Act 11 想いの証
ディナーが終わり。
三ツ星レストランを出る二人。
まだ、目的の物を手に出来ていない筈だった。
美晴はシキに微笑を浮かべる。
三ツ星レストラン<ラミルの館>で故郷の料理を楽しめたのは、知らない魔法少女のおかげだった。
支配人が言っていたように、店の中には騒音さえも届かなかったから。
「さてと。もうこんな時間になってしまったな」
ちらりと腕時計に目を向けて、シキが飲み終えたコーヒーカップを置く。
「そうだね、あっという間だった気がするよ」
ディナーを堪能した美晴が、微笑みながら頷く。
二人だけで楽しめた時間は、食後のティータイムを最後に終わりを迎える。
「もう少し此処に居たいけど。あまり遅くなってもいけないからな」
名残惜しいのはシキも同じ気持ちなのだろう。
でも、本来の目的が遂げられていないのが気にかかったみたいで。
「まだ、美晴に誕生日のプレゼントを渡せていないから・・・」
「あ?いいよシキ君。
こんな素敵なディナーに誘って貰えたんだから」
十分素敵なデートになったからと、プレゼントを辞退するのだが。
「約束だったろ。渡せなきゃ意味ないじゃないか」
「え~っと、でもぉ・・・」
ちらりと窓辺から観えているショッピングモールの明かりを観て。
「殆どのお店が閉店しちゃったと思うんだけど?」
煌々と瞬いていたネオンが消え始めているのを指して。
「ああ、まあね。急げば間に合うかもしれないよ」
「うん・・・シキ君がそう言うのなら」
どうしてもプレゼントを渡したいと考えている様に思えた美晴が、席を立ったシキに併せる。
会計を済ませる間、美晴は店の外を見ていた。
支配人が言っていたのが本当なら、外で闘ってくれた魔法少女がまだいるかも知れないと思って。
「ごめんね。ありがとう魔法少女さん」
美晴は知らなかった。
魔物と戦ったのがミミだったのを。
「もし、今度会えたのなら。ちゃんとお礼を言うから」
ガラス越しに見える庭へとお辞儀をしていた美晴へ。
「気になってるのかい?
大丈夫だよ、多分」
会計を済ませたシキが傍に寄って来て。
「観えてる限り、酷いことにはならずに済んだようだからね」
荒れていない庭と、周りの状況を見て確信したように言った。
「そうだと良いんだけど」
そう言われても、多少不安なのか言葉少なに答えるのを。
「外に出て確かめてごらんよ」
店から出ようと促すシキ。
「それもそうだよね」
ドアをシキの手が開ける。
それに促されたように美晴は店を後にした。
二人が外に出てみると、確かに何者かが闘った形跡が残されていた。
大きな穴がある土盛。
そこへ目掛けて抉られている地表の筋。
それはまるで水平に打ち出された竜巻が通った後のようにも観えた。
「風使い?
魔力を水平に打ち出したのかな?」
シキが魔法少女の異能を検証する・・・傍らで。
「ま・・・まさか・・・ね?」
顏を引き攣らせている美晴が居た。
この光景を前にも観たことがあったから。
「うん?美晴には心当たりでもあるのかい?」
「い、い、いいぇえ~~。無いよぉ~」
問われた美晴が、思いっきり動揺しているのを笑顔で見詰めるシキ。
「そうかい?じゃぁ、そう言う事にしておくか」
「知らない。知りたくも無いから!」
慌てふためく美晴を、笑顔で見詰めると、
「俺達の代わりに闘ってくれたんだから。
もし出会える事があったらお礼を言わないといけないかな」
素っ気ないふりで質してみる・・・
「言わなくっても良いんだよ。どうせお邪魔虫なんだし!」
と。案の定、見知った者のようだった。
「ぷ・・・くくく!」
「あ?!いやこれは・・・あのッ!」
噴き出すシキに、大慌てになる美晴。
「あはは。美晴にくっつく後輩魔法少女だったか」
「あんなの後輩とは認めないから・・・あ、まただよぉ~」
これで完全に身バレしたようで。
「シキ君ってば。ズルイ~」
もはや誤魔化す必要もなくなったから。
「あのミミって娘だと思うよ。闘ってくれたのは」
近くには気配も無い。
だから名前を晒しても構わないと思った。
「一年生の月神 御美ちゃんに間違いないよ」
「そうか。大したものだね、独りで闘えるなんて」
魔物に対峙できるのも、闘って勝てるのも。
「うん。結構頼れる存在になれるかも・・・ね」
正直、これ程迄だとは思えずにいた。
前に会った時は、戦いに臆する処もあったのに・・・
「まぁ、本当なら忠告すべき処だけどね。
魔法使いにならないでって言うべきだけど・・・」
「今夜だけは、見逃してあげるべきだよな?」
二人は微笑む。
魔拳少女の勝利に。魔物を退治してくれてディナーを楽しませてくれたミミへと。
「さてと。どうするのこれから?」
先に歩み出した美晴が訊く。
「もぅ、ショッピングモールは閉じちゃうみたいだよ?」
エントランスは入場口が閉ざされ、退店する人達の流れが目立つ。
「今からだと入ることだって出来ないよ?」
プレゼントを探すことも、買い求めるのも無理になった。
「今日はこのまま帰りましょ?」
振り返った美晴が、微笑んで諦めようと勧めるのを。
「美晴・・・後少しだけ、付き合ってくれないかな」
諦めきれないのか、もう暫く一緒に居てと頼んで来た。
「え・・・うん、良いけど?」
歩き始めるシキの傍らで、不思議そうに見上げる美晴。
歩んで行くのはショッピングモールとは正反対の方角。
街灯りが遠のく公園へと進んで行く。
「ねぇ?どこに行くの」
「ちょっとね」
口数の減ったシキに訊ねたが、返って来るのは惚けた答えだけ。
「こんな夜に、公園に来る人なんて居ないんじゃない?」
「そうだな・・・そうであって欲しいだ」
公園の中に入ると、辺りを見回しだすシキに。
「ほら、やっぱり誰も居ないよ?」
魔力を使うまでもなく、誰も居ないのが分かって。
「ねぇシキ君?」
此処にどんな用があるのかと訊いてみたくなった。
「二人っきりになりたかったんだ。
美晴と・・・俺だけに」
夜空を見上げたシキが、ぽつりと答える。
「レストランで言ったけど。
もう一度確かめたかったんだ」
「え?」
身の上話を繰り返すのかと、美晴は訊き直そうとしたが。
「俺は美晴に逢う為に産まれて来たと思うって言っただろ?」
「あ・・・うん」
先に話し始められてしまう。
「それじゃぁ美晴は?
美晴は何の為に存在しているんだと考えてるんだい」
「え?!あたしの存在理由?」
急に振られた美晴は、考えもしなかった問い掛けに戸惑う。
「生まれた訳。生きている意味。
魔法少女として闘わなければいけないのは何故なのか?」
立て続けに問われる美晴は、見開いた眼をシキに向ける。
「分かんない・・・深く考えたことも無かったから」
そう答えるのがやっと。
でも、顔には翳りが表れてしまう。
咄嗟にシキの視線をはぐらす様に顔を逸らして。
「あたしも・・・シキ君達に会う為に産まれたって答えれば良いの?」
嘘を吐くのが下手な美晴。
顏を背けて答えれば、本当では無いと証明しているような物なのに。
「違うよ美晴。
俺が聞きたいと思ってるのは、どうして夢魔に冒されなきゃいけないのかってことなんだ」
「・・・それは。
あたしが黄泉帰り人だから・・・」
問いかけに応える美晴。
でも、シキが本当に聞きたがっている答えではない。
「確かに夢魔は、生き返った美晴を脅かし続けてる。
闇に堕とし、魂を奪おうと画策しているみたいだけど・・・」
辛そうな表情になった美晴へ、言葉を柔らかくして話し続けるシキ。
「それなら、どうして美晴だけを突け狙う?
魔法少女で生き返った者は、他にも居るかも知れないじゃないか」
「そんなこと訊かれても・・・」
なぜ美晴だけを夢魔は狙うのか?
黄泉帰ったことで、特別な能力を得た訳でもないのに?
「俺は美晴を救いたかっただけなんだ。
生き続けて欲しいから、禁忌の魔法を使ったというのに。
苦しめる為に生き返らせた訳じゃぁないんだ」
「あ・・・」
後悔とも無念とも採れる苦渋に満ちた声に、ハッと振り向く。
夜空を見上げたまま、歯を噛み締めているシキが続ける。
「禁忌の魔法は、俺を本来の姿へ戻す事になった。
闇のプリンスと呼ばれる・・・吸血鬼へ。
完全体ではないけど、誰かの血を貰わなければ存在出来ない魔物に・・・」
「シキ・・・君?」
闇でしか存在出来ない魔物。
本当に吸血鬼になり切ってしまったのなら、闇の中でしか存在出来ないだろう。
「もし、美晴以外の人の血を貰い続けていたのなら。
俺はとうの昔に吸血鬼に堕ちていたんだと思う。
もし、美晴の聖なる異能を貰い続けられなかったのなら。
俺は此処には居られなかったんだと確信してる」
「シキ君?」
見詰めていた美晴へ、シキが顔を向ける。
星明りに照らされた二人の視線が絡み合った。
「シキ君には生き返らせて貰ったんだから。
血を与える位は何ともないよ。
あたしが恩を返せるのは、そんな事ぐらいだから」
恩を感じているのは自分の方だからと、胸に手を充てて言い返す美晴。
「シキ君がヴァンパイア化したのも、元はと言えば私の所為だもん」
身を貶めてまで救いの手を差し出してくれているのが、痛い程分かってもいて。
「もし、この前みたいに闇へと堕ちるそうになるのなら。
あたしも一緒に堕ちても構わないって思ってるんだよ?」
片手を指し伸ばして、嘘では無いからと。
「その時には・・・あたしを奪い去ってよ。
シキ君が望むのなら、地の底までだって連れて行って」
微笑みながら手を取って欲しいと願うのだった。
「馬鹿。
俺がそんなことを望む訳がないだろう?
闇の中へ堕とすなんて望む訳がないのは、美晴が一番知ってるだろうに」
でも、シキは美晴の手を拒むかのようにポケットの中へ手を突っ込む。
「抗いきれない運命に負けて堕ちたにしても。
必ず美晴だけは護ってみせる・・・から」
「嫌だよシキ君だけを貶めちゃうのは。
あたしも一緒に行きたいの、分かってよ!」
向きって互いの言い分を教える二人。
シキは何としても美晴だけは護ると言い。
美晴は二人揃っていなければ嫌だと言い張り。
「分からずやな処は、昔から変わらないな」
「そう言うシキ君だって、変わらないじゃないの」
呆れたように笑うシキに、ぷぅと頬を膨らました美晴が拗ねる。
「でもさ、美晴。
これだけは信じて欲しいんだ」
ポケットに突っ込んでいた手をゆるゆると出し・・・
「俺は美晴を護りたい。
どんな時だって、離れてしまったとしたってだ」
何かを掴んだ手を、美晴の前に突き出しながら。
「え?!」
目の前に突き出されたシキの手を見詰めてしまう。
「俺の誓い。俺の願いの為にも。
そして夢魔なんかに負けないように・・・って」
「え?え?!」
徐々に開かれていくシキの手の平。
そこには・・・
「17になる美晴へのお祝い。
そして俺の心からの願い・・・受け取ってくれないかい?」
「え・・・っと?えっと?!」
キラリと星明りを反射する物。
「これを・・・あたしに?」
緑色の指輪。
「ああ・・・今直ぐに填めて欲しい」
「あ・・・え・・・えっと・・・」
シキの手に載せられた指輪と、顔を交互に観て戸惑ってしまう。
「俺からのプレゼント・・・だから」
「う・・・うぅ~・・・嘘?!」
翠のリングには、細やかな彫刻が施されてある。
不思議な絵文字やら、知らない文字が彫り込まれている。
「いつの間に?
どうして・・・なの?」
買ってと言った事も無いし、指輪が欲しいなんて一言だって教えなかったのに。
「最初に俺が誘った時に、言ったじゃないか?」
「え?でも。
あの時は、肌で感じられるモノって言っただけで・・・」
戸惑い続ける美晴に、シキの手が伸びる。
「ああ、だからさ。
いつでも傍に居られるようにって。
いつでも美晴を護り続けれるようにって願いを込めたんだ」
そっと右手を掴まれて。
「これが俺からのプレゼント。
嫌なら直ぐに外してくれたって良いから」
スッと・・・リングが指へと填められる。
「良かった。ちょうどのサイズだったよ」
填められた指輪を、呆然と観ている美晴へ。
「もし、助けが必要ならリングへ頼んでみて。
きっと俺が助けてみせるからさ」
一歩下がって手を離した。
「あ・・・えっと・・・えっと・・・」
薬指のリングを見詰め続ける美晴。
「えっと・・・えっと・・・」
感謝を述べたいのか、それともいらないと返したいのか。
何度も同じ言葉を呟き続けて。
「あ、あ、あ、あたしッ!美晴はッ!」
「うん、美晴はどうしたい?」
苦笑いを溢すシキが訊いた時。
「このリングを一生涯手放さないからッ!」
震える声で叫んだ。
「シキ君から貰えた、あたしの宝物なんだからぁッ!」
こつんと頭をシキの胸に着け、泣き声交じりで訴えていた。
「シキ君があたしを想ってくれ続けるのなら。
ずっと填めたままにするの、死ぬ時までずっと!」
「あはは、まるでプロポーズの答えみたいじゃないか?」
嬉し泣きする美晴。
恥ずかし気に茶化すシキ。
「はわわっ?!ぷ、プロポーズぅ?」
魅惑のキーワードに、流石の美晴も慌ててしまう。
「俺の願いは唯一つだけだよ。
同じ世界で生きていく事だけ、美晴だけは幸せにしたいんだ」
「それって。プロポーズみたいなんですけどぉ?」
真摯な願いを聴かされ、はぐらかすつもりなんてなかったけど。
「シキ君ってば、いつも美晴を揶揄うんだから」
填めて貰ったリングに手を添えながら。
「でも、本当に嬉しい。
生き続けたいって、生きていたいって思えるから」
今の幸せが永遠に続くようにと。
これからもずっと、続きますようにと願うのだった。
「わかったよ。
産まれた訳も生きる意味も。
この指輪を填めれた今なら」
シキの胸に着けていた頭を挙げて。
「そしてこれから何が起きたって。
あたしは何も怖くなくなった気がするから」
綺麗な紅い瞳を見詰めて。
「あたしは生きていたい。
本当の幸せを掴める日まで・・・ずっと傍に居たい」
そう呟くと、瞼が自然と閉じられていく。
「ああ。俺も・・・」
閉じて行く視界に、シキの瞼も閉じて行くのが映る。
「うん・・・」
そっとシキの手が身体を包んでくれたのが分かる。
そして・・・
公園の中。
星明りに照らされた二人が重なり合った。
絆という愛に目覚めた二人の影が、一つになった・・・
恋仲。
いいや、最早婚約したにも等しいかもしれない。
心の底から信じ、想いを永久に誓う・・・
美晴は、全てを捧げても良いと想っていた。
・・・だが。
そこは、<でぇと を あ?! ライブ>している者達がほっておく訳も無く。
次回 Act12 2人の想い
第2章ラスト噺。ある意味損な子達でもあったってことかな?




