Act19 冬の稲妻
第3章 記憶の傀儡
タナトスの誘惑にリィンは手を差し出してしまう。
それが人類にとっての災禍になるとも知らず・・・・
稲光が近寄って来る・・・聖誕祭の晩に。
粉雪が舞う市街を駆け抜ける一両の搬送車内で、二人はじっと彼女を見守っていた。
「なぁリィンちゃん・・・もしも。
もしも成功したとしたら、その後どうすれば良い?」
医師に化けたエイジが訊ねる。
「魂がもしも宿れるのなら、姉さんの身体は抜け殻になってしまうんじゃないのか?」
心配気なエイジの声に、ナース服を脱いでパーカーを羽織るリィンは答えない。
「本当に魂の転移とかが出来るのなら、人は死なずに済むようなれる?
でも、それが本当に正しいのか・・・僕には分からない」
人工呼吸器を填めた姉を見詰めたままで、リィンの頼みに懐疑的になる。
「彼が言ったの。
成功の確率は半々だって・・・」
黙ってエイジの言葉を聞いていたリィンが呟くように答えた。
「本当に転移できるかどうかなんて分からない。
けど、このままだったら確実にレィちゃんは喪われてしまう。
相手が神だか悪魔だかなんてどうでもいいんだ。
レィちゃんの命が絶えさえしなければ・・・」
神にも縋る気持ちなのは分からなくはないが、悪魔の化身に魂を操られてしまうとまでは考えてもいないリィン。
「タナトス教授は、失敗しても今のままだって言ったわ。
だから・・・半分の賭けに乗ってみたのよ」
リィンは教授が何を考えて魂の転移を行おうとしているのかを考えてもいない。
唯、レィを救いたい一心だったから。
「そう・・・それで姉さんの魂をアレに入れるんだね?」
エイジは搬送車内の隅に立つモノを観る。
「せめて人らしい容を採るモノへ・・・かい?」
エイジは固定させるように基礎機械ごと載せて来たモノを指す。
「うん。タナトス教授は機械なら何でもいいと言ったの。
転移させるにはコンピュータが搭載されていなければならないって。
膨大な記憶を処理できるモノでなければならないと言ったから」
基礎台に載せられた<人形少女>に目を移したリィンが教える。
飛ぶように病院へと戻ったリィンは、ちょうど見舞いに来ていたエイジへ顛末を話し、協力を求めたのだった。
タナトスの謀を真に受けていたリィンの必死の説得で、エイジは協力を約束してしまう。
急ぎ研究室へと走った時、運が良いのか悪いのか。
偶然にもヴァルボア博士は不在で、少女人形を運び出せてしまった。
当然少年達二人では力不足だったのだが、リィンがフェアリー財閥の娘であることを利用し、偶々研究室の外で金で言う事を聴く運搬人を見つけられた。
黙って手伝えば大金を与えると約束された男二人により、据え付け台ごと<零>を搬送車に載せ病院から麗美を秘密裏に運び出したのだったが・・・
「もしも零にレィちゃんが宿れたら。
身体の方は容態が悪化しない内に冷凍保存すれば・・・」
そうする事が出来たら、最悪の場合だけは回避出来る筈だとリィンは考える。
「中和剤が開発出来るまでの間、人形の中に留めて。
もう一度転移すれば・・・レィちゃんは蘇れるの」
タナトスが成功すれば、自分の思い通りになる・・・と。
魂の転移が一時凌ぎでしかないのだと思い込んでいた。
「巧くいくかは賭けだろ?
失敗した後のことはどう考えてるんだい?」
最初に訊いた質問を繰り返すエイジ。
「失敗したら?
成功させるのよ、何が何でも!」
自分の想いだけに憑りつかれるリィンは、後先も無く突っ走っている。
「もしも失敗したら・・・もう執るべき方法は一つに絞られちゃうのよ」
瞳をレィに戻したリィンが振り絞るように言う。
「眼を開けてもくれない・・・声だって聴けないのなら」
唇を噛み締め、
「救えるのがどれだけかかるか分からないのなら。
半永久的に・・・肉体を冷凍保存するしかないのよ」
死を与えられてしまうぐらいなら、彼女を留め置く方法はそれしかないと言った。
「そうなる前に・・・せめて心だけでも別の場所へ移し替えたいの」
タナトスの甘言に騙されているとも知らず、リィンは愛しい人を繋ぎ止める事だけに執着してしまっていた。
搬送車はキャンバスに入ると、タナトスの居る研究室へ着ける。
男二人に手伝わせ、麗美と零を指定された場所へと運び上げる。
真っ暗な室内。
そこはまるで悪魔が夜宴を催しているような空間だった。
点滅する光。何かの機械。
異音を発するモーター類・・・そして。
「揃ったかね・・・私の実験道具が」
銀髪のタナトスが嗤っている。
血に飢えた悪魔のような細い目で、リィンを促すのだ。
「それでは始めようか、創造と輪廻の儀式を!」
暗がりに稲光の光が差す。
青と赤。
そして漆黒の空間に、悪魔の嘲笑が響き渡る。
「さぁ!麗美君にそれを被らせたまえ」
タナトスは装置から伸びるコードの先に着けられた円環を被らせろと命じる。
「脳波計は正常か?心電図は作動しているな?」
次に病院から付けて来ていた生命維持装置の動作を確認させる。
「異常はないようだな・・・ならば。
魂を移す容れ物に繋ぎ給え」
エイジが問題ないと頷くのを認め、次にレィの魂を入れる少女人形へと目を移し。
「麗美君をそれに変えるのか・・・面白いではないかね」
鼻で笑う様に顎をしゃくる・・・と。
「さぁ!時間がないぞ。
二つの入れ物の間を繋ぐのだ。
夜宴の時間はとっくに始まっておるのだ!」
細く切れ上がった眼を更に細めて命じる。
エイジがレィの頭に円環を填め、リィンが少女人形を言われた通りコードを接続する。
「宜しい。
お前達は離れて観ておるが良い!」
装置から二人が離れるのを見たタナトスは、両手を天井へと捧げ挙げる。
「今宵、私の手で世界が変わるのだ。
不死なる魂が世に放たれる・・・記憶という魂の産まれの時だ!」
掛け声とともに両手で作動スイッチを押し込んだ。
そう。
タナトスは禁忌の箱を開くのだ。
人が神をも超えようとするが如く。
ビシッ!
光の礫が装置からレィの被らされた円環へと伸びる。
ギュルルル!
作動音が高まり、装置に着けられた発光部が点滅を激しくする。
それはレィの中から何かを吸い出すような怪しげな光の瞬き。
「うははははッ!
そぅれそぅれ、すべての記憶を残らず差し出せ。
産まれた時から今一瞬までも、曝け出すのだ」
円環に着けられてある発行体がグルグルと輪を描くように回り出す。
「もうすぐ君は生まれ変わる。
蒼騎麗美の記憶が、別の身体を受け取るのだ」
装置が激しく唸る。
観ているエイジやリィンの前で、悪魔が躍るかのように装置が暴れる。
轟音に包まれる研究室は、まるで邪悪な魂達が集うかのように闇色へと染まる。
装置の周りも、レィや零の身体にも憑りつき染めていく。
聖者が居たのならば、まさに悪魔のサバトと叫んだだろう。
魅入られし者達へ、訓戒を垂れるだろう。
<やめよ>・・・と。
だが・・・
「今こそ!魂という名の記憶が移されん!」
轟音に満たされた室内に、悪魔の叫びが響く。
「堕ちよ!墜ちるのだ雷よ!」
転移には原発1基分の電力が必要だと悪魔は言っていた。
それに相応するのは?
ニューヨーク市に、冬の稲光が奔る。
暗がりに一本の雷が舞った。
その光はキャンパスにある研究棟の避雷針へと直撃する・・・
邪悪なる魂が宿らされた寓話のように・・・
あたかも<フランケンシュタイン>が生み出された闇夜の如く。
命を弄ぶ者は、神々の怒りに触れるのだろうか・・・・
冬の嵐がニューヨークを襲う。
稲光が実験室を照らし出す時・・・悪魔が嗤うのか?
実験は成功してしまうのだろうか・・・・
人類は彼の計画通り滅びの日を迎えるのだろうか?
次回 Act20 失意の叫び
稲光が消えた後・・・何かが始まる?!




