Act17 権力の罠
重篤な状態のまま彼女は眠る。
意識を回復しないまま、日々が過ぎていく・・・
麗美を死の淵に追い込んだフューリーも、ただでは済む筈もなかった。
検察に調書を取られる日々を過ごしていたのだが・・・・
レィが危篤状態になってから早、一月が過ぎようとしていた。
容態は依然芳しくなく、いつ命の灯が消えるかも分からない状況が続いていた。
このままでは、中和薬が開発される前に死に絶えるかに思われた。
現状の医療では劇的な回復は望みようも無い。
だが、諦めきれない少女は微かな希望を求め続けていた。
・・・2097 Dec・・・
・・・ニューヨーク市マンハッタン・・・
窓の中に居る乙女に話しかける。
喩え声が届いていなくとも。
「今日はね、公文書図書館に行ったの。
もしかしたら毒を中和できる方法が載っているかと思って」
生命維持装置の中で眼を閉じている麗美に、目の下に隈を造ったリィンが話す。
「今日は駄目だったけど、明日があるよね。
明日が駄目でも・・・また次の日が・・・って。
諦めちゃ駄目なんだって教えてくれたでしょ。
だからねレィちゃん、必ず私が助けれる方法を見つけるから」
心電図には揺れ動く波形が表示され続けている。
脳波計にも・・・微かに反応が見て取れる。
それだけがレィが死んではいない証拠なのだ。
「ありがとう・・・リィンタルトお嬢様。
麗美の事は私達に任せて・・・くださいな」
心労でやつれ果てたレィの母、蒼騎美琴はリィンへ感謝を告げ。
そして、苦渋の末に行きついた結論を吐露する。
「もう・・・麗美を休ませて・・・あげようと・・・」
「駄目よ!絶対にそれだけは!」
危篤状態が一月も続けば、両親達が結論付けるのも分からなくはない。
だが、リィンには認められなかった。
まだ死んでもいないのに、諦めてしまうなんて。
「レィちゃんは言ったの!
絶対に最期の瞬間まで諦めちゃ駄目だって。
だからきっとレィちゃんは生きるのを諦めちゃいないんだからぁ!」
こみ上げくる涙を堪え、美琴へ訴えかける。
「私がきっと助けれる方法を見つけるから。
だからお母さんもお父さんも、見捨てないでレィちゃんのことを!」
窓辺を両手で力の限り握り締める。
今はそれだけしかリィンには出来ない・・・出来なかった。
「きっと・・・助けるから・・・諦めないから」
座り込む美琴にも気付かず、リィンは治療を受け続けるレィへ誓っていた。
調書を取り終えた捜査員が電話の相手に訊き直した。
「この件は連邦警察に譲れと?そう言ったのか」
州警察の保安官が相手に質すが。
「そうか・・・政治家が裏で動いているんだろう?
・・・ふむ、それなら仕方ない話だな・・・分かった」
保安官は手短に納得したとだけ相手に伝えると電話を切る。
数秒思案をしていたが、おもむろに内線電話を掴むと。
「おい、あの女の件は反故にしろ。
ああ、そうだ。これ以上関わり合うな・・・いいな」
部下に対して命令し、
「そうだ、FBIに任せておけばいいんだ」
連邦警察が関与していると言って除けるのだった。
有無を言わさぬ一言で締めた保安官だったが、電話を切ると大きなため息を吐きながら。
「あの女も・・・もう死んだも同じという訳か」
何を告げられていたのか、哀れみを含んだ声で呟くのだった。
「フューリー・・・出るんだ」
殺人未遂の現行犯として逮捕、拘束されていたフューリーを看守が呼び出す。
「移動の命令が出た。
直ちに裁判所へ連行する・・・ってさ」
看守は両手に手錠をかけ乍ら教える。
「まぁ、監獄で臭い飯でも食う事だな」
端から刑罰が下されるものだと踏んでいるようだ。
「一つ・・・訊きたいんだけど。
どうして私には弁護士の接見が一度も無いの?」
一月という物、ただの一度たりとも面会すらなかった。
独房と取調室との往復以外、人と接する事さえ無かった。
「お前さん・・・自分がやらかした事が判っちゃいねえのかよ。
あのフェアリー財閥に楯突いたんだろ?
しかもメイドの分際で、娘さんを殺そうと目論んだんだろ?
裁判をして貰えるだけで十分じゃねぇのか」
看守は嘲りながらフューリーに教えた。
相手が悪いと。闇の社会に足を踏み入れてしまったのだと。
「覚悟しておくんだなフューリー。
この国では金と力が全てなんだってことが分かるぜ」
看守ですらこの有り様なのだ。
裁判所ならば、判事を始め裁判官も陪審員だろうと皆が皆、息のかかった者達なのだろう。
「まず間違いなく、有罪確定だろうさ」
しかも現行犯逮捕されたのだからな・・・とも言って除ける看守に。
「だからと言って、弁護士は着けられないとでも言うの?」
有罪は受けても仕方ないが、これでは捕まえられた意味を失う。
フューリーの復讐劇は頓挫してしまうと思った。
「全てを暴露した供述書は?
アークナイト社が武器として機械兵を密輸していた件は?
私の両親を含めて、民間人を虐殺したのはどうなるの?」
このままでは本当に口を封じられかねないと危ぶむフューリーに。
「諦めなフューリー。お前はもう死んだんだよ。
財閥と政治家達に・・・負けたんだよ」
看守は下衆な笑いを傷心のフューリーへと浴びせるだけだった。
「そんな・・・馬鹿な」
ー 何もかもがお終いだ。何もかも・・・そう私は墓穴を掘った。
悔やんでも悔やみきれない。
捕まる事で闇を明るみに出そうと考えていたフューリーにとっては。
理不尽極まる裁判へと出頭させられるフューリーの心は、せめて最期くらい謝りたいと願った。
一ヶ月に及ぶ拘束で、犯した罪を理解できる迄に回復したというのに。
せめて裁判所でリィンに逢えたのなら、麗美の事も含めて謝ろうと考えていたのだが。
「神は私をどこまで貶める気なの?
この世には神などはいないとでも教えているの?」
慚愧に駆られ、フューリーは泣く事すら出来なかった。
恨めしさは自分自身の行いへとは向かず、新たな呪いが産まれてしまう。
「腐ってるんだわ、こんな世界。
人間は一度滅んでしまう方が良いのよ・・・この世を地獄へ貶められてしまえ!」
裁判所へ向かう護送車へ詰め込まれる時、フューリーは呪いの言葉を吐いた。
その3時間後・・・
看守の言っていた通り。
裁判とは名ばかりの魔女狩りが行われた。
罪状は・・・禁止薬物の所持ならびに公の場での行使。そして第1級殺人準備及び未遂罪。
弁護士は付くには付いていたが、何の弁明もせず。
更には釈明を与えられる事も、反論を申し立てる権利さえも奪われた。
裁判中にフューリーの発言が認められる事は無かった。
いいや、出来よう筈も無い・・・口枷を填められていては。
よって、裁判官は即刻判決を言い渡す。
陪審員達も反論しなかった・・・判決に。
言い渡された刑罰は・・・終身刑。
しかも無期限の・・・それは死刑が無い国で一番重い刑。
よってフューリーは、死刑と同等の罪を背負わされた事になる。
・・・看守の言った通り。
彼女は口を封じられてしまったのだ。
態の良い殺人とも呼べる、裏社会の方法で。
無理やり引き立てられていくフューリーを、蔭から観ていたのは。
「馬鹿な娘なこと。恩を仇で返すなんて」
二人の内、姉らしい方が嘲笑う。
「私達が人形で儲けた過去を穿ろうとするからよ」
妹は同調し、自分達が何をやったのかを知らしめる。
「フェアリー家を舐めるのは、身の程知らずだったわねフューリー」
「どうせ私とエリザ姉様が密輸したのを暴露する気だったんでしょうが、お生憎様よ」
彼女を貶め続け、父母を奪った張本人達。
そして今、牙を剥いて最後の仕上げに出たのだ。
「これでもう、何も出来なくなったわね。お馬鹿さん」
一瞥を引き立てられていくフューリーへと浴びせ、嘲りながら裁判所を後にする。
「うぐぅ?!うぐくッ!」
口枷を填められたまま、フューリーは非情の涙を溢す。
「ぐぅ!ぐぐぅ!!」
だが、涙は血に塗れてもいた。
彼女は心の底まで恨み通し、この世の全てをも呪ってしまう。
愛すべき人も、通わぬ想いを抱いた人へも。
全ての人間、そして神でさえも・・・憎んだ。
― 死んでも赦さない・・・殺されても呪ってやる!
覚えておけ、きっとお前達全ての者へ復讐してやるわ!
髪を振り乱し、刑務官に連行されていく間。
フューリーは復讐を果す為ならば、悪魔に魂を売っても良いとまで考える。
この世を悪魔に渡してでも、復讐してやると誓った。
そう・・・この時。
一人の殺戮者が産まれたのだ。
新聞のタブロイド判に目を通し、紙面の端に記載されてあった一コマに。
「あの娘も・・・か」
コーヒーブレイクを摂りながら細く笑む。
「ならば・・・2つの実験が出来るな」
タブロイド紙を表示していたタブレット端末を押しやると。
「私の人体実験の役に立って貰わねばならんのだよ」
白銀髪のタナトス教授がニヤリと哂った。
傍にある機械に表示されたのは<人類再編計画>の文字。
「君達には人類最初の転移者となって貰おうか」
嗤うタナトスは、悪魔の如き邪な瞳でモニターを見詰め続ける。
「そうだよ・・・君が始りとなるのだ麗美君」
モニターに映っていたのは、蒼騎 麗美と・・・
少女人形の<零>だった。
狂っていく運命。
誰が暗躍しているのか?
誰がフューリーまでも貶めたのか。
全ては悪魔の如き男の所為なのだろうか?
そして・・・タナトスが誘惑するのは?
次回 Act18 蠢く悪魔
助けたい・・・彼女は悪魔のささやきに手を伸ばしてしまうのか?




