは指した。
「伝説かどうかは別として、有り得べからぬ惨劇だよ本当に起きるのならね」
神々の怒りに触れた人類が最初に経験したとされる粛清なんて。
真面な人間が取りあう筈が無いとエイジは返すのだが。
「世界戦争でも起きない限りは・・・ね」
未だに戦争を辞めれない人類を想い、彼女が研究していた平和を手に出来ないのならばと口を噤むリィン。
「でも、エイジちゃんはどうしろって言うの?」
こんな話を振って来た理由を訊ねる。
「もしかしたらさ。
姉さんをノアの箱舟に載せれないかなって思ってさ」
「・・・レィちゃんを。なぜ?」
月のコロニーに行かせる訳を訪ね、
「宇宙に行っても容態が改善する訳ではないでしょ?」
命が永らえられるのかと質してみる。
もしかしたらエイジは他にも情報を得たのではないかと。
「フフン!ボクがどうしてこんな話をリィンちゃんへ持って来たのかが分からないかい?」
笑う弟の顔が、いつもより威張っている様に見えた。
「やっぱり?!何か特別な情報を聞いたんだね?」
胸を反らすエイジに、早く言えとばかリに掴みかかる。
「痛てて。そう急かさないでよリィンちゃん。
これは医者から聴いた話なんだけどさ、宇宙空間には放射線があるのは知ってるだろ?」
掴みかかられて泡を喰ったエイジが話し始めた。
「宇宙病とかいう奴に冒された宇宙飛行士を治す施設がコロニーにはあるらしいんだ。
放射能に冒された人体から放射能を除去出来る方法が確立されているんだって」
「放射能?でもレィちゃんが冒されているのはVXガスによる神経毒なんだよ?」
毒は毒でも全く別のモノなんだからとリィンは首を傾げる。
笑顔のまま聞いていたエイジが指を一本たてると。
「放射線を浴びた人体は、体内の色素までも破壊される。
それはガスの毒素だって同じなんだ」
「だったら・・・死んじゃうじゃないの!」
言われた意味が分からず、放射能の汚染で死んでしまうじゃないかと怒るのだが。
「リィンちゃんは<毒を以って毒を制す>って喩えを知らないかい?」
「毒を盛って・・・て?」
幼いリィンには意味が通じていないようで。
「あのね。毒を消すには毒を用いる方法があるって事なんだ」
「だぁ~かぁ~らぁ・・・へ?」
やっと気が付くリィン。
「え?!もしかして・・・」
そう、エイジが教えるのは。
「レィちゃんを助けられるの?」
思わず握っていた手に力が籠る。
「痛たいって!
へへん、そういうことだよリィンちゃん」
眼を見開きレィの弟であるエイジからの言葉を頭で反芻する。
放射能を浴び毒を消し去った後で放射能を除去できれば、麗美の身体は死地を逃れられる?!
「可能な話なのね?!やればレィちゃんは蘇れるんだよね?」
声が嬉しさで震えてしまう。
どれだけこの瞬間を焦がれた事か。
「ああ!きっと姉さんは助けてあげれる。
必ず麗美姉さんの笑顔を取り戻せるんだよ!」
「ああ!夢みたい」
危篤状態になって2か月も経つ。
その間、どれだけ苦労し奔走し、そして泣かされたか。
「きっとこれが神様が贈ってくだされた奇跡なんだね」
どれだけ神に縋り奇跡を求め続けて来たか。
朗報が齎された瞬間、初めて奇跡を信じられた。
リィンはやっとこれで神を信じられるようになれたと感じた。
「あとは・・・どうやってノアの箱舟まで行くかだよ」
だけど、奇跡を起こすには難関がある。
「相手はあのオーク社の会長だよ?
なまじアークナイトに関係ある人を連れて行ってくれるかなんだよな」
「う、う~ん・・・そうだねぇ~」
オーク社にも諜報員が居るだろうし、麗美がフェアリー財閥に関係した助教授なのは承知している筈だったから。
「なんとか直談判してでも・・・無理かなぁ」
幼いリィンには相手が悪すぎる存在。
片やフェアリー財閥の娘とはいっても、一介の学生でしかないリィンと。
相手は世界軍需産業オーク社の経営トップ。
「そうだよねぇ・・・でも、なんとか連れて行って貰わないと」
エイジが少しばかり自信無さげに溢すのを訊くと。
「私が・・・私がなんとかして連れて行かせてみせるから」
決意を胸に秘めて、
「私がどうなろうと・・・必ず!」
固く誓うのだった。
麗美の弟から齎された情報が、リィンの運命を変えようとしているとも知らず。
リィンが新たな目標に目掛けて歩み始めた時・・・
ニューヨーク市の外れにあるアークナイト社研究室で。
メインスイッチを指差し確認した後で。
「昨晩のように突然停電でもされたらことじゃからのぅ」
モニターに映し出される計測値が通常よりも高いことが気にはなったが。
「もしもの時に備えて予備のバッテリーにも繋いでおくかの」
どうやら昨晩突然に停電したみたいなのだが?
「ほんに、ニューヨークともあろう街で停電させてしまうとは。世も末じゃのぅ」
どうやら停電によって痛い目に遭ったみたい。
それに懲りての用心らしいのだが。
数台のモニターで計測を始めた時だった・・・
「なんじゃ、このバグは?」
新式エントリープラグの調整を始めようとした矢先、ヴァルボア博士が眉を顰める。
モニターに映し出された乱数表示が、一体何を意味しているのかと。
調整の為に電源を入れっぱなしにしておいた<少女人形>に現れた未知のファイルフォルダ。
今迄組み込んだ覚えがない新たな領域に、突如出現した記憶の解析値。
「しかも・・・頑なに消去を拒んでおるんじゃが」
単なるバグなら、フォルダごと消してしまえば済む話なのだが。
「うむむ・・・自ら外部からのアクセスに制限をかけておるようじゃな」
操作を拒否する新種のウイルスなのかと、ヴァルボアがファイアーウォールを展開させる。
しかし、フォルダを守るかのように入力を拒まれてしまう。
「ぬぅ?!なかなかに手強いウイルスのようじゃな」
何回かの試行の後、画面上に違和感を感じる。
インストールされたフォルダから、逆に問いかけて来たのだ。
「んん?なんじゃこれは」
モニターのウインドウに現れた言語を訝しむ。
乱数でもなく、英語表記でもない。
「これは・・・儂の名ではないか?」
ウインドウ上に書き込まれたヴァルボアの名を質す言葉。
しかも画面を操作しているのがヴァルボア自身なのかと問いかけているのだ。
<<博士・・・ヴァルボア博士ですか?>>
まるで人が訊ねるように。まるで見知っている者が質すかのように。
ウインドウ上に現れた問いの下に、イエスかノーかの選択技もある。
「ここは・・・やるしかなさそうじゃのぅ」
カーソルを動かし、<YES>を選択する。
・・・・ピ・・・・
イエスを選択するとウインドウが消え、ファイルフォルダがExeファイルを拡張し。
「しまった。どうやら罠じゃったのか?!」
バグがウイルスをインストールし始めたのかと錯覚した。
だが・・・
高機能の演算機が瞬時にファイルを拡張し終える。
・・・ピピ・・・
フォルダがシステムを運用し始め、
<<改めて・・・初めましてと言いますねヴァルボア博士>>
立ち上がったウインドウに、誰かが遠隔で操作しているような言葉が表記される。
「な、何者じゃ?」
ヴァルボアも思わずキーボードを弾いて応じる。
<<私ですか・・・ご存じだと思うのですけど?>>
まるでメールのやり取りのように答えが返って来る。
「知らんから訊いておるのじゃ」
悪戯相手だと踏んでいるヴァルボアが、苛立ったように乱暴に打ち込むと。
<<名前を観て貰えませんか?>>
フォルダに書き込まれた名称を観るように頼んで来る。
「なんじゃと?」
フォルダ名に視線を向けたヴァルボアが絶句する。
「ば・・・馬鹿な?」
キーボードを打ち込む指先が震え、
「まさか・・・君が?」
どうやって・・・と問う前に。
<<ヴァルボア博士・・・お話しても宜しいですか?>>
新たなウインドウが立ち上がった。
そのフォルダ名には・・・
「麗美君だとでも言うのか?!
彼女は今・・・危篤状態なのだぞ」
ふざけるなと声を荒げるヴァルボア。
システムフォルダ名は・・・<レィ>
今、研究室にはヴァルボアだけが謎のフォルダと向かい合っていた・・・
可能性・・・それは?
あの実験は成功していたのか?
モニターの文字はヴァルボアに何を語るのだろう?
一方のリィンタルトは、人形大会へ向けて用意を進めるのだったが?
次回 Act22 人形格闘世界選手権へ
出るからには優勝を目指すしかない!でもね・・・今度の大会は?




